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ミュリス王妃との面会を終えた優一は、城へ来た時とは違う服装で城門から出た。着ていた服も、買い取ってもらったからだ。代わりに持たされたのは今着ている白いワイシャツに赤いベスト、それに黒い布ズボンみたいな感じのものが大半だった。中には城へ入る際に着用すればいいと渡された、なんとなくスーツに近いような感じのものもある。堅苦しいのは苦手なので、普段着は現在ので十分だった。下着も幾つか貰えたので、衣服に関する問題は難なくクリアされた。
次は住む場所だ。宰相のロシュグールは、城門で待っていれば案内が来ると言っていたが……。
優一が門番の側で立っていると、タンクトップみたいなのを着た筋肉質の男が、やや長いズボンの裾を引きずるようにして駆け寄ってきた。スポーツ刈りみたいな感じで、一見すると高校の体育教師みたいな男だ。優一が基本的に苦手そうなタイプでもあった。
「おお、アンタがユーイチ殿か。俺は国有地の管理をしているバラドーってもんだ。宰相殿に言われて、案内をすることになった。よろしくな!」
右手を差し出されたので握手には応じたが、案の定、握力が強くて痛いくらいだった。とても国有地を管理するような人間には見えないが、人選について優一にあれこれ言う権利はない。おとなしく案内をお願いする。
ようやく右手を離して、力任せの握手を終えてくれたバラドーが「こっちだ」と目的地へ案内するために背中を向ける。言いたいことを言ったあとは、自分勝手にさっさと歩き出した。
やはり苦手なタイプだ。慌ててバラドーの背中を追いかけながら、優一はそう思った。
「それにしても、あんないい土地と建物を、国からポンと購入するなんて凄いね。俺とは比べものにならない大金持ちなのかな」
「いえ。たまたま珍しい品を持っていたことで、王妃様に特別な便宜を図ってもらえただけですよ」
間違っても、自分はお金を持ってますなどと言えない。元いた地球でも、宝くじが当たったと公言してしまったがために、大きな被害にあった人間が大勢いる。ことお金の話題に関しては、慎重になりすぎるくらいで丁度いい。
優一の説明に納得したらしく、バラドーは「そいつはツイてたな」と豪快に笑った。
「うちの王妃様は、気に入った珍しい物であれば、金に糸目をつけないからな。平気で今回みたいに、価値のある土地でも手放したりする。俺の家にも、王妃様が欲しがるもんでもあればよかったんだがな」
地声が大きいのか、周囲にも響くほどの大声だった。側を歩く優一はうるさいと感じたが、活気溢れる街に住む人々は気にもしていなかった。全体が賑やかなのもあるだろうが、元気なやりとりが日常茶飯事なのかもしれない。
「ほら、ここだぜ。これが王妃殿下から、アンタに譲渡された土地と家だ」
石造りのわりと大きな家で、庭もきちんとある。壺面積も広く、ひとりで住むには十分すぎるほどだ。さらに二階もある。木の階段を上って移動すれば、やはり綺麗な石で造られた大きな部屋があった。再び一階に戻り、今度は個室を見てみる。トイレはぽっとん便所みたいな感じで、バスルームもきちんとあった。浴槽の近くにハンドルみたいなのがあり、それを回すと水が出る仕組みだった。一階部分にある台所の使い方も同じだった。
下水処理がどうなのか気になったので尋ねてみると、トイレなどは溜まったものが魔法の力で勝手に排泄処理用の場所へ移動していくらしかった。以前は外でしたりしていたが、ロイメール商会が魔法協会と共同でトイレを開発して以降、街中から臭さも消えてずいぶんと快適になったらしかった。
