第5話《システム外スキル》
「……着いた」
「ここか」
俺は《追跡》スキルを持っているというアンの案内で、オークの住処と思われる洞窟の前まで来ていた。
昔のオーク討伐イベントとは場所が違っている。アンが《追跡》スキルを持っていなければ辿り着けなかっただろう。
「アンは森の中で待機しておいてくれ」
「……私も行く」
「危険だぞ?」
「……お母さんは、私が助ける」
「そうか――なら、コイツを預ける」
「……えっ?」
俺はお化け帽子をアンの頭に被せてやる。
「そいつは危険を察知する能力がある。攻撃を受けそうになったら、お化け帽子の言う通りに避けるんだ。分かったか?」
「……でも、それじゃ、あなたが」
「俺は大丈夫。逆にお喋りが頭の上で騒がない分、楽かもしれないな」
『ナンダトッ? 今ノハ聞キ捨テナラナイゾ、ゴ主人!』
お化け帽子がアンの頭上でやかましく抗議する。俺はそれを軽く聞き流しながら、アンの反応を伺う。
彼女は納得が行かないような顔をしながらも、自分の身が危ういことは理解しているのか俺の申し出を断ることはなかった。
「それじゃ、お化け帽子。お前は常に行動化しておくから、アンを危険から守るように」
『フンッ! ゴ主人デハ頼リナイカラナ! 我ガ守ッテヤル』
「おう、頼んだぞ」
さて、それではオーク討伐用に装備を整えるとしますか。
俺はアイテムボックスを開き、アイテム化された魔物2体を具現化する。
「《ハンドマイム》、《ダンシングブーツ》」
俺の目の前に、白手袋と焦げ茶色の半長靴が現れる。
行動化していないため、アイテムのままのそれは、重力に従って自由落下を開始する。
俺はすかさず白手袋を空中でキャッチし、半長靴の方はそのまま足元へと転がす。
「そういや、まだ検証してないんだよな……システム外スキル」
俺はアイテム化されたままで動かない白手袋――《ハンドマイム》を手に嵌め、黒足袋の上から焦げ茶の半長靴――《ダンシングブーツ》を直接履く。
「システム外スキル《魔装》完了、と」
《魔装》とは、俺が勝手に名付けた技名だ。
各部位に相当する魔物をアバターの身体に装着するという、ゲームの仕様にはないスキル。
俺が不遇職《魔物使い》で他職を圧倒するために編み出した、オリジナルのシステム外スキルだ。
本来ならば、魔物たちは俺の手や足より二回り以上大きく、行動化(=縮小化解除)するとすぐにすっぽ抜けてしまうのだが、俺はそこにある工夫をして対策した。
アンデッドダンジョンで極稀にポップする《青褪めた猫魔導師》から、固有特技 《スモールライト》による弱体化を受けるのだ。
これにより行動中でも縮小化状態と変わらなくなり、装備をしたままの戦闘が可能となる。
しかし、《スモールライト》の魔法はほとんどの魔物が抵抗に成功してしまうため、精神抵抗減少の呪いが付いたペット装備を着用させるという更なる工夫が必要である。
こうした面倒な作業を乗り越えて、ようやく《魔装》は実行出来る。
「ううむ。検証してる余裕もないし、出たとこ勝負で行くしかないな」
『安心シロ。ヤラレソウニナッタラ、助ケテヤル』
「そりゃどうも。でも、本来の仕事忘れるなよ?」
『分カッテイル』
「ならいい。アンも用意はいいか?」
「……うん」
「それじゃ――行くぞ」
俺とアンは共に装備を整え終えると、洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の壁面には光苔が繁茂しており、薄明るく通路を照らしている。
先まで見通せるほどではないが、歩く分には充分だ。
『止マレ』
洞窟に入ってすぐ、お化け帽子が小さく注意喚起を行う。
「どうした?」
俺も合わせて声のボリュームを絞り、お化け帽子に事情を尋ねる。
『右ノ分岐ノ先カラ、ナニカ来ルゾ』
お化け帽子に言われた方を向いて、俺はスキルを使用する。
「《魔物鑑定》」
このスキルは、視線が通っていれば発動するため、先の見えない暗闇でも問題なく効果を発揮する。
―――――――――――
