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「アンタ、さっきから簡単に謝って恥ずかしくないの!? 何故、戦う意思を示さないの!?」

 せっかく優一から謝ったというのに、袖の長いシャツに短パン姿の少女は満足してくれなかった。こちらを指差したままで、物騒極まりない台詞をぶつけてくる。

「そんなことを言われても、いくら俺だってロリっ娘相手に怒れないしな」

「何よ、そのロリっ娘ってのは! どうして人間は、こうまで無礼なのよ!」

「だって俺、君の名前知らないし」

「当たり前じゃない。人間に教える名などないわっ!」

「じゃあ、ロリっ娘で」

「だから、変な呼称はやめなさいと言ってるじゃない!」

 飽きもせずに、目の前で少女が金色の長い髪を振り乱しながら、キーキーと声を張り上げる。こちらを指差すのはやめたが、その代わりに両手両足を懸命に動かす。悔しそうにしながら、地団太を踏んでるような感じだ。なんだか面白くなってきたので黙って見ていると、少女はハアハアと息を切らしながら再び優一を睨みつけてきた。

「いいわ。特別にアタシの名前を教えてあげる。聞いて驚きなさい。アタシの名前はリディナよ!」

「そうなんだ。ところで君さ、中二病?」

「チュウニ……? 何よ、その変な名称は! それに、アタシの名前を教えてもらえたのだから、もっと喜びなさいよ、人間っ!」

「わーい」

「ぐうう……! なんだか妙に腹が立つんだけど!」

 リディナと名乗った少女の顔が、怒りで赤く染まる。

 必要な家具を購入するという目的を早く達成したいがために、適当にあしらっていたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

「ところで、もういいかな。一応謝ったし、俺、急いでるからさ」

「はあ!? アンタ、自分は名乗らずに行くつもりなの!? これだから人間はゴミクズなのよ!」

「ゴミクズって……君も人間だろ。まあ、いいか。俺は優一だよ。それじゃ」

 簡単な自己紹介をしたあと、軽く右手を上げて立ち去ろうとする。面倒臭そうなタイプなので、ぶつかった少女とあまり関わり合いになりたくなかった。

 当たり前のように少女へ向けた背中が、急激にゾクリと冷えた。ただならぬ感覚に恐怖を覚える。

 もしかして、殺気というやつなのか? 慌てて振り向くと、そこには唇を噛む少女の姿があった。相変わらず怖いくらいの目つきで、ひたすら優一を睨んでいた。

「……運がよかったわね、人間。アタシに大切な用事がなければ、とっくの昔に消し炭になってたわよ」

 ドスはきいていたが、基本的に可愛らしい少女の声なのでさほどプレッシャーは感じない。だとしたら、さっきの強烈な威圧感みたいなのは一体何だったのだろう。優一は首を傾げた。

 リディナと名乗った少女へ確かめてみようにも、もう優一に興味はないとばかりにさっさとその場を立ち去ってしまった。足取りに怒ってる様子が見受けられたものの、こちらを振り返ったりはしなかった。

 なんだかなとは思ったが、優一にもやるべき目的がある。先ほどの少女の件は忘れ、再び家具屋を目指して歩き出す。

 どこに何があるのかもわからないので、街中を散策するのはとても有意義だった。街中は安全そうだが、いきなり襲われても困るので人通りが多そうなところを積極的に見て回った。珍しもの好きのミュリス王妃からこの国に適した服を貰っていたので、誰も優一に好奇の視線を向けてこなかった。

 肌の色も様々なので、黄色人種の優一が混じっていても不思議じゃない。あの人はニートよと陰口を叩く連中もいないので、ゆっくりと外を散策できる。冷やかし半分に武器屋などにも寄ってみたが、とても優一に扱えそうな武器はなかった。重そうな剣を振れるはずはないし、弓などの心得もない。ナイフ程度ならなんとかなりそうだが、怖くて人に向けたりできない。敵を倒すどころか、パニクった挙句に自分が怪我をしてしまいそうだ。

