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カーニバルに用意してもらった昼食をバイキング形式で食べながら、楽しく会話を弾ませる。
そんな展開になるはずだったのが、不用意なファーシルのひと言で先行きが怪しくなった。
どうして、そんなに強いんですか? 助けられた女性のひとりが発した、何気ない質問からすべてが始まった。
あれだけ身分を隠しておいてくれと優一が注意したのも忘れ、数多くの人間女性に囲まれて上機嫌のファーシルは悩むそぶりも見せずに言い放ったのだ。
ワシが魔王だからだ、と。
最初は気のきいた冗談と思っていた周囲も、ファーシルの目があまりにも本気なので、もしやと思う女性がちらほらでてきた。
ここで「実は嘘だ」と笑い飛ばせれば何の問題もなかった。実際に優一であれば、間違いなくそうしていた。しかし子供みたいな一面を持つ魔王は、信じさせようと尽力した。真の姿を見せるまではいかなかったものの、人間では到底真似できないような腕力を披露したりなどだ。
結果、恐れる女性も現れ、適度な距離を保つようになった。心底怖がるまではいかなくとも、本気で付き合うのは危険だと考える女性が大半どころかほぼ全員に見えた。
慌ててフォローに入ろうとした優一だったが、隣で膨れ上がる殺気によって実行できなかった。
「魔王様直々にお相手をしてくださってるというのに、人間の牝どもの態度は何なの!? こうなったら、アタシが――」
「ま、待てっ! 待つんだ、リディナ。今、お前が出て行ったら、前回と同じ結果になるだけだぞ。また怒られたいのか」
二度目の失敗は許されないという意識があるのか、怒りで顔を真っ赤にしながらも、なんとかリディナは乱入を思い止まってくれた。
あとは魔王の方をなんとかすればとパーティーの状況を確認する。女性たちの笑顔はすべて愛想を含んだものに変わっており、積極的に絡んだりする者もいない。不愉快な思いをさせないよう、自慢げに続くファーシルの話を聞き続けるだけだった。
利用した体験がなくとも、大体の予想はできる。地球にあったキャバクラは、多分このような感じなのだろう。
パーティーが終了すると、普通は連絡先の交換となる。だが、魔王ファーシルは最初から交際を望んだ。ただでさえ引き気味だった女性陣が、その提案に喜ぶはずもない。頭を抱えたい優一が見守る中、ひとりまたひとりと遠慮の気持ちを表明していく。
私などでは釣り合わない。もっと素敵な女性が似合います。口々にそのような断り方をしては、魔王ファーシルとの交際を却下する。
「どうしたのだ。このワシが可愛がってやろうと言ってるのだ。喜ぶのが普通であろう!」怒鳴るようにファーシルが言った。
ファーシルが身分を暴露せず、人間の大男を装い続けていれば、彼自身が発した台詞のような展開になっていた可能性が高い。いまだ童貞の優一はおおいに羨ましがり、両手で抱えきれないほどの女性を連れて店をあとにする。夢のような光景が現実になるまで、あと少しのところまで来ていたのだ。すべてを破壊したのは、他ならぬファーシルだった。
この分だと全滅だな。優一がカウンターでため息をついていると、女性のひとりがゆっくりとファーシルの前へ進み出た。
「あの……私でよければ、交際してほしいのですが……」
場にいる誰もが驚く発言をしたのは、パーティーに参加中の女性の中で一二を争うほど美人なサリーだ。優一もかなり好みの女性だった。告白するつもりはなかったが、この時点で失恋が確定した。
問題はそこじゃない。優一は慌ててひとり、首を左右に振った。サリーの言動を、すぐに頭の中でなぞる。彼女はファーシルが魔王だと知った上で、交際を承諾したのだ。
「おお、そうか。貴様の名前は憶えているぞ。確かサリーだったな」
パーティーの最中も自分から熱心には話しかけず、笑顔でファーシルの言葉に相槌を打つケースが多かった。てっきり他の女性と同じ心情なのだろうと思っていたが、どうやら優一の勘違いだったようだ。
「え、ええと……サリーさんはファーシルさんの職業を理解……してるんですよね?」優一が聞いた。
「ええ。もちろんです。本当に魔王なのだとしても、ファーシルさんの優しさを信じたいと思います」
にっこりと笑うサリー。彼女の決断に、店内にいる誰もが拍手を送る。人間でありながら、魔王との交際を望むのは普通の覚悟ではない。権力を欲してるような野心溢れる女性なら話は別だろうが、サリーはそのようなタイプに見えなかった。
「ウム。気に入ったぞ。万事、ワシに任せておけ。フハハ!」
念願の人間女性の恋人を手に入れた魔王ファーシルは、とても嬉しそうだ。本当にこれでよかったのかとも思えるが、相手となるサリーも望んだのだから、仲介役を務める優一にどうこういう権利はない。
とにもかくにも、店を経営する前には想定もしていなかった、魔王という難客に出会いを与える仕事は終了した。これでようやく優一も、枕を高くして眠れるというものだ。
出会いパーティーが終了したのを受けて、晴れて恋人となったファーシルとサリーが、仲良さげに連れ立って店を出る。他の女性客たちは二人を見送ったあと、改めて優一に救出してもらったお礼を告げてから、それぞれの家や宿に戻った。
「ようやく、魔王に人間の恋人ができたな。このまま結婚までいくんだろうか」
一緒にパーティーの後片付けをしているリディナに、優一が声をかけた。
「さあね。魔王様はそのつもりみたいだけど、あくまで人間の意思を尊重するみたいだから。力で脅せばすぐなのに……」
