第3話
彼女に説明された話をまとめると、こうだ。
まず転生するのではなく今のままの状態で召喚されるというか、送還される。つまり俺は俺のままで存在するということ。また健太達の記憶は消したければ消せるし、残したければ残せるという。そして俺が送還されたとき、地球に在る桐谷汐音の姿は消えるらしい。そのため記憶をむやみに残しておくとパニックが起こるかもしれない、と。
そして1番懸念していたことだが、アノルーダという世界は地球とは大きく違うらしい。繁栄はしているが地球よりは進歩が遅く、科学的技術ではなく魔法によって成り立っている。また人間の他に獣人や魔族、精霊も存在するというのだ。
それぞれを人間族、獣人族、魔族、精霊族と呼ばれているらしい。
そしてそれらが造る国というのが人間国『リステリア』、獣人国『カダニス』、魔国『ガルーラ』、精霊国『ホリムオ』だ。
「地球よりは少し危ないかもしれないけど……どうする?異世界生活、してみる?」
再度確認するような口調で尋ねてくる。
「………分かった。アノルーダを選ぶ。」
それが俺の答えだった。
ナリーシャはその言葉を聞いてどこか嬉しそうであった。見た目はまるで母さんが自分に笑いかけているように見えて何だか複雑な気分だ。
俺は健太の記憶だけを残すことにした。ナリーシャの話によると健太の夢の中に出て事情を説明する場を設けてくれるとのことだ。
少しだけあいつには悪いと思うが、俺はなんだかんだ言ってこれから始まる異世界ライフに胸を躍らせていた。
「じゃあ詳しい説明に入るわね?まずあなたを飛ばすのはアノルーダの人間族の国『リステリア』付近の林の中よ。少し歩けばリステリアに着くわ。」
「分かった。リステリアに着くまでに死なないように気をつけるよ。」
堪能する前に死ぬなんてシャレにならないからな。
「あと、一応魔法はちゃんと使える能力にしとくわね。そして……」
「ん?」
「ここからがキャンペーン特典!何か2つだけ、ご希望の能力をプレゼントいたします。ただし世界征服なんていうご希望には添えませんのでご了承を!」
急にはしゃぎ出したナリーシャに思わず呆れてしまうが、悪い話ではない。世界征服なんて面倒なことなどしようと思わないので問題なし。
さて、そうだな…。確か願いは2つと言ったか。
転移という能力に憧れるが、時間の概念がない亜空間収納も捨てがたい…。だがここで2つともを使ってしまうのは少々もったいない。
……となると、努力でなんとか出来るようにするのも手か。
「じゃあまず空間魔法を努力次第で確実に使いこなせるようにしてほしい。」
「空間魔法?最初から使えるようにしてもいいのよ?」
「いや、それじゃあ努力を怠ってしまう。」
「…まあ、いいわ。2つ目は?」
もう1つの願い…どうするか。
そういえば今では使われていない魔法なんていうものもあるのだろうか。古代魔法的な。
ナリーシャにそれを聞けば、頷きが返ってきた。
「大体そうね……1800年前くらいまでは使われていた古代魔法があるわ。今でもそれを記した書物も残ってる。でも今ではもう解読できる人がいないみたいでね、使われていない魔法なのよ。」
なるほど。やってみる価値はある、か。
そうと決まれば2つ目の能力だ。
「古代魔法の書かれた……いや、アノルーダに存在する全ての言語を解読する能力がほしい。」
「……なるほど。あなた、賢いのね。」
「そうでもない。まあ、古代魔法の他にも難解な言語で書かれた大事な大事な情報があったら敵わないからな。」
「いいわ、それが2つ目の能力ね。他に何か知りたい情報は?」
「いや、これ以上は実際にこの目で見て確かめることにしたい。全て知ってたってつまらないしな。」
せっかく見知らぬ世界に行くんだ、勝手が分かってる状態で行けば安全かもしれないが、面白みに欠ける。最低限の情報だけでいい。
あとは、行ってからのお楽しみだ。
ナリーシャは俺の反応を見て満足げに頷くと、再び迫力のある声で俺に告げた。
「では桐谷汐音。あなたに世界アノルーダで過ごす権限を与えます。余程のことが起こらない限りもう地球へは帰れません。良いですか?」
「ああ。覚悟は決めた。」
「あなたに特別な能力として2つ、空間魔法についての取得能力向上、アノルーダにおいて全ての言語の解読能力を付与します。また記憶の残留を希望した菅原健太に関しては、2回目の夜に彼の夢とあなたの夢を繋げることとします。」
「2日目か。俺が消えてからそれまでの間はどうするんだ?」
「それまでは地球に在る桐谷汐音の体は視覚で認識できる状態としておきます。」
淡々と最終確認を進めていく。
視覚で認識できる状態って、さらっと言ったけど凄いことだよな。ないはずのものをあたかもあるように見せるなんて。幻覚を見てるようなものだ。さすがは女神と言ったところか。
「了解。あ、地球では住民票みたいなのが必要だったりするけど、向こうではその辺、良いのか?」
「ええ。地球ほど細かい制約がないのよ。やはり進歩の速度が違うせいね。」
なるほど。それなら問題はなさそうだ。
これ以上確認することはない。
「それでは、あなたを今からアノルーダへと送還します。」
「おう。………何だか、ドキドキするなこれ。」
年甲斐もなく胸を躍らせている自分がいる。この手の話は本でこれでもかというほど読んだ。こんな体験をできたらと、何度も思ったが、まさかこんな形でそれが実現されるとはな。
俺の漏らした感情に、ナリーシャは頬を緩め、何かを俺の足元に描き始めた。
これは………魔法陣?そうか、送還する方法か。女神なのに魔法陣なんて書くんだな。
「第2の人生、楽しんで。」
「……恩にきる。ナリーシャ、ありがとう。」
「ふふ。またいずれ会いましょう。」
微笑みかけるナリーシャの顔を最後に俺の姿はその場から消え、意識も遠のいていった。
「……汐音、きっとあなたは希望になるわ。」