「誰かに狙われたら、どうしようもないな。異世界に来るのがわかっていたら、便利そうな道具を入れたリュックを背負って家を出たのにな」

 はあとため息をつく。所持品の大半を、この世界で生きるためにミュリス王妃へ売却した。唯一残ったのは、ポケットの中に入っている小型のレーザーポインターくらいだ。赤色のレーザーが照射できるもので、ずっと前にどこぞのゲームセンターで獲得した。以前の世界で法規制される前のものなので、使用方法には注意が必要だ。引きこもりをしてる分には無用の長物なのだが、異世界で生活するにあたって、武器を使えそうもない優一には必要に思えた。そのため、あえてミュリス王妃には見せなかった。

「命を狙われたりしたら、これで怯ませて、その間に逃げるしかないよな。あとは傭兵を雇ったりすればいいのか? でも、それも危険そうだよな」

 ひとりブツブツ呟きながら歩く。傍から見れば、ただの危ない人だ。そのうちに本来の目的を思い出し、改めて近くの建物に看板がついてないかを探す。店といえば繁華街にあると思ったのだが、なかなか見つからない。日も暮れかけてきたので、諦めて家へ戻ろうとする。繁華街を抜けて王城への道を歩く。そこで優一は見つけた。明らかに家具を売ってそうな店を。

 意を決して建物の中へ入れば、所狭しと様々な家具が並んでいた。宝石がちりばめられたような高級そうなものから、質素なものまで取り揃えられている。優一の姿を確認すると、すぐに店員と思われる男性がやってきた。年代は四十代前半くらいで、小太りだが愛嬌のある顔立ちだ。常に笑顔で、敵意をまるで感じさせない。接客業をやるにはこうするんだよと、見本を見せられてるみたいだった。

「何かお探しでしょうか」

 柔らかい物腰の男性が、優一に声をかける。

「ええと……新しく店を開こうと思って、そのためのテーブルやイス、それにカウンターを見に来たんです」

 素直に目的を告げると、男性は「そうなのですか」と頷いた。

「取り揃えてる家具にご満足できなければ、注文を頂くことも可能ですよ」

 店主と思われる男性がそう言った。

「お店を開く場所を下見させてもらえれば、ご提案もしやすくなりますが、いかがでしょうか」

 即答はできずに、優一は腕を組んで考え込む。初対面の男性を信用するのは怖いが、専門の人にアドバイスを貰えるのは助かる。店主が下見に来た時、バラドーにも同席してもらえればある程度の危機回避はできるはずだ。とりあえず検討するとだけ答えておこう。

「下見に関しては、考えておきます。今日はもう暗くなってきたので、この辺で」

 魔法道具である電灯が街中に設置されてるとはいえ、異世界で迎える初めての夜はさすがに不気味だ。早めに自宅へ戻り、鍵をかけて過ごそう。お酒でもあれば気分が紛れるんだけどな。

 そこまで考えたところで重要な事実に気づく。夕食の用意も、寝床の準備もしていない。引き渡された店舗兼自宅は、家具がひとつもない状態だったのだ。慌てて繁華街に戻るも、大半の屋台はすでに撤去されたあとだった。しまったと後悔してもすでに遅い。途方に暮れて立ち尽くしていると、唐突に声をかけられた。

「貴方……ずっとそこにいるけど、具合でも悪いの?」

 話しかけてきてくれたのは、まだ若い十代くらいの女性だった。黒髪の三つ編みで、顔立ちはどことなく日本人に近い。布製の動きやすそうな服で、膝下までのふわりとしたスカートが特徴的だ。よく見れば、頬にそばかすがある。外見だけで、明るく活発そうな女性だとわかった。