「脅すのを魔王自身が嫌がってるんだから仕方ないだろ。人間側の俺にすれば、平和的な方法にしてもらえて大助かりだけどな」
人間の恋人を求めて、魔王が世界征服なんて笑えない。過去には実行した経験があるらしいが、滅ぼされた国の人々はたまったものじゃなかったはずだ。
「それにしても……今回は、人間を選ぶなんて、とかは言わないんだな」
「言っても無駄だって悟っただけよ。それに、魔王様がどうしても人間の女がいいと言うなら仕方ないでしょ」
両手に持っているほうきで、床をはいていたリディナが一時的に動きを止める。同居して以降、連日に渡って閉店後の作業を手伝わせていたのもあって、掃除関係はだいぶ上手になった。
「人間の女も……サリーだったっけ? 種族の違いを気にしないとか言ってたしね。アタシが反対したところで、どうにもならないわ」
「へえ……リディナもずいぶんと大人になったもんだな」
「……今の発言は聞き捨てならないわね。アンタ……アタシが三百年生きてる魔族だってこと、忘れてない? 何なら、すぐにでも思い出させてあげようか」
リディナの目がにわかに本気になってきたところで、優一は一階に保管しているたまねぎを右手に持った。
「残念だが、リディナの弱点ならお見通しだぞ」
「ちょ――っ! たまねぎをこっちに投げてきたりしないでよ!? 食べると美味しいのに……!」
リディナは決してたまねぎが嫌いなわけじゃない。実際に同居当初から、たまねぎ入りのサラダを美味しそうに食べていた。調理前のたまねぎを近くへ持ってこられると、単純に涙が出て止まらなくなるだけらしい。あまりに酷い有様となるので、眼前に突きつけられるだけで本来の実力が発揮できなくなる。そのせいで、能力的にはずっと劣る盗賊団にも後れを取った。
優一がたまねぎを保管場所へ戻すと、安心したとばかりに大きく息を吐いた。下手したらトラウマになっててもおかしくないのに、相変わらず料理として出されると美味しそうに食べるから不思議だった。
「とにかく、魔王に恋人を紹介できてよかったよ。あ、でも……お前はどうするんだ?」
ファーシルの願いが叶った以上、店を守るために女魔族であるリディナが同居を続ける必要はない。そもそも彼女自身、慕う魔王が人間の女性を恋人に選ぶのをよしとせず、妨害しに街までやってきていたのだ。いわば、達成すべき目標がなくなった状態だった。
「アタシとしては魔族の大陸に戻りたいけど……その……ア、アンタがどうしてもって言うなら、考えてあげないこともないわよ」
何やら遠回しな言い方だが、すぐには帰るつもりがないようにも聞こえた。それならそれで、人手が増えて助かる。あまり難しく考えずに、優一はそうかと頷いた。
魔王に恋人ができてから数日後。女魔族のリディナは、まだ優一の店にいる。いつの間にか看板娘として周囲に認識されており、嘆かわしいことにリディナ目的で店に通う連中もいる。以前に盗賊団の情報を教えてくれたバラドーもそのひとりだ。
「リディナちゃんが運んでくれただけで、オレンジジュースがとても美味しく感じられるなぁ」
予定がなければ朝から来店し、今みたいにご機嫌を取ろうとする。
一方のリディナは、バラドーの顔を見るなり「アンタ、また来たの?」と眉をしかめたりする。好意の欠片もないような感じだが、それでもめげないのだから、ある意味で素晴らしい精神力を持っているとも言える。
いつものようにリディナがバラドーを適当にあしらっていると、店のドアが開いた。いらっしゃいませというのは優一の係で、接客にあまり慣れていないリディナは誰よとばかりにそちらを見るだけだ。
店内にやってきたのは、魔王と恋仲になったサリーだった。経過報告にでも来てくれたのかと思って、優一はカウンターから出て挨拶をする。
「久しぶり……とまではいかないか。とにかく元気そうですね。あれから、どうなりましたか?」
自分の店が仲介役となってるだけに、顧客のその後は経営者として気になる。幸せそうな反応が返ってくるのを期待したが、尋ねられたサリーは申し訳なさそうに俯いた。
「それが……実は、恋人関係を解消させてもらったばかりなんです」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたのは、聞き耳を立てていたリディナだった。
「どういうことよ。アンタ、まお――ふがっ!」
他にも客がいる状況で魔王様と言おうとしたリディナの口を、優一は両手で慌てて塞いだ。
「ここじゃ話しにくいこともあるだろうし、二階へ移動しましょう」
店番をバラドーに任せ、優一はリディナとサリーを連れて二階へ移動する。
本当はリディナに店番を任せるつもりだったのだが、事情を聞かせろとうるさかったのでこういう形になった。
バラドーは店の仕組みもわかっているし、リディナにいいところを見せたいので、大はりきりで引き受けてくれた。彼なら、店の売上にも手をつけるような真似はしないはずだ。
「さて、ここなら他のお客さんに聞かれることもないですよ。それで一体……何があったんですか」
椅子に座らせたサリーに改めて尋ねる。リディナは優一の隣に座って、話を聞かせてもらおうじゃないとばかりに腕組みをしている。
問題となった場面を振り返っているのか、サリーが沈痛な面持ちになる。まさか暴力を振るわれたりでもしたのだろうか。優一が緊張を強めるのと同時に、彼女がゆっくりと事情を説明してくれた。
「実は……魔王の魔王が、魔王だったんです……!」
当人は意を決して発言したみたいだが、聞いている優一には、まったく何のことかわからなかった。




