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 待ってくれと言う暇すらなかった。ポカンとしてる間に、ここまで案内してくれた商人のドリューは、優一の前から姿を消した。どうすればいいのか呆然とする優一のすぐ側で、腕時計を持ったままの王妃が軽くため息をついた。

「やれやれ、忙しい男だな」

 言葉だけを聞くと悪態をついてるようだが、実際の王妃は愉快そうに笑っていた。

「フフフ。ドリューが新たな時計を作って売れれば、ますますこの腕時計とやらの価値が高まるな。これがモデルなのだから」

「そうですね。でも、その時計は魔力を使ってないですよ」

 優一にとっては当たり前なのだが、セルフィリズドと呼ばれる世界の住人とってはそうでなかったらしい。一斉にザワめき、面白いほどの狼狽ぶりを披露してくれる。筆頭が、目の前にいるお妃様だった。

「魔力を使ってないのであれば、一体どのように動いておるのだ。わかりやすく説明せよ」

「これは太陽のエネルギーを動力にしてるんです。外に出て、太陽の光を浴びせればいいんですよ」

「た、太陽の光が動力だとっ!?」

 謁見の間に広がるザワめきが、一段と大きくなる。口々に、信じられないといった感想を兵士たちが言っている。

「中の部品は違うので、部品が錆びたら動かなくなってしまいますけどね。ただ、修理しようにも、俺はもう祖国に戻れないので……」

 改めて王妃や他の連中にも、ドリューが門番に説明していた内容を教える。誰かに会うたび考えるのではなく、自身の出生などをすべて同じにしておいた方がずっと便利だ。

「フム……確かに、これほどの品はわらわでも見たことがない。そなたが強引にでも国を出なければ、今日、こうして腕時計に出会うのも不可能だったわけか」

 残念そうにしながらも、王妃は納得してくれた。本当なら、船団でも派遣して優一の祖国に珍しいものを買いに行きたいのかもしれない。もっともそうなったら困るので、今後もドリューの考えてくれた設定は役に立ちそうだった。

「ボールペンに腕時計と、そなたの商品は珍しいものばかりだな。それに、先ほどドリューが渡していた硬貨みたいなものは何だ?」

 隙がないというべきか、珍しい物を発見する能力は超一流のようだ。つい先ほど退室したドリューから返してもらった十円玉を、優一は王妃に見せる。

「これは俺の国のお金です。他にも種類はありますが、どれもこちらでは使えません」

 優一の手のひらに乗せられる硬貨や紙幣の数々に、珍しもの好きな王妃が目を細めた。指を伸ばし、十円玉や百円玉の感触を確かめる。こちらの世界で使うゼニーの硬貨とは違い、しっかりした作りなのが特にお気に召したみたいだった。

「名を知られておらぬ東の小さな島国といったが、技術力だけなら文明国家と呼ばれる我が国を凌駕しておるな。これならば時計のように、無理に魔力を組み込む必要はないかもしれぬ」

 褒められるのは当然。建造物ひとつからして、優一が住んでいた日本とはレベルが違う。とはいえ、人の優しさに関しては別だ。見慣れない格好の人間がひとりで佇んでいたら怪しまれるばかりで、出会ったドリューみたいに優しくしてくれる者はほとんどいないだろう。文明がさほどではない分だけ、人付き合いはまだ濃厚なのかもしれない。引きこもりのニートではあったが、最低限のコミュニケーションを取れる能力を所持できていたことに感謝したい気分だった。

「俺にとっては、魔法の方がずっと珍しいですよ。国にはなかったですから」

 魔法がないという発言も、城の住人には衝撃的な事実のようだった。再び大きなザワめきが発生する。珍獣でも見るような目つきを向けられる中、王妃だけが楽しそうに笑った。

「極端に人の往来を拒んでいる国であれば、そうなるかもしれぬな。魔法文明が発達しても、情報が入ってこぬのだから。その代わり、魔法に頼らずとも済む文明が発達したのだろう。どちらがよいのかは一概にいえぬが、現時点での技術力はそなたの国が上ということだ。我らは魔力を使っても、このような腕時計を発明できておらぬからの」

 そう言ったあとで、王妃は優一が持っていた紙幣や硬貨も残らず買い上げると宣言した。その上で、さらに他の商品はないのかと尋ねてくる。

「はあ……あとは、スマホやライターといったものなんですが……」

 一応は物を見せたが、頭の中にあった懸念や使い道についても説明する。そうしようと思ったのは、珍しもの好きな王妃が、想像以上にこちらの話を理解してくれる人物だったからだ。

 スマホの画面を見て、ゲームをしてみた王妃はその場で腰を抜かしそうになった。失笑しそうになる驚きぶりを見れば、テレビはおろかラジオもなさそうなのがわかる。

「こ、この四角い物体の中から、声までするぞ。こ、これこそ、魔力を使ったものに違いあるまいっ!」叫ぶように王妃が言った。

「いえ、違います。俺は技術者でないので、中については説明できないのですが……これは通信手段です」

 カメラや動画の撮影方法、それに電話についての説明もする。ちんぷんかんぷんといった感じの兵士たちとは違い、柔軟な思考能力を持つ王妃は熱心に聞いては納得してくれた。

「世界には……凄まじい技術を持つ国があるものだ。まさか……我が国の未熟さをここまで痛感させられるとはの。これではとても、文明国家とは呼べぬ」

「でも、こういったのをモデルにして開発を進めれば、他国に誇れる商品を作れますよ」

 慰めようと優一が言うと、目の前にいる美貌溢れる王妃は顔を上げて大きく頷いた。

「そのとおりだ。我が国の威信をかけて、これらの品を分析させ、至極の魔法道具を完成させるのだ!」

 王妃の発言に、周囲の兵士たちが「おおーっ」と返事をする。

 兵士たちの反応に満足そうな王妃は、優一の所持品をすべて言い値で買い上げると改めて言った。

 こちらの世界で暮らしていこうと決めた優一にとって、お妃様の申し出はありがたい限りだった。どうやれば元いた世界みたいな有様にならず、セルフィリズドで幸せになれるか考える。ここで大金を手にしても、遠くない将来にいずれなくなる。そうなった場合はどうすればいいのか。珍しい物が手元になければ、今は優しい王妃も相手をしてくれなくなる可能性が高い。