【オーク】LV.33
HP:3200
MP:100
説明:二足歩行の豚型モンスター。知能は低く、棍棒や斧を使った力業が得意。人里を襲うことで食料や交配相手を確保する。
―――――――――――
敵性エネミーのスキルについては表示されないが、説明文から一般特技は棍棒か斧を使った近接技と特定できる。
まあ、オーク戦は何度もやってきているからな。一般特技はもちろん、固有特技についても既知だ。
オークの固有特技《猪突猛進》。巨体を活かした突進技で、チャージ中は前面からの攻撃は無効という攻防一体のスキルである。
《魔物鑑定》で表示されたのは一匹。
ネームタグの大きさから予測するとまだ距離はありそうだ。
しかし、オークは俺たちのいる洞窟入り口へと向かって来ているようで、徐々に表示されるタグは大きくなってきている。
「………」
俺たちの存在がバレたのだろうか? しかし、それにしては悠長に歩いてくる。
『見張リデハナイカ?』
「ああ、なるほど」
そういや、入り口に見張りがいなかったもんな。
オーク・ジェネラルが指揮を取っている場合、オークたちは簡単な組織的行動を行う。見張りもその一つだ。
しかし説明にもあった通り、オークは元来頭が弱いため、その役割の意味を理解しないまま行動していることが多い。
例えば、そう――見張りならば外で警戒を保ったまま交代すべきところを、侵入者を監視できない洞窟内に退き上げて交代してしまうくらいに。
「気付いてないなら好都合。先手必勝だ。アンたちは少しの間ここで待機。そうだな……60秒経ったら追って来てくれ」
『了解シタ』
「……わかった」
「ちょっと、一暴れしてくる」
俺はアンから少し距離を取ると、両手を後ろに向けて突き出す。
「《魔爆掌》」
技名コールによって行動化したハンドマイムが、掌で凝縮した魔力を爆発させる。
《魔爆掌》はINT依存のスキルだ。
INTが高ければ高い程、爆発の威力は大きくなり、重量が足りていなければ模擬戦でのハンドマイムや今の俺のように――吹き飛ばされる。
ズドン、という重い爆発の衝撃を背中に受けて俺の身体は前方へと急加速――オークの居る通路に向かって投げ出される。
「ブヒィッ!?」
俺は自分で速度を落とすことなく、驚愕するオークの横を通り過ぎ――
「《空歩》」
――続いて、技名コールでダンシングブーツを行動化。
常時行動化に設定しているお化け帽子と新たに行動化したダンシングブーツで枠が埋まり、ハンドマイムは待機状態へ移行。
俺はダンシングブーツの固有特技《空歩》によって宙空を蹴り、方向転換を図る。
そうして俺の眼前に現れたのは、俺の速度に反応が追い付かなかった鈍重な豚の背中。
「《パントマイム:双牙》」
再度、ハンドマイムを行動化。
ハンドマイムは嵌めている俺の腕ごと動かし、固有特技《パントマイム:双牙》のスキルモーションを発動する。
両手を前方に突き出し、上下に合わせた通称「かめはめ波」のポーズ。
モーションが認識され、前方に巨大な魔力の牙が形成される。
ハンドマイムは牙に見立てた両の掌を素早く閉じると、魔力の顎門もそれに追随――勢いよく閉じられる。
「ブヒィイイイァアアッ!」
双牙によってギリギリと咬み締められている数秒の間、連続してダメージが発生する。オークのHPゲージは2度目の継続ダメージによってそのほとんどが削られ、3度目のダメージが発生した瞬間――消滅した。
「ピギィッ!?」
何の行動を取ることも出来ないまま、柔らかい脂肪の塊は、魔力の牙によってグチャグチャに咬み殺されたのだった。
「ふぅ。肉塊一丁お待ちどお」
ぶっつけ本番だったが、システム外スキルも問題なく使用できるようだな。
「ブヒィ!」
「ブヒヒィ!」
「ブヒブヒッ!」
通路の先にあった小部屋から、見張りの交代要因であろうオークたちが三匹、慌てた様子で飛び出てくる。
「三匹の大豚さん入りまーす」
俺は再び《魔爆掌》《空歩》《パントマイム》のコンボで、豚さんたちを屠殺して回るのだった。