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 この世界ではゼニーとなっているが、大体は優一が持っている円と変わらない。紙幣や硬貨の使い方などについては、戸惑ったりしなくて済みそうだ。とはいえ、まだまだひと安心とはならない。エンズレアでの物価が、どうなってるのかを知らないからだ。

「次は物価について教えてもらえますか。一ゼニーだと、何が買えるんです?」

 手に持っている十円玉以外を入れた財布を、ジーンズの後ろポケットへ戻しながら優一が聞いた。

「一ゼニーだと、パンの小さな切れ端とかアミレの実くらいか」

「アミレの実?」

「独特の酸味が特徴的な、赤い小さな果実だよ。それなら、少量を買えるはずだ」

 名称は聞いた覚えがないものの、野苺みたいなものだろうと勝手に推測できる。それより驚きなのは、こちらの世界にもパンが存在するらしいことだった。

「パンの他に野菜とかあるんですか? 例えばトマトとか」

「あるよ。トマトにキャベツ、あとはレタスとかもだね」

 当たり前のように男が言ったので、頭がこんがらがりそうになる。日本でもおなじみの野菜がある一方で、先ほどのアミレの実みたいな聞き慣れない果実も存在する。やはりここは異世界なのだなと思いつつも、見知った食材もある事実に安堵する。

「お米とかはどうです?」

「オコメ? 何だ、それは。アンタのいたニホンて国の食材か?」

「そうです。どうやら、こちらにはないみたいですね」

 お米の説明を詳しくせず、今度はゼニーを稼ぐ大変さについて質問してみた。

「どこかに雇ってもらえば、一日で百ゼニー程度は稼げると思うぞ」

 男の言葉に頷く。日給一万円の仕事と考えれば、一ゼニーは大体百円くらいの価値になるのかもしれない。あとは実際に、店などで商品の価格を確認すればいい。

 幸いにして日はまだ高く、すぐに夕暮れとはならなさそうな感じだ。近くにあるという街を見物できるだろう。まず間違いなく、当面の活動拠点になるのだから、住むところなどの確保もしなければいけない。

「商売するには、なんとか商会の許可が必要ってありましたけど、働くのにも許可がいるんですかね?」

「いや、基本的にそういうのはないよ。国が運営してるようなところでは、身元をはっきりさせるために求められるかもしれないけどね」

「そうなんですか……」

 身分証がないと労働の許可が下りないのなら、この世界の通貨を所持していない優一は数日持たずに飢えるはめになる。

 なんとかしなければと焦りを覚える優一の前に、すっと手が伸びてきた。色々な情報を教えてくれた中年男性の手だ。

「聞きたいことがなくなったのなら、それを貰っていいか? 約束だったよな」

「え? ああ……そうでしたね。構いませんよ」

 十円玉なら、他にも何枚か持っているので、一枚程度は別に惜しくない。むしろ異世界と思われるここでは、お金としての価値がないだけに使い道がなかった。

 十円玉を受け取った商人の中年男性は嬉しそうに目を輝かせながら、両手で持った十円玉を様々な角度から見物する。

「これをお妃様に売れば、いい稼ぎになるかもしれないな」

 何気なく呟いた商人に言葉に、優一が反応する。

「お妃様って、この国のですか」

「ああ。すぐ近くに、エンズレアの王都リグシュがあると教えただろ。王城には国王様だけでなく、お妃様もいるんだよ。そのお妃様が、珍しい物に目がない方でね」

 商人の言葉にピンとくる。優一は元々、この世界の住人ではない。衣服から所持品まで、お妃様にとっては珍しい商品となるはずだ。

「あ、あのっ。俺にも、そのお妃様を紹介してもらえませんか?」

「え? アンタに?」

「はい。お礼はしますから」

 本当ならひとりで会いに行って所持品を売ればいいのだが、生憎と優一は身分証ひとつ持っていない。そんな人間が、いきなりお妃様に会えるとは思えなかった。

「そうだな……本来なら断るんだが、アンタの身の上話も聞いてしまったしな。ここで放りだしたら寝覚めが悪い。わかった。特別に口を利いてあげるよ」

「ありがとうございますっ!」

 何度も頭を下げていると、中年男性が握手を求めてきた。どうやら挨拶に関しては、大体が優一の知ってるものと同じみたいだった。

「偶然に出会ったとはいえ、せっかくの縁だ。大切にするとしよう。そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はドリューだ。しがない商人をやっている」

