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 あまりにギスギスした雰囲気なので、入る店を間違えたかと思った。左右に首を動かして店内を確認する。見慣れたカーニバルの内装そのままだ。違うのは優一を見るマーガレットの目つきだけだった。

「リディナちゃんだけかと思ったら、ユーイチもいるのね。今日は朝から嫌な気分だわ」

「……え? あ、あの……マーガレットさん?」

 マーガレットは活発で明るい。間違っても他人を差別するような女性ではない。辛辣な言葉をぶつけられたのは、今回が初めてだ。何かの間違いかと思ったが、優一の身に突き刺さる冷たい視線が現実だと無慈悲に通告してくる。

「気安く名前を呼ばないでくれる? 店に来る暇があるなら、ご自慢の恋人と仲良くしてたら?」

 どうやらアイシャが原因で、棘がありまくりの台詞をぶつけられてるみたいだった。

「ど、どうしてそうなるんだよ。それに、アイシャとはもう……終わったんだ」

「ふうん。それで? 目先の愛に生きたんだから、満足でしょ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何でそこまで不機嫌になってるんだよ?」

「何でって……当たり前でしょ! ユーイチが腑抜けてる間、リディナちゃんがどれだけ苦労したと思ってるの!?」マーガレットが怒鳴った。

 そこを指摘されると、優一は何も言えなくなる。身勝手な行動のせいで、同居中だったリディナに散々迷惑をかけたのは事実だ。助け舟を期待できるはずもないので、素直に頭を下げる。

「その点は申し訳なく思ってるよ。リディナには何回も謝ったし、今日もお詫びのプリンを買いに来たんだ」

 マーガレットが、リディナに本当なのかを確認する。優一の台詞を、まったく信用してないみたいだった。

「一応ね。アタシは心が広いから、許してあげたわ」得意げにリディナが言った。

「さすがはリディナちゃんね。ちょっと胸の大きな女に誘われたからといって、すぐに鼻の下を伸ばすようなドスケベ男とは大違いだわ」

 横目で優一を見てくるマーガレットの視線には、やはり普段の温かさは感じられない。明らかに怒っている。

「た、確かに否定はできないけどさ。どうしてマーガレットがそこまで怒ってるんだよ。それじゃ、まるでやきもちを――ん? もしかして、やきもち――」

「――ち、ちち違うわよっ! どうして私がそんな……! ユーイチが誰と付き合おうとも、一切関係ないわ!」

 冗談半分で言ったつもりなのだが、予想以上にマーガレットが動揺を見せた。

「怒るといえば、リディナもそうだよな。ということは、二人揃って俺を――」

「バカじゃないの!? ふざけんじゃないわよっ! アンタ、もうここから出てけっ!」

 地雷を踏んでしまったらしく、優一はリディナによってカーニバルを蹴り出されてしまった。

 本当に嫉妬してたとは思わないが、怒ってもらえるだけマシかもしれない。何の興味もないとばかりに、無視される方がずっと辛い。日本でニート生活をして、嫌というほど味わってきた。当時に比べれば、現在の環境は素晴らしいくらいだった。

 店を追い出された優一は王城へ向かった。王妃に盗賊団のアジトの場所を報告するためだ。ひととおりの情報を提供したあと、街に戻ってとぼとぼとひとりで帰宅する。丁度、今日は休業日だった。店を開く必要がないので、ゆっくりと睡眠を取ろう。鍵を開けようとしたところで異変に気付く。昨夜はきちんと鍵をかけて家を出たはずなのに、開錠されているのだ。しかも、中に誰かがいる気配もする。

 もしかして、バラドーとかだろうか。緊張しながらもドアに指をかける。抵抗なく開いたドアの隙間から、そっと中の様子を確認する。どうやら、カウンター席に誰かが座ってるようだ。

