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「フム……そなたが、わらわに面会したいと申した者か。なるほど。門衛が申しておったとおり、奇妙ないでたちをしておるわ」

 音を立てて開いた大きな門を、二人の門番に見守られながら通過し、顔を出した他の兵士に案内されたのが二階にある謁見の間だった。室内は豪華絢爛で、珍しい模様の置物などで飾り付けられている。綺麗なドレスを身に纏った女性が腰を下ろしている椅子の隣には、もうひとつの豪華な椅子がある。恐らくは、そちらが国王の玉座になるのだろう。

 年齢は三十代前半といったところで、白よりもやや銀に近いロングドレスに身を包む。どのような生地を使用してるのかは知りようもないが、触らなくても柔らかさとほどよい弾力が伝わってきそうだ。手足はすらりと長く、胸元はしっかり隠されているが、どうにも双乳のボリュームを抑えきれていない。魅力がたっぷり詰まった腰回りからは妖艶なフェロモンが放たれてるようで、たまらず優一は生唾を飲み込む。きっと隣にドリューがいなければ、いつまでもボーっと立ち尽くしてしまっていただろう。

「先日もお会いしたばかりですが、また舞い戻ってまいりました。今回は知人を連れてきました。名を知られていない東の島国出身者です」

 ドリューの言葉に、美貌の王妃が「ほう」と興味ありげな反応を示す。頬に流れた艶やかな黒髪を指でいじりながら、ちらりと優一を見る。

「ドリューの言葉は本当か?」

「は、はい、本当です。閉鎖的な国なので、あまり人が入ってこないのです」

 慌てて答える。珍しもの好きな王妃に気に入られなければ、当面の生活費を捻出できなくなる。いくら人がいいとはいえ、商人のドリューも最後まで優一の面倒を見てくれるとは思えない。セルフィリズドという新たな世界で生き抜いていくためにも、初めての商談を成功させなければならなかった。

「その言葉が本当であれば、そなたのような服装をしてる人間には、おいそれと出会えぬことになるの」

「そうですね。ほぼ出会えないと思います」

 他にもマンホールに落ちて、この世界にやってきた地球人がいれば話は別だが、何人もいるとは考えにくい。そもそもマンホールの蓋が、異世界と繋がる扉になってること自体がおかしいのだ。優一だって、いまだにこれは夢なのではないかと、心のどこかで思ってるほどだった。

「なるほど。わらわには着られぬかもしれぬが、持ってるだけでも価値はおおいにありそうだの」

 ――食いついてきた。城の門衛だけでなく、ドリューのような商人でさえも珍しもの好きと知ってる王妃なだけに、ここまでの展開はほぼ計算どおりだった。あとは優一が、相手の興味を惹く商品を提示すればいいだけだ。先手を打って披露するのは、職業安定所で使うかもしれないと所持していたボールペンだ。右手に持って高々と掲げ、王妃へ見えるように芯を出し入れする。

「ほう? それはどのようなものなのだ。説明してみせよ」

 不思議そうに王妃が目を細めた。

 すぐに正体がわからなかったということは、この世界に優一が持ってるようなボールペンは流通していない証明になる。隣にいる商人のドリューも、興味津々といった様子で説明を待っている。

「これは、ボールペンです。筆記用具のひとつで、これだけで簡単に文字を書くことが可能です」

「文字を? インクがついてないではないか」玉座に座ったままの王妃が首を傾げた。

「ボールペンの芯という部分に、あらかじめインクが入っているんです。紙さえあれば、証拠をお見せします」

「よかろう。誰か、羊皮紙を持ってまいれ」

 王妃の命令に従い、金髪の好青年が謁見の間に姿を現した。手には早くも、紙みたいなものを持っている。

 王妃が優一を指差し、持っていくように無言で告げた。

「こちらが羊皮紙にございます」

 十代後半と思われる美貌豊かな青年が、恭しく頭を下げて優一に羊皮紙を手渡す。

 緊張気味に受け取った優一は「どうも」とお礼を言ってから、ボールペンで紙に文字を書いた。

 お会いできて光栄です――。漢字も混ぜて書いたのは、ドリューや王妃がきちんと読めるのかを確認するためだ。書き終えた紙を、側で立ったままの好青年に手渡す。服装からして、寵愛されてる使用人という感じだ。この世界の仕組みはよくわからないが、やはり中世ヨーロッパに似た要素も少なからず含まれてるのかもしれない。

 使用人らしき青年から羊皮紙を受け取ったお妃様が、感嘆の声を上げる。インクなしで文字を書かれてるのに、驚いたのだ。

「確かに、きちんと書けているの。最初からそのようなものを見せてくれるとは、わらわもそなたに会えて嬉しいぞ」

 ボールペンをお気に召したらしく、王妃様が上機嫌な様子を見せる。漢字も理解できているみたいなので、どうやら日本語がそのまま通用すると理解してよさそうだ。都合が良すぎるようにしか思えないが、言語が通じなかった場合を考えれば大助かりだった。

「不思議なものよの。魔力はほとんど感じぬというのに、文字が書けるか。フフフ、気に入ったぞ」

 王妃が発した魔力という単語で、この世界――セルフィリズドには魔法なる異質な力があるのを思い出す。謁見の間の左右にある壁へランプみたいなのが多数取り付けられている。夜になれば点灯するのかもしれないが、中に蝋燭は入っていない。となれば火をつけられないので、別の方法を使用することになる。ボールペンに驚く世界に電気があるとは思えないので、魔法を利用する可能性が高い。商人のドリューも城へ入る前に、明かりにも利用すると教えてくれた。優一からすれば、魔法の方がボールペンよりもずっと珍しいくらいだ。

