港西高映画部
大体わたしは最初からミスキャストだと思っていた。
今年の文化祭上映作で「仁科めい」を起用するなんて。わが港西高映画部はそこまで堕ちたかと。
たしかに彼女はいまや一年のみならず全校のアイドル的存在、かわいさはみとめる。
でもわたしの脚本、この九式京子の傑作『悠遠のアリス』の主人公・戸羽野有栖はそういうんじゃない。内なる強さからの美しさなんだ。
だからよっぽど抗議してやろうと思ったけど、初監督をつとめる古賀が、普段は女子とろくに会話もできないあの二年坊が、必死こいて仁科をくどいてきてしまったもんだから、先輩としてはその努力を無碍にするわけにもいかず。
でも始めのころ仁科は、ふわふわしたお嬢さま面しくさって、自分の出番がすむとすーぐヘッドフォンで音楽きいてスマホいじって――いやいやいや、ほかの人の演技みて空気合せるのすごく大事よ!?
ってさすがに古賀をにらんでたら、あいつもペコペコしながらそのへん仁科にいいふくめてたけどさ。
だから口出しはしないと決めてたけど正直いやがらせはした。
下校シーンの下駄箱にカエルしこんだり、彼女のヘアクリップにガムつけたり、膝カックンしたり。
そんでもやめるって言わないから、一度昼休みに彼女の教室のぞいたら、えらく熱心に台本読んでて。なんか線まで引いちゃって、みんなの前じゃテキトーに流し見してるふうなのに。
ああそういうタイプかって、それでわたしも少し反省。
で、撮影がすすむごと彼女もみんなと馴染んできたし、演技はまあつたないながら、案外人選は悪くなかったかと思える瞬間があったりもして。
そんな調子で最後までいけばよかったんだけど、ラストのロケがF大橋っていう自殺の名所でさ。なんかいやな予感はしてた。
「証明したいの、死がすべての終わりではないってことを」ってセリフのあと、主人公は親友の眼前で橋からとびおりる。
陽のほとんど落ちた薄暗い橋上で撮影したあと、仁科と親友役だけのこし、撮影班は下の川岸からも仰いで撮る……んだけど、様子がおかしい。
演じるのはとびおりる寸前、欄干から身をのりだすだけでいいのに、妙にふらついてる。もうひとりもなんだかボーっとしてて。
で、ハッとして視線を川のほうへむけたら、女がいる。白い服で、橋下の水から上半身だけだして、上にむけて手まねきしてる。
そんで仁科が欄干に足をかけたから、わたしは「だめえッ!」ってさけんで川へ走った。
その女のとこいって、青黒くふくらんで濡れた顔に、
「うちの大事な女優になにしてくれてんの!?」って怒鳴りつけたら、「あ……」って言って消えてった。
まあそんなこんなもあって映画は無事完成。
文化祭での評判はまあまあだったけど、部室での打ち上げで、
「先輩がいたらこの評価じゃ大反省会だったろうなぁ」との古賀の弁はまあその通りながら、
「九式先輩って、去年これ書いてから入院して亡くなられたんですよね……。でも私、この作品に出れてよかったです、本当に」
といった仁科に免じ、まあ今回は化けて出ないことにしておく。