「アンタ、自分の店の前で何してんのよ」

「えっ!? リ、リディナ!?」

 振り返ると、いつの間にかリディナが背後に立っていた。当たり前だが魔族の姿ではなく、人間に変身中だ。

「鍵ならアタシが開けておいたから、さっさと中に入りなさいよ」

 優一が王妃に報告してる間に、リディナが先に帰宅していたらしかった。考えてみれば、これが一番有力な展開だった。アイシャに騙されたせいで、物騒な考えが先にくるようになってしまってるのかもしれない。

「そ、そうか。ありがとう。で、でも……中に、俺たち以外の誰かがいるみたいなんだけど」

「ああ。サリーが来てるわよ。アンタがものの見事に騙されて、店を疎かにしてる最中、アタシを手伝ってくれたの」

 そうなのかと言いつつ、優一の背中に冷たい汗が流れる。カーニバルで、マーガレットにされたみたいな対応を想像してしまったからだ。

 恐る恐るドアを開けて、自分の店の中に入る。リディナの言ったとおり、カウンター席にひとりで座っていたのはサリーだった。

「おはようございます。今朝は珍しく、ユーイチさんも一緒なんですね」

 にっこりと笑ってくれてはいるが、どことなく言葉に棘がある。

「え、あ……いや……ははは……」

「今回は大変でしたね。理由はついさっき、リディナちゃんから聞きました」

 笑って誤魔化そうとしたところで、サリーが言った。急に目つきを厳しくするでもなく、普段と変わらない笑顔のままだ。

「怒っている人もいるみたいですが、私は仕方ないと思います。普段から女性に人気のなさそうなユーイチさんですから、優しくされればすぐにころっといくのは当然です」

「ま、まあ……確かにモテないけど……さすがにそこまでころっとは……」

「あら、ユーイチさんたら、ころっといってましたよね?」

「……はい」

 有無を言わせぬ雰囲気に飲み込まれ、優一は素直に頷くしかなくなった。そこからサリーの説教タイムが開始される。定休日の店内で、時には辛辣な台詞も浴びる。とほほと思ったところで、悪いのは自分自身。できるのは、反省することだけだった。

「それにしても、皆からここまで怒られると思わなかったよ。意外と嫉妬深いのかな」

 お説教も同然の時間が終わったところで、なんとなしに優一は言った。

「アンタ、まだ言ってんの? そんなだから、人間の女盗賊なんかにあっさり騙されるのよ」

「……ですね。ごめんなさい」

 呆れるリディナへ優一は軽く頭を下げた。先ほどまでは床に直接座らされていたが、今は椅子の使用を許可されている。ようやく膝の痛みから解放されたばかりだ。

 また怒られるのはごめんなので即座に謝罪した。本当に反省してんのと言いたげなリディナに、もちろんだよとばかりに何度も頷く。無言でのやりとりを見ていたサリーが、クスっとした。

「なんやかんやで、リディナちゃんとユーイチさんは息がぴったりですね。嫉妬もあるかもしれませんが、それ以上に、皆さんがユーイチさんを心配していたんですよ」

「そ、そうなんだ……」

 視線を向けた優一に、サリーが「はい」と首を上下に振る。

「普通の人ならすぐに騙されてると気づきそうな誘いに、疑いもせず応じ続けていたのですから、心配になって当然です」

「はは……そうだよね。普通の人なら……気づいてたよね……」

 女性から誘われて舞い上がっていたのは間違いない。日本ではチャンスすら得られなかった。異世界で、もしかしたらの展開となっただけに焦ったのもある。周囲の目には、見境がないと映っていたかもしれない。

