6
ファーシルとリディナ以外は、疲れた足を引きずるようにして王都リグシュへ戻った。家がある女性はそこへ帰ればいい。一方で、他の土地から連れ去られてきた女性は宿へ泊まる。費用はすべて優一が負担する。捕らえられていた女性たちに所持金があるはずもないし、何より優一の店に会員登録をしてもらえるかもしれないという狙いがあった。
救出した女性たちのとりあえずの行動方針を決めたあと、優一は彼女らを連れて王城へ向かった。面識のある王妃へ事情を説明し、捕縛後に放置してきた盗賊団の連中を捕らえてもらうためだ。
珍しい品を売ってもらえると期待していたのか、報告を受けた王妃はガッカリした様子を見せた。淡々と大臣に後処理を命じていたが、途中で急に瞳を輝かせだした。壊滅させたのが盗賊団だけに、どこぞの珍しいお宝を隠してるかもしれないと思ったみたいだった。上機嫌になって優一をねぎらうと、盗賊団を壊滅させた報奨金も出してくれることになった。
予定外の収入はすべて、助け出した女性たちの旅費などにするつもりだった。だがその前に、是非とも店で開催する出会いパーティーに参加してもらおうと思っていた。
城から出て、全員に事情を説明したあとで店へ案内する。盗賊に捕らわれていたのがトラウマになり、男性を怖がるかとも思ったが、そうした女性はひとりもいなかった。ファーシルだけでなく優一にもそれなりの恩義を感じてくれているらしく、全員が揃って店の会員になってくれた。
店で待っていたファーシルは早速の大人気で、面白くなさそうにするリディナの横でご満悦だった。優一の助言どおりにしただけにもかかわらず、あえて盗賊団の命を奪わなかったことについても言及したりする。女たちも助けてもらった恩があるので、嬉々として自慢話を聞き続ける。
王都リグシュに住居のある女性ならいつでも参加できるが、離れた土地に家がある者はそうもいかない。皆が帰る前に出会いパーティーを開催する旨を告げると、全員が参加を申し出てくれた。前回はリディナのロリっ娘な外見を活かして人集めをした挙句、優一は酷い人間ではないかというよからぬ噂を蔓延させるはめになった。
1回目のパーティーを開催してから、数日後に2回目となるが、今回は余計な悪評を招く心配も不要だ。それどころか、早くも優一が中心になって盗賊団を壊滅させたとの話が広がりつつある。魔王の助力がなければ達成できなかったのもあり、無駄に自慢するつもりはない。こちらが有名になりすぎると、主役となるべきファーシルが拗ねてしまう。リディナとの一件を経て、想像以上に性格が子供っぽいのは理解した。
準備もあるので、出会いパーティーの開催は翌日の正午に決定した。女性たちだけでなく、魔王ファーシルもその日に備えて店をあとにする。残ったのは優一と、引き続き同居を命じられたリディナの二人だけだった。
「盗賊団は壊滅させたのに、どうしてまだこの家にいる必要があるのよっ!」
魔王ファーシルの姿が見えなくなると同時に、リディナが少女の外見のまま腹立たしげに床を踏み鳴らす。
当面の危機は去ったかもしれないが、似たような事態が発生する可能性もあるとファーシルは判断した。人間の女性を紹介してもらうためには、店になくなられては困るのもあって、リディナに同居と店の防衛及び優一個人の護衛を命じたのだ。
「魔王の命令なんだから、仕方ないだろ」
「うるっさいわね! それより! 魔王様には丁寧な言葉遣いで接するくせに、どうしてアタシには生意気なのよっ!」
指摘されてみれば、確かにそのとおりだ。魔王ファーシルほどの実力はないにしても、リディナだって女魔族。たまねぎさえなければ、盗賊団のひとつくらい簡単に壊滅させられる実力を持つ。なのに、同居中の優一はあまり恐ろしさを感じていなかった。それがそのまま、口調に表れてるのかもしれない。
「きっと、ロリっ娘だからじゃないか?」
「またそれなのっ!? 人間に変身後の姿を、自分で好きに決められないんだから、仕方ないでしょ!」
「そういえば……プリン食べるか?」
「食べるーっ!」
満面の笑みを浮かべ、両手を上げて喜ぶリディナを見て優一は呟く。「これが……三百歳の女魔族か」
外見どおりの年齢にしか見えない仕草が多いのも、女魔族リディナを恐怖の対象と思えない一因だろう。とはいえ、毎日を怯えて過ごすよりはずっとマシだ。
「おっと、そういえば俺の分のプリンはなかったな。自分のを食べるか?」
「アタシの? この前、買ったのならもうないわよ」
「……いつの間に、全部食べたんだよ」
優一の記憶が確かであれば、かなりの数のプリンをつい最近に購入したはずだ。管理をリディナに任せていたとはいえ、すべて食べたという告白はなかなかに衝撃的だった。
「じゃあ、プリンはないの!? アンタ、人を喜ばせるだけ喜ばせておいて……」
「今回も指摘するけど、リディナは人じゃないだろ」
「変身中は人間でいいのよっ! それと! プリンの前では、どのような種族だろうと関係ないわ!」
気に入ったどころの話ではなく、もはやプリンに夢中だ。それだけに、食べるかと聞いておいてお預けをしたら優一の命に関わるかもしれない。
「そんなに怒るなよ。明日のパーティーの準備もあるし、これから一緒にカーニバルへ行こうぜ」