「俺は巻瀬優一です」

「マキ……?」

「ああ、優一で大丈夫ですよ」

 握手に応じた優一の顔を見て、ドリューと名乗った商人がにっこりと笑った。

「ユーイチか、いい名前だ。少しの間だが、よろしくな」


 知り合ったばかりの商人ドリューに連れられて、優一は文明国家らしいエンズレアの王都リグシュにやってきた。都の入口には大きな門があり、そこをくぐると途端に賑やかさが増した。

 大きな道の両隣に、木で作られた屋台が並ぶ。そこでは果物や野菜などが、たくさん売られていた。きちんとした店を購入できないが、商売をしたい人たちはこのように屋台を利用するのだとドリューが教えてくれた。

「スペースを工夫すれば、それなりの数の商品を並べられる。通い客がつけば、それなりの儲けも期待できるしな」

 なるほどと頷きながら、ドリューの背中に隠れるようにして周囲の様子を確認する。建物は石造りが大半で、ところどころに木の家も並ぶ。優一の世界でいうところの、中世の街並みが近いような印象を覚えた。

「通りを真っ直ぐに進むと、王城がある。ほら、もう見えるだろ」

 指差すドリューの先には、見るからに立派な城があった。

 民家の大半が一階か二階建ての中、城だけは三階から四階、さらには屋上までありそうな感じだった。さすがは王族が住む城といったところか。生で城を見るのが初めての優一は、思わず感嘆のため息をあげそうになった。

「城を見るのは初めてか?」

 いつの間にか、ドリューがこちらを振り返っていた。呆然とする優一が珍しかったらしく、口元で小さな笑みを作る。

「そ、そうですね。俺がいた国には、こういう城はなかったので……」

 誕生国は日本なので、城といえば戦国時代のを思い浮かべる。異世界とはいえ、日本語が公用語の中世ヨーロッパにでも来たと思えばいいのかもしれない。

「なら、城の中に入れば、もっと驚くぞ。文明が発達してる国らしく、魔法道具が数多くあるからな」

 ――魔法道具。その名称を聞いた瞬間に、優一はほらきたと思った。異世界ときたら魔法が続いてもおかしくないからだ。学校で学んだ中世ヨーロッパには、魔法など存在してなかった。頭を抱えたくなるというよりかは、苦笑してしまいそうだった。

 こうなると、武器や防具の店もあるだろうし、魔物についても考えておかなければ。あとは盗賊や山賊なども、当然のようにいるんだよな。怯える気持ちはもちろんあるが、それよりも異世界へ来た実感が勝った。もしかしたら優一自身が、事の重大さをまだ把握できていないのかもしれない。だがビクビクして暮らすよりは、少しでも楽しんだ方が得だ。何せ、元の世界へ戻れる保証はどこにもない。ドリューと一緒にリグシュへ入る前に考えていたとおり、こちらの世界でひとり自由気ままに暮らすのも悪くはない。もちろん、可能ならばの話だが。

