第4話・間話『汐音という男』
汐音が倒れてから女神の夢を見ている間を健太視点で書いた話です。
健太と汐音の出会いシーン。
ぐだぐだになってしまいましたがどうかご勘弁を。
「……起きてくれよ。」
目の前で横たわる幼馴染に声かける。
頭を包帯で巻かれ、人工呼吸器を繋がれているこいつは何だか穏やかな表情をしていた。
─────脊椎を損傷しています。医者から告げられた無慈悲な言葉。もう歩けない、走れない、一緒にバスケもできない。
今日は部活の大会予選だった。本戦への切符を得て、こいつ、汐音との夢、全国優勝に一歩進むはずだった。
少なくとも数時間前までは、順調に夢へ近づいていた。
「ベンチに突っ込むなんて、馬鹿だよお前。」
何であそこまでボールを追いかけたんだ。あれを取るの諦めたって、俺らなら勝てたはずだろ。俺とお前なら、きっと勝てたよ。
まだ前半戦だったじゃねえか。そりゃあいつでもどんな時でも全力だが、あれはほんとに、必要だったのか…?そう問いかけても、眠っている汐音からの返事はもちろんない。
汐音との出会いは俺達がまだ幼稚園に通っていたときだった。当時からお調子者だった俺とは違い、汐音は割と静かな奴だった。いつも1人で本を読んでいたり、気づけば寝ていたり。どこか幼稚園児に似つかわしくない奴だったのを覚えてる。
ある日何人かでドッジボールで遊んでいたときだったか、汐音の元にボールが飛んで行ったのだ。ぶつかってしまうと思い慌てて声をかけようとしたそのとき、器用にもあいつは胸でボールを受け止め、リフティングの要領でボールを回した後、蹴ってこちらに戻してくれた。
『お前、器用なんだな!』
『別に…簡単だよ、これくらい。』
そこから俺は汐音にうざがられながらも後ろについて行くようになった。ボールの扱いも汐音に教わり、サッカー、野球など2人で色々やっているうちにお互いがバスケを好きになった。
だが、まだこの頃はただの仲の良い奴だった。スポーツもできてかっこいい、ちょっと憧れてしまう男子。それが変わったのは小学生の頃だ。
俺はあまり体は大きくなく、顔も女顔だった。そのせいか学年の中でも体が大きく所謂やんちゃ坊主の奴らにいじめられたりもしていたものだ。
そして、取り巻きを連れたいかにもな奴3人に喧嘩を吹っかけられ、殴られそうになっていたときだった。
『なぁ、邪魔なんだけど。』
男子の背後から耳慣れた声が聞こえた。3人が振り返ったことで俺にも見えた。欠伸をしながら気怠げにこちらを見つめる汐音がしっかりと。お前小学生だろ?とつい俺が呆れてしまうほどあいつは気怠げだった。
当然その様子に苛立った3人が的を変えて汐音に殴りかかっていった。殴られちゃう、そう思ったが何もできない俺は思わず目をぎゅっと瞑った。
しかし拳の当たる鈍い音は一向に聞こえてこない。その代わりに土が擦れる音が響いた。
恐る恐る閉じていた目を開ければ、立っているのは汐音ただ1人。俺に向かってきていた3人は揃いも揃って地面に仰向けで倒れていた。
『…な、何したんだ?』
『いや、通行の邪魔だったから足掛けただけ。』
そしてもう一度欠伸を零した汐音はそのまま歩き出し、俺を取り過ぎたところで足を止めた。
『健太。』
『え?』
『今からバスケしねぇ?』
俺に背を向けたままそう問いかけてきた。
その言葉に含まれた汐音の優しさを感じ取り、思わず泣きそうになったのを覚えている。小さい頃のあいつは不器用で淡白で、でも優しかった。それは変わらない。
それから俺達は本当の友達になった。
汐音も俺といるようになってからはだいぶ丸くなった。というか、つんつんしてたわけではなくてただあいつの睡眠に対する欲求が強すぎて結果的に1人でいたり常に気怠げなだけだったのだが。
今では何だ、爽やかスポーツ少年みたいになりやがって!あの半開きでだらぁっとした瞳はどこへ消えた!と問い詰めたい。
しかし、俺達が中学に上がって2年が経ったとき、汐音の両親が亡くなった。その頃の汐音は手がつけられないというか、とにかく大変だった。
両親とも仲が良く反抗期もない、スポーツ少年が気づけば所謂不良というやつになっていた。
学校は来ないし、夜も1人で出歩いているようだった。もしかしたら喧嘩もしていたかもしれない。明らかにあの頃のあいつは荒れていた。
だけど俺は、突き放されても遠ざけられても、あいつを諦められなかった。うざがられても付きまとったし、しょっちゅう夕飯お裾分けだとか言って家に上がりこんだりもしていた。
そして結果的に、汐音は折れた。
またあいつに笑顔が戻ってきて、俺の隣に戻ってきてくれて嬉しかった。
まるで汐音のことが好きみたいだって?もちろん大好きだ。友達として、だがな。
………それなのに。
「お前はまた俺を突き放すのかよ…。」
そう呟いてうなだれる。
刹那、汐音の体が青白い光を纏ったような気がした。