 優一が謁見の間の様子を眺めていると、玉座から王妃が声をかけてきた。

「ボールペン……だったな。そなたの言い値で買い上げてやろう。売る気があるのであれば、服もな」

 この場で脱ぐのでなければ大歓迎だった。セルフィリズドで生きていくにあたって、日本の服は目立つだけだ。下手に注目を集めるよりは、ここで幾らかのお金にした方がいい。そう判断して、王妃の求めに応じる旨を告げた。

「では、服とボールペンはわらわのものだ。他に売りたい品はあるのか?」

 王妃に問いかけられた優一は、腰に手を当てて考えた。他に持ってるものといえばスマホと、両親の葬儀の際に使用したライターが、はいているジーンズのポケットに入っている。元の世界へ戻るつもりがないのであれば、スマホは無用の長物だ。この世界でインターネットができるとは思えないし、いずれ内部のバッテリーもなくなる。充電する方法がない以上、そうなればただのゴミだ。ガラクタ同然となる前に売却してもいいが、間違って誰かと繋がった場合に困る。動かなくなった際に、不良品を売りつけられたと騒がれても面倒だ。相手はこの国でかなりの権力を持つと思われる王妃で、ただのクレーマーとはわけが違う。余計な火種を残さないためにも、スマホは持っておくことに決めた。ライターも、火をつける時に活躍してくれる。

 スマホとライターを売らないのであれば、あとは何があるのか。悩んだ末に、優一は自身の左手首にある腕時計に気づいた。ソーラー充電式でアナログタイプだ。時間がわかればいいので、さほど価格は高くない。しかしこの世界では、極端に珍しい商品になるんじゃないか。そう考えた優一は、外した腕時計を掲げて王妃に見せた。

「ほう。また不可思議な物が出てきたな。それは何というものだ」

「これは時計です」

 優一が答えた瞬間、王妃が驚愕で大きく目を見開いた。

「それが時計だというのか!?」

 あまりの驚きぶりに、腕時計を売り物にしてよかったのかと不安になる。

 使用人に指示して腕時計を取りにこさせるではなく、玉座から立ち上がって王妃が直接こちらまでやってくる。周囲からザワめきが聞こえてきたのは、王妃の身に危険がないか心配してのことだろう。証拠に、今まで姿の見えなかった兵士や、大臣みたいな身なりの老齢男性が続々と謁見の間に出てくる。

 こんなに人がいたのか。驚く優一の手に、軽い衝撃が走った。周りの人たちの様子を見てるうちに、すぐ側に到着した王妃が両手で腕時計を奪い取ったのだ。

「な、何やら数字が書かれておるぞ。まさか……これが時を示すものなのか?」

「はい。一日を十二時間ずつの二十四時間にわけてます。短い針と長い針で、現在時刻を示してるんです」

 腕時計の見方を、王妃へ丁寧に教える。ドリューも気になる様子で、王妃の邪魔にならないよう優一の背後へ回り、背伸びをして腕時計をじっくり眺めようとしている。

 優一が王妃に危害を加えそうにないのがわかると、護衛役らしい兵士たちも安堵した様子で近づいてきた。

「王妃様。玉座にお戻りください」

 声をかけたのは、鎧を纏っていない老齢の男性だ。初見時に大臣みたいだという印象を持ったが、話しぶりや態度から見ても、地位が高そうな人物に間違いなさそうだった。

「ええい、少し黙っておれ。わらわはこの腕時計とやらを見るのに忙しいのだ」

 王妃が声を荒げると、老齢の男性は「申し訳ございません」と頭を深々と下げた。

 周りの制止を求める声ですら効果がないほど、王妃は腕時計に大興奮だった。指でねじなどを触りながら、使い方についての説明も求める。

 逐一、王妃の言葉に応じて説明しながら、腕時計の魅力を伝える。いつの間にか、王妃だけでなく他の人間たちも優一の言葉に聞き入っていた。

「よもやこのような時計が、世界に存在しようとは……素晴らしいっ! わらわはかつてないほど感動しておるぞ」

 そう言ったあとで、王妃がセルフィリズドで主流な時計を見せてくれた。基本部分が砂時計で、横に文字盤がある。魔法道具らしく、一時間が経過すると、砂時計部分が勝手にひっくり返って時間の計測をするらしい。大きさはさほどでもなく、机に置いても邪魔にならない程度だ。

「でも、これくらいの技術があるのなら、文字盤の上に針を置いて、魔法で動かせるようにすればいいのに」

 うっかり、考えていたことを口に出してしまった。今さらマズいと慌てても後の祭り。場にぶちまけてしまった言葉を、なかったことにはできない。不愉快な思いをさせたのではないかと心配になり、そっと王妃やドリューの反応を窺う。

「そ、そのとおりだ! デザインをこれに似せて、魔力で針が動くようにすればいい。そうすれば、今よりずっと便利になる。腕に装着できるものだけでなく、首から下げれるものや、床などに置けるものも作ればいいっ!」

 興奮のあまり目を見開いたドリューが、熱い口調で語り続ける。

「鎧の中に隠しておける大きさにすれば、戦場にも持っていける。これは大人気の商品になるぞ。ハハハ! 今日は最高の日だ。ありがとうよ、ユーイチ!」

 優一の右手を掴んだ両手を、ドリューが嬉しさを表すかのように勢いよく上下させる。

「こうしちゃ、いられない。誰かに先を越される前に、急いで発注しなければ! 悪いな、ユーイチ。俺はここまでだ。おっと、こいつは返そう。それに、お妃様を紹介した報酬も必要ないぞ。それ以上に、有益な情報とアイデアを貰えたからな」

 早口でまくしたてたあと、戸惑う優一を置いて、ドリューは全速力で謁見の間を出て行った。

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