「魔法か。実は、俺が住んでいた国には、そういうのがなかったんです。どんな種類の魔法があるのか、よかったら少し教えてくれませんか」

「構わないが、俺は魔導士じゃないから詳しくは知らないぞ。まずは火や明かりをつける魔法だな。わりと有名だが、そういった魔法でも資質のある人間しか使えない」

「となると、やっぱり魔導士教会とかあるんですか?」

「よく知ってるな。そのとおりだ。魔導士教会で検査料を支払えば、誰でも魔法を使える素質があるかどうか調べてもらえるぞ」

 漫画みたいな展開ど真ん中の回答をしてくれたドリューに、優一は調べてもらったのかを尋ねてみた。

「俺か? もちろん調べたが、駄目だった。半分くらいは多かれ少なかれ持ってるらしいんだがな。残念だよ。魔法が使えれば、儲けになりそうだったのにな」

 商人らしい残念がり方で、ドリューがハハハと笑った。

 機会があれば、自分も調べてもらおうと優一は決めた。異世界へ迷い込むようなアニメであれば、大体は主人公が特殊な能力を得ているパターンが多い。男性が喜ぶハーレム展開も期待できる。そんなに上手くいくはずがないと思いつつも、期待せずにはいられなかった。

 あれこれと、会話をしながら歩き続ける。遠目から見ても巨大だった立派な王城が近づく。活気溢れる街中を通過して、門の前に立つ。そこには二名の門番がいた。頑丈そうな鎧に身を包み、手には鋭そうな槍を持っている。頭全体が隠れる兜のせいでどんな顔なのかはわからないが、雰囲気や動作から男性のように思える。

「お前は商人のドリューか。先日、お妃様への商売を終えたのではなかったのか?」

 門の両隣に立つ門番のひとりが、威圧感たっぷりにドリューへ声をかけた。男の野太い声だ。

 恭しく頷いたドリューは、すぐに人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「そうなのですが、懐かしい友人と先ほど再会しましてね。頼まれて、お妃様を紹介させてもらうことにしたんですよ」

「王妃様をか? フム……お前の後ろに男だな。珍しい服装をしているな。どこから来たのだ?」

「あ、ええと……」

 いきなり質問されて、しどろもどろになる優一に代わって、ドリューが門番の兵士らしき男に事情を説明してくれる。

「この男、知る人間すら滅多にいない、東の島国出身なのですよ。外の人間と関わらない方針なのですが、特別に出国を許されたのです。祖国へ二度と足を踏み入れない。祖国への道順を誰にも教えないという条件付きでね」

 さすがは商人というべきか、打ち合わせもしてないのに、ドリューはすらすらと門番を納得させられるような理由を口にした。

「間違いないか?」

「は、はいっ。ドリューの説明に嘘はないです」

 門番に確認された優一は、内心でビクビクしながら何度も首を上下させた。別にコミュ障というわけではないのだが、威圧感のある人間とやりとりするのは苦手だった。しかも相手は門番をしてるだけあって、優一やドリューとは比べものにならないほどの大男なのだ。

「すみませんね。国の外の人間と話すのにまだ慣れてないもので、どうにもこの調子なのです。それに、まだロイメール商会から商売の許可を貰ってない一般人ですからね。俺がこうして橋渡しを頼まれたわけです」

「なるほどな。大っぴらに商売をするのでなければ、個人売買の域を出ないから、問題はないだろう。最近は噂を聞きつけた連中も、珍しい商品を売りに王城を訪れるくらいだ」

 顔全体を覆う兜の中で、対応してくれている門番の男が小さくため息をついた。優一みたいな訪問者の相手ばかりで、うんざりしてる様子がわかる。

「ドリューの紹介であれば、厳しいチェックは必要ないだろう。すぐに王妃様へお伝えするから、少しだけ待っていろ。そこの男の身なりを見る限り、まず王妃様への謁見は叶うだろうがな」

 顔は見えないが、ニヤリと門番が笑ったような気がした。

 珍しい服装をしてるという優一を追い返すどころか、ドリューの紹介だけで城内へ簡単に入れてくれそうだった。お妃様は、よほど好奇心旺盛な女性なのだろう。不安と緊張、それに興奮を携えながら、優一はドリューと一緒に王城の門が開くのを待った。

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