「次は気をつけるよ。サリーさんも、リディナも……心配をかけて、ごめんな」

「ちょ、ちょっと、アタシを勝手に含めないでよ! 心配なんてしてなかったんだから!」

「ウフフ。ユーイチさんが外へ出るたび、私やバラドーさんに店を任せて、こっそり尾行してましたけどね」

 明かされた衝撃の事実に、優一よりもリディナが慌てる。「ちょっと、サリー!?」

「照れなくてもいいでしょう。リディナさんとユーイチさんは、家族なんだなと思って少し微笑ましかったです。だからこそ、あまりに身勝手な行動に腹が立ちました」

「そのとおりだね。これからは、かけがえのない家族として、リディナをもっと大事にするよ」

 心の中にあった気持ちを、素直に吐き出した。リディナは、この世界での妹みたいな存在だ。本当は魔族でユーイチよりもずっと年上だが、定着した認識は簡単に覆そうもない。

 リディナにも直接伝えようかと思ってそちらを見る。何故か彼女は、いつかみたいに「ふおおっ」と変な叫びを連発してる最中だった。

「か、かか家族って……ア、アアアンタ……な、何、言って……ふおおっ!」

「変な奴だな。俺たちはもう、立派な家族だろ。そうじゃないと、俺が寂しすぎる」

「ふおおーっ! ス、ストレートすぎでしょ……! そ、そそそこまで言うなら、仕方ないわ。う、受け入れてあげるわよ。アタシに感謝しなさい」

「ああ、ありがとう。これからもよろしくな」

「う、うん……よ、よろしく……」

 話が円満にまとまったところで、サリーが拍手をしてくれた。同時に、背後でドアの開く音がした。

「ア、アンタたち、何なのっ! 今日は休みよ」

 現れた二人の人間に、リディナが声をかけた。両手にトレイを持って店の中へやってきたのは、マーガレットとバラドーだった。

「ユーイチ殿が振られたらしいじゃないか。何をしてくれてるんだ! せっかくリディナちゃんとお近づきになれるチャンスだったのに!」言ったのはバラドーだ。

「まだ狙っていたのか。いい加減に諦めろよ。リディナは俺の大事な家族なんだからさ」

「ふ、ふお……! ア、アンタって、意外と独占欲が強いのね。で、でも、そういうのも意外と、あれで……」

「ん? 何か言ったか、リディナ」

「な、何でもないわよっ!」

 どうしてかは不明だが、顔を真っ赤にしたリディナに背中を蹴られた。本気ではなく、軽いスキンシップレベルなので痛くはない。

 優一とリディナのやりとりを笑いながら、マーガレットもカウンターのところまでやってくる。

「バラドーさんの目的はどうでもいいけど、私は傷心のユーイチをお祝いしにきてあげたのよ。ほら、リディナちゃんのための特製プリンもあるのよ」

 そう言ってマーガレットが披露したのは、通常の倍はありそうなサイズのプリンだった。優一たちが驚く中で、大好物のリディナが誰よりも歓喜する。

「お祝いでも何でもいいから、早く食べるわよっ!」

 早くも食べる体勢になるリディナ。我慢なんてさせたら、もの凄い勢いで涎を垂らしそうだ。振られたというか、騙されていたのをお祝いされるのも複雑だが、それだけ皆が心配してくれていたのだとポジティブに受け止める。自然とそう思えたのも、マーガレットやサリーに、本気で説教をしてもらえたからかもしれない。

「じゃあ、皆で食べるか。バラドーも料理を運んできてくれたみたいだし」

「それがいい。今日からユーイチ殿も、独り身に戻ったしな。親近感を高めよう」豪快に笑いながら、バラドーが言った。

「おいおい、勝手に仲間にしないでくれ。俺にはリディナがいるんだからな」

「ふおお――っ!」

 もの凄い勢いでプリンを食べ始めたリディナが、優一の発言後に含んでいたものを吹き出した。

「な、何をしてるんだよっ!」

 慌てる優一に、リディナがいまだかつてなく真っ赤な顔を向けてくる。

「アンタのせいでしょうが!」

 マーガレットやバラドーが笑い、サリーが掃除をしてくれる。その後も宴会みたいな騒ぎは続き、解散する頃には夜もだいぶ遅くなっていた。

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