 悩む優一の脳裏に浮かんできたのは、かつての父親の姿だった。最終的に借金こそ抱えてしまったが、ずっと前には景気のいい時代もあった。まとまったお金が手に入りそうなのだから、誰かに雇われるよりも自分で商売をすればいい。問題はどのような商売にするかだ。

 亡き父親の真似をして個人でスーパーをやろうにも、商品の仕入先がない。近くの店で手に入れても、同じ街で売るのであれば価格負けをして当然。利益を極端に減らして勝ったとしても、この世界での人間関係は明らかに悪くなる。

 商品ではなく、サービスを売ったらどうか。優一は日本で流行っていたものについて思い出そうとする。一番最初に浮かんできたのが、出会い系サイトだった。良くも悪くもインパクトは十分だ。きっとどこの世界でも、異性との出会いがないと嘆いてる若者がいるはずだ。インターネットが普及してないので、出会い系サイトよりも結婚相談所を開設してみたらどうだろう。そこまで考えたところで、優一は漠然とした構想を、玉座へ戻った王妃に打ち明けてみた。

「ほう。男女の中を取り持つ店か。なかなか愉快な商売を考えるではないか」

「だといいのですが……」

「自信がないのか? そなたの祖国である日本国ではあったのであろう?」

 王妃の言葉に、優一は「え?」と目を丸くした。ドリューには教えたが、王妃には日本の名称をまだ教えてなかったからだ。

「どうして俺の住んでた国が、日本だと知っていたんですか?」

 おもいきって尋ねてみると、玉座で足を組んだ王妃が「やはりな」と笑った。

「そなたから受け取った紙幣に日本国と書かれていたのでな。東の小さな島国といえど、文字や言語は同じなのだの」

「そうみたいですね。もしかしたら、昔は何らかの交流があったのかもしれませんね」

「考えられない話ではないの。さて、そなたは店をやりたいのだな。では、わらわからロイメール商会に話をつけておこう。あとは資金と店だな。王都で店を開ける場所はあったかの。こちらへ、ロシュグール!」

 ロシュグールと呼ばれて返事をしたのは、大臣か何かだと思っていた老齢の男性だった。身長などの体格は優一に似ており、綺麗に剃ってるのか髭はない。老いの影響で白く染まった髪をオールバックでまとめており、物腰柔らかな執事みたいな印象も受ける。

「はっ。何でございましょう、ミュリス王妃殿下」

 玉座の前まで進み出た老齢の男性が、床に膝をついて恭しく頭を下げた。

「うむ。王都で店を開ける場所はあったかと思ってな」

 当たり前のように上から視線を注ぎながら、ミュリスと言われた王妃がロシュグールに尋ねた。

「それでしたら、一等地に国有地がございます。そこをお譲りすればよろしいかと」

「では、そうしよう。あとは当面の活動資金も与えよ」

「はっ。しかし、ユーイチ様とおっしゃいましたか。僭越ながら、婚姻相手を紹介する場というのは、なかなかに難しいと思われますぞ」

 王妃からこちらに視線を移し、立ち上がった老齢男性が優一に声をかけてきた。

「婚姻の際には、それぞれの身分も重要になります。我がエンズレアは他の国に比べて厳しくはありませんが、それでも貴族などの特権階級は存在します。ユーイチ様の国ではなかったかもしれないと考え、こうして助言をさせていただきました」

 助言に対して、優一は素直に「ありがとうございます」とお礼を言った。住んでいた日本でもある程度の身分の差はある。結婚は自由だが、快く思わない親類がいてもおかしくない。それが一段と厳しくなってる社会だと考えれば、納得もいく。やはり、どことなく過去の世界を思わせる。

「ロシュグールは我が国自慢の宰相だ。助言を素直に受け入れたのは利口だったぞ」

 宰相という身分に一瞬だけ驚くも、国王や王妃がいるのだからある意味当然だ。この世界で暮らす以上、戸惑う事態も多いだろうが、慣れていかなければならない。

「それにしても、そなたの名前はユーイチというのか? ロシュグールはよく知っておったの」

「はっ。先ほど、ドリュー殿がおっしゃっていたのを聞いたのです。お間違いありませんでしたでしょうか」

 王妃と宰相に、同時に視線を向けられる。

「はい。俺の名前は優一で間違いないです」

「そうか。わらわは王妃のミュリスだ。そこにいるのは宰相のロシュグール。他の兵どもの紹介は省くぞ。気になったら、そなた自身で聞くがよい。それで、店はどうするのだ?」

 最低限の自己紹介を終えたあとで、改めてミュリス王妃が聞いてきた。

「そうですね。結婚相談所みたいに堅苦しい感じにはせず、出会いの場を提供するという感じで営業していきたいと思います。その場での飲み食いができるようにもしたいですね」

「なるほど。それならよいかもしれぬな。何より、珍しい。他の国に、このような店はあるまい。なあ、ロシュグール」

 同意を求められた宰相の老齢男性は、またもや恭しく頭を下げて「そのとおりでございます」と返した。

「では、ユーイチに王都リグシュで店を開く許可をやろう。身分も、特別にわらわが保証しよう。感謝するがよい」

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