風呂も同様らしい。王都リグシュの近くに大きな水源があり、ハンドルを回すことで魔力が働き、地下に造られたパイプがそこから水を組み上げてくれるとのことだ。以前は毎日川や湖に、生活用水を確保しにいくのが日課だったという。それがなくなっただけでも、日々の暮らしはとても快適になったとバラドーは教えてくれた。ただ、すべての家庭に普及してるわけではなく、こうした便利な魔法道具はまだまだ上流階級にだけ許された仕組みみたいだった。
「国も考慮してくれて、共用のトイレや風呂が街にあるから、なんとかなってるけどな。最近は明かりもあって、夜でも比較的気軽に外を歩けるんだ」
「比較的気軽ってことは、やっぱり危険が多いわけですよね? 盗賊とかモンスターですか?」
王城では商談しかしてこなかったし、頼るべき商人のドリューも途中でいなくなってしまった。この世界に来てからの疑問をぶつけると、バラドーは何を聞いてるんだよとばかりに笑った。
「さっき言ったとおり明かりもあるし、街には警備兵もいる。盗賊も魔物も、以前ほど恐れなくて大丈夫だよ。それにアンタの家の近くには国有地も多い。俺みたいな奴らが常駐してるから、そんなそんな危ない事態にはならないよ」
バラドーは安心するように言ってくれたが、逆に考えれば、この世界には野党も魔物も存在するということになる。平和な日本で、ニートとして生きてきた優一は不安しか感じない。この世界で生きていこうと決めたはいいが、なかなかに前途多難そうだ。
「これは扉の鍵だ。アンタに渡しておくぞ。この先の詰所に俺を含めた何人かが待機してるから、何か問題があれば言ってくるといい」
それだけ言うと、バラドーはさっさと外へ出て行った。
靴を脱ぐ場所がないので、靴をはいたまま生活するのがスタイルみたいだが、どうにも落ち着かない。これから街中を見て回るつもりなので、ついでに室内用の靴を買ってくるのもいいかもしれない。幸いにして、お金ならある。ミュリス王妃から、当面の資金として二十万ゼニーほど貰えたのだ。
「結婚相談所みたいにするなら、テーブルや椅子は必須だよな。売ってるといいんだけどな……」
呟きながら、外へ出る。閉めた扉に外側から鍵をかける。国が所持していた物件だけあって、木と鉄で作られた扉はとても頑丈そうだ。これに鍵がつけば簡単には侵入されないように思えるのだが、それは優一の常識での話。きっとこの世界では、扉を強引に破壊しての侵入などがあったりするのだろう。考えるだけで怖くなってくる。
「元の世界へ戻れないなら、ここで生きるしかないんだ。とにかく、街中を見て回ろう」
自分へ言い聞かせるように喋ったあと、ゆっくりと周囲を見渡してみる。優一が譲ってもらった場所は城に近く、わりと静かだ。住んだ経験はないが、高級住宅街というのはこんな感じなのかもしれない。
王妃から貰ったブーツみたいな靴をはいた足を動かす。元々はいていた靴より強度は弱そうだが、意外と動きやすい。ひとりてくてくと歩き、まずはたくさんの声が聞こえてくる方を目指した。
ガヤガヤとした様子が強くなり、老若男女たくさんの人がひしめきあう。食べ物を売ってる屋台の数が増えた。誰かに尋ねなくとも、ここが繁華街なのはすぐにわかった。看板を掲げた石造りの建物も幾つか視界に映る。武器や防具、それに魔法道具などを売ってる店みたいだった。
魔法協会という看板を見て、この世界で最初に出会った人間――商人ドリューの言葉を思い出す。
「そういえば魔法協会で、魔法を使える素質があるかどうか、調べてもらえるんだったな。とりあえず、やってもらっておくか」
漫画やアニメであれば、異世界へ飛ばされた主人公は何らかの特殊能力を得る。性格も大体が前向きで、初めて手に取るはずの剣を上手く扱えたりする。だが、優一にそのような能力があるとはとても思えなかった。痛いのは嫌だし、剣を持って魔物と戦うなど怖くてできそうもない。せいぜい可能性があるとすれば、魔法使いの素質ぐらいではないか。そんなふうに自己評価したのもあって、武器や防具を見るよりも先に魔法協会のドアを叩いた。
