10 キリンと曲がり角の先の彼女
滞在時間はわずか数分だろう。
チリンチリンチリン――。
オレは背中でドアベルの音を聞きながら、大きく息を吐き出した。
入る時はオレをびびらせてくれたドアベルだが、今ではオレの勇姿を褒めてくれているように聞こえる。
キリンがあってよかった。
オレの手には小袋が一つ、それと無包装のキリンが一つ。
袋に入っているものはもちろん小原さんに渡すやつだ。
裸のキリンは、オレ用。
――いや、あれだ。別におそろいだからとかそういうわけではなくて……キリンがちょうど2つあったから。
そう。だから、つい両方買ってしまっただけなんだ。
って、オレは誰に言い訳してるんだ?
ふと我に返って、小袋を制服のポケットにしまう。
タイミングを見つけて、小原さんに渡せたらいいな。
お返しができそうなことにほっとする。
さあ、帰ろう、と顔を上げたオレは、歩く人影に目を止めた。
あれ? 小原さん?
中央分離帯を挟んだ反対側の歩道を歩いている人が、すごく小原さんに似ているのだ。
俺はもっとよく見ようと目を細めた。
背丈はたぶん小原さんくらい。顔も瓜二つだ。
でも雰囲気が全然違う。
まず髪が短い。顎のあたりで切り揃えたボブだ。
その頭にはヘッドドレス……って言うんだったか?
ヒラヒラした飾りをつけていて、服装はあれだ……ゴス? ロリ? ゴスロリ?
オレには区別がつかないけれど、身に着けているフリルのついた黒い服の袖は広がっていて、スカートは何重にもなってるのか膨らんでいる。
そしてニーソックスに厚底の靴。
小原さん? まじで? それともドッペルゲンガーか!?
胸にはピンクの花が見える。
オレはあっけにとられて彼女を見送り、それからポケットに入れたばかりの小袋の存在を思い出し、慌てて横断歩道を探す。
すぐ傍の横断歩道の信号は赤に変わったばかりだ。
次の信号まで走る。
本当に小原さんか?
確信はもてない。
声をかけて、もし違ったらどうしよう。そう思いながらも、目は彼女の姿を捉えている。
相手が目立つ恰好をしているのが幸いした。
次の横断歩道にたどり着くのとほぼ同時に、信号が青に変わる。ラッキー。
横断歩道を渡りきると、彼女が少し先の角を曲がるところだった。
見失わないようにと慌ててそのあとを追う。
「あれ? マコトじゃん」
「――え?」
正面から、孝太がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「どうしたんだよ、急いで」
「ああ、ちょっと知り合いを見かけて……あれ?」
説明しながら、曲がり角の先をのぞき込む。
けれどそこには誰の姿もなかった。
ついさっき曲がったはずの彼女の姿が、まるで最初から誰もいなかったかのようにかき消えていた。




