7 ふたりの距離
「あ、須賀くん。おはよう」
登校するなり小原さんと下駄箱の前で遭遇した。
今日も可愛いな。
顔が、思わずゆるんでしまう。
「おはよう」
できるだけ笑顔で挨拶する。
「あれ? 髪染めたの?」
小首を傾げた小原さんに訊かれる。
彼女の笑顔に癒されていたオレは、はっと我にかえった。
ああ、気づかれたか。
それにしても、小原さんの観察眼はすごいな。
オレは嘆息しながらうなずく。
「やっぱり目立つかな?」
「え? ううん、目立つってほどじゃないよ。少し茶色がかってるかなってくらい。でも似合ってるね」
実はオレも、今朝気づいた。
起きて鏡を見たら、自分の髪が変色していたのだ。
窓から射し込む朝日に照らされた髪は、いままでの黒髪よりも明るい色になっていた。
うちの学校の校則はそれほど厳しくないから特に何も言われないとは思うけれど、これ以上下手に目立つのは困るのに、朝一で気づかれるとは。
おそらく眼鏡の影響なんだろうと思う。
咲先輩の髪は白に近いプラチナブロンドだし、赤眼鏡の髪は赤茶けている。
悟郎さんは黒髪だからわからないけれど、オレの髪の色が変色し始めたとしたら、それ以外に原因が考えられない。
染めたり脱色したりということは、いままでにしたことがないし。
「ありがとう」
それでも、小原さんがそう言ってくれるのなら、いいかなという気がしてくるから不思議だ。
「オシャレ大変身計画中?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。……小原さんのその髪型も似合ってるよね」
オレの髪から話を逸らすためというわけじゃなくて、いつも思っていることを、そのまま伝える。
なかなか、伝える機会なんてないから。
「え? そう? ……ありがとう」
あれ? あまり嬉しそうじゃないな。
オレは心の中で首を捻る。
小原さんの髪はさらさらのロングヘアだ。
染めたりはしていないようで、艶やかな黒い髪をいつも下ろしてる。
綺麗な髪だから、褒めたら喜んでくれると思ったのにな。
ついでに褒められたみたいに思われてしまったのかもしれない。
上靴に履き替えてから、なんとなく流れで小原さんと一緒に教室に向かう。
いつも教室で隣同士なのに、何故か緊張する。
何かしゃべったほうがいいのか? でも何を?
小原さんはそんなオレの苦悩には気づかないようで、ふんふんと鼻歌を歌いながら階段を上っている。
少し音程がはずれているところも、かわいい。
小原さんの鞄にぶら下がっているキリンの小さなぬいぐるみが、鼻歌に合わせるようにゆらゆらと揺れている。
「あのさ、小原さん」
数段先を上っている小原さんに、思い切って声をかけた。
「ん? きゃっ!」
と、振り向いた小原さんが、足を踏み外す。
ぐらりと揺れた小原さんの体がぐらりと傾き、こちらに落ちてくる。
「わっ!」
咄嗟にオレはその体を受け止めた。
けれど勢いを殺すことができず、小原さんを抱きとめたまま階段を落ちる。
「てっ! っいだっ!」
階段の低い場所だったのが幸いした。
オレは踊り場に背中を思い切り打ち付け、その衝撃で後頭部もぶつけたけれど、転がり落ちるほどの惨事は免れた。
オレは痛みに耐えながら、腕の中の小原さんの様子を窺う。
小柄な小原さんはとても軽かった。
ぎゅっと目をつむって、体をこわばらせている。
「だ、大丈夫?」
ぱちっと瞼を上げた小原さんと、至近距離で目が合った。
思わず、息をのむ。
心臓が、ばくんと大きく跳ねた。