「ああ……その、実は今夜のご飯を買いそびれてしまって……」

 人に言うのはとても情けないが、実際にそのとおりなので仕方なかった。頬をポリポリ描きながら発した優一の言葉に、少女は瞳を輝かせる。

「余りものでよければあるわよ。私の家、食材を売ってるもの」

 そう言うと少女は両手で優一の右手を掴んだ。

 戸惑ってるうちに、優一は少女によって近くの店へ引っ張り込まれた。そこには確かに、パンなどが並べられていた。中にはパスタなどもある。街並みは中世ヨーロッパに近い感じだが、魔法道具や食材などを見れば、やはり異世界なのだなと実感できる。優一が学校で習ってきた歴史とは、違う点が多々あるからだ。

「お父さん、お客さん連れてきたよ。なんか見たことない人だけど」

「ふむ。確かに、このへんではあまり見た覚えがないね。旅の人かな?」

 店に連れてきた少女によく似た雰囲気の男性が、こちらを向いた。店の中で、売り物であるパンなどを整理しようとしていたのだろう。細身で眼鏡をかけている。服装は今の優一と似た感じだ。

「今度、新しくこの街に住むことになりました。多分ですけど、お店をやると思います」

「えっ!? もしかして同業者!?」

 男性ではなく、優一の手を引っ張ってきた少女が声を荒げた。すでに手は離されたが、温もりはまだ残ったままだ。

「違うよ。男女の出会いを促進するような店さ。食事なども提供できればいいから、もしかしたらパンや小麦粉などを仕入れには来るかもしれないね」

 優一がそう言うと、すぐに少女は顔をほころばせた。

「お得意さんになってくれるのなら大歓迎よ。いかがわしいお店を開くつもりの人でもね」

「い、いかがわしいって……そんなお店にするつもりはないんだけどな。まあ、実際に営業してみないと、どうなるかわからないけど」

 優一とのやりとりを見ていた少女の父親が愉快そうに笑った。

「そうだね。お店をどこで開くのかは、もう決めたのかい?」

「はい。王妃殿下から、国有地を譲ってもらえましたので」

「国有地!? えっ、ええっ!? お客さんって、もしかして偉い人!? ど、どうしよう。私、強引にお店へ連れてきちゃったんだけど」

 今度は大慌て。ころころと変わる少女の反応に、忙しそうだなと内心で苦笑する。しかし、嫌いなタイプではない。少なくとも、日中に遭遇したリディナとかいうロリっ娘よりは。

「別に偉くはないよ。ただ、珍しい物を持ってただけさ」

 この街の住民は、王妃の珍し物好きな性格をよく知っている。優一の説明にも、すぐに納得してくれた。

「お店を開く権利だけでなく、土地や建物まで貰えるなんて凄いわ。よっぽど、王妃様に商品を気に入ってもらえたのね」

「そうみたいだね。身分も王妃様が保証してくれるみたいだし、無事にこの街へ住めそうで安堵しているよ」

「フフ、よかったじゃない。じゃあ、今日は特別に割引をしてあげるわ。売れ残りで、駄目になりそうな商品限定だけどね」

 屈託のない笑顔で、少女は楽しそうに笑った。

「売れ残りの品でも、引き続き翌日も販売できそうなのはあるからね。そういうのは売れ残り品として、朝に販売するよ」少女の父親が説明してくれた。

「そうなの。だから、早朝と閉店の直前は、品質はともかく安く買えるわよ。狙ってるお客さんも多いから、意外と激戦だけどね」

 少女の言葉に優一は頷いた。父親が経営していたスーパーでも、同様の値引きをしていたのを思い出した。もう両親の顔を見れないのは悲しいが、優一は優一で右も左もわからない新たな世界で生きていかなければならなかった。

「だから……ええと、そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね。教えてもらっていいかしら」

「ああ、俺の名前は優一だよ」

「ユーイチね。少し変わってるけど、いい名前だわ。私はマーガレット。リグシュが誇る名店カーニバルの看板娘よ。よろしくね!」

 伸ばされた手にぎこちなく触れる。この世界で何度目かの握手だ。いきなり迷い込んでしまった異世界だが、人の手の温もりは以前の世界の住民のと変わらない。その事実は優一に、思わず微笑んでしまいそうな安心感を与えてくれる。

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