中に入ると大きな三角帽子をかぶった老齢の男性が、着ているローブをひらひらさせながら歩いてきた。パっと見た瞬間に、魔導士とわかる恰好だった。まんまイメージどおりだったので、若干の面白さを覚えた。
「魔導士教会へようこそ。何の御用ですかな」
「え、ええと……魔法を使える素質があるか調べてほしいんですが……」
「はいはい、こちらへどうぞ」
優しそうな老齢男性は、優一を協会内の奥へ案内してくれた。そこには個室があり、中には小さな椅子がひとつだけ置かれていた。
「では、あそこに座ってください」
協会の人間と思われる老齢男性の指示で椅子に座る。すると、一瞬だけ背中が奇妙な寒気みたいなのに襲われたような気がした。
「終わりましたよ」
「え? もうですか?」
「ええ。結果ですが、残念ながら、貴方には魔法を使用するための資質がないみたいですね」
拍子抜けするほどあっさり資質を判明させられた挙句に、魔法は使えないと通告された。漫画やアニメであれば調べるための機器が壊れ、協会内の人間が揃って驚愕するみたいな内容になってもおかしくないのだが、優一の場合は違うみたいだった。
もう用はないですよねと言いたげな笑顔の老齢男性に出入口まで付き添われ、魔導士教会の外に出た。青空の中にまだ存在中の太陽が、やたらと眩しく感じた。たぶんではあるが、涙は出てないと思う。
魔法を使えそうになければ、剣や槍などを扱う術に優れてるとも思えない。年齢も十代半ばから後半などではなく、三十代。しかも独身で童貞。英雄になれそうな条件はひとつもなかった。漫画みたいな展開を期待するのはやめて、この世界で普通の住民と同じように生活していくのが一番だ。英雄になりたい願望は少なからずあったりするが、人間にはできることとできないことがある。
魔法協会での用事を済ませたあと、店に置くべきテーブルやイス、それにカウンターを探すために家具屋みたいなところを探す。街には様々な人が溢れていて、噴水などもある。機械的な文明はあまりなく、賑やかな田舎を感じさせる。引きこもりでゲーム好きだった優一には物足りなさもあるが、知り合いが誰もいない世界というのはとても魅力的だった。一から人生をやり直せるような気がして、開放的な気分にさえなる。
部屋に引きこもってゲーム三昧できないのは寂しいが、元の世界にいたところで世話してくれる両親がいなければ、どちらにしろ外へ出て働くしかなかった。それならば、何の肩書も必要としない別世界で暮らせるのはむしろ好条件なのではないか。着ている服や所持品が珍しいからと大金が貰え、店まで開けるのだ。ウキウキした気分で歩いてると、お腹のあたりに何かがドンとぶつかった。
「痛いわね、一体何なのよっ!」
前方で張り上げられた金切り声に驚き、右に左に忙しなく動かしていた視線を慌てて正面に戻す。ぷんすかしながら目の前に立っていたのは、小さな少女だった。
「このアタシに、正面からぶつかってくるなんていい度胸してるじゃない!」
得体の知れない少女が左手を腰に当て、右手でビシっと優一の顔を指差す。
ロリだ。まごうことなきロリっ娘だ。さすがに幼女といったレベルではないが、外見は見るからに成熟しきった大人とは言い難い。もっとも、世の中には童顔な女性もいるので、外見だけで年齢を判断するのは失礼だ。
「ああ、ごめん。ちょっとよそ見をしていたもので」
とりあえず誤ってみたが、少女の怒りは収まらない。眉をつり上げて、優一をキっと睨みつけてくる。こういう展開が好きな男性なら喜んだのかもしれないが、生憎と優一の好みは少女でも熟女でもない、その間の年代の女性だった。やや面倒臭さを覚えながらも、ぶつかったのは自分なので少女に再び謝罪の意思を示した。