「マーガレットの店ね。抱きつかれるのは好きじゃないけど、またプリンを奢ってもらえるかもしれないから、我慢するわ」
嬉しさと悲しさが半分ずつといった顔をしながらも、リディナは優一についてくる。
店を出て、通りを歩く。すでに日は高い。朝食もまだなので、リディナのプリンを買うついでに新しい食料も調達するつもりだった。一階に保管していた食材は、盗賊団に根こそぎ奪われた。その中にたまねぎがあった。
眠い目をこすりながら、欠伸をする。三十歳を過ぎた優一にとって、徹夜はなかなかにキツい。本当なら、すぐにでも横になりたいくらいだった。しかし準備を適当にして、あそこの出会いパーティーは駄目だったと評価されたくない。地球と違う異世界とはいえ、人気の出た商売があれば、真似をする人間も必ず出てくる。そうしたところには、絶対に負けられない。本音はセルフィリズドでもニート生活をしたいが、頼れる者が誰もいない現状では不可能だ。加えてまだ死にたくもないとなれば、経営してる店の売り上げで生計を立てるしかなかった。
「よし、着いた。こんにちはー」
挨拶をしながら、カーニバルのドアを開ける。店内に入ると、お昼近くなのもあって、結構な人数の客がいた。
「あ、ユーイチじゃない! ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
レジを店主の父親に任せて、カウンターに立っていたマーガレットが優一のところへ歩いてくる。
「その前に……今日もリディナちゃんは可愛いわねっ!」
「ふにゃあ! だから、グリグリしないでってば!」
強制的に胸へ顔を埋めさせられ、もの凄い勢いで頭を撫でられる。こんなにも羨ましい歓迎を受けてるというのに、一体リディナは何が不満なのだろうか。疑問に思ったところで、なんとなしに優一は現在のリディナの立場に自分の姿を置き換えてみた。自分自身が子供だとして、マーガレットの父親に抱き寄せられて頭を撫でまくられる。想像してすぐに、とてつもなくおぞましい状況なのは理解できた。
ようやく解放されたリディナを大変だなと労おうとした矢先、マーガレットから声をかけられる。ロリっ娘な外見の女魔族へ抱きつくためにしゃがんでいた状態から、ゆっくりとマーガレットが立ち上がる。正面から向き合う体勢になった彼女の口から発せられたのは、盗賊団と優一に関する噂の真偽についてだった。
「ユーイチが盗賊団を壊滅させたって本当なの!?」
興奮気味に話すマーガレットに、優一は苦笑いを浮かべる。「少しだけ違うんだけど、基本的には合ってるよ」
「え? どういうこと?」
「正確には、俺の同行者が壊滅させたんだよ。この街だと俺の名前の方が知られてるから、勝手にそうなったんじゃないか」
魔王ファーシルの名前が知られていたら、それはそれで困る。魔王が人間の姿に変身して街へやってきたと、大騒ぎになるからだ。
とはいえ事実を捻じ曲げて、自分の手柄にするつもりもない。本音は逆なのだが、下手な真似をして精神が子供に近い魔王を怒らせたくなかった。
「同行者って誰よ。まさかリディナちゃんじゃないし……」
「そうね。アタシはひとりで先に乗り込んでたから、同行者とは呼べないわ」
「ふうん。やっぱりそうだよね。先に乗り込んで――ええっ!?」
驚きで大きく目を見開いたマーガレットが、再びその場にしゃがんだ。目線の高さをリディナに合わせて、瞳を覗き込む。
「何を驚いているの? 前に教えたでしょ。アタシは三百年を生きる魔族で、アンタたち人間とは根本的に違うの」
「そういえば前に言ってたわね。リディナちゃんってば、本当に冗談が上手なんだから。でも、お姉さんをあまりからかっては駄目よ」
「は!? どうしてそうなるわけ!? アンタ、いい加減に現実を認めなさいよっ!」
あくまでも自身が魔族なのを冗談扱いされ、リディナが地団太を踏む。よほど悔しいらしく、再度説明を試みるが、マーガレットに一笑されて終わりだった。
この後の展開として、こちらに話の矛先が向きそうだったので、とりあえず優一は買物へ集中する。
「今日は、このパンが安いな」
「ちょっと、ユーイチ――って、なんでアンタは、のんきに買物をしてんのよっ!」
「なんでって、そもそもの目的は買物だろ。ほら、プリン」
「わーいって、待ちなさいよ。そんなので、アタシが誤魔化されるとでも思ってんの!?」
「じゃあ、いらないのか?」
「いるに決まってるでしょ!」
トタトタとマーガレットから離れたリディナが、優一へ近づいてくるなり、ひったくるようにしてプリンを奪った。
甘い物好きなリディナがひとつで満足するはずもなく、まだ欲しそうにプリンが並んでいる棚をじっと凝視する。おねだりされれば、拒否をせずに買うつもりだが、生憎とプライドの高い女魔族は素直に頼めないでいた。
普段なら、ひとつは買ってあげたんだしと思うところだが、今日は少し事情が違う。先走って捕まってしまったが、一応は優一の身と店を強盗から守ってくれた。報酬ではないが、プリンを多めに買ってあげるくらいは問題がなかった。
「買い占めると他のお客さんに申し訳ないから、五個くらいにしておくか」
そう言って優一は棚からプリンを取って、次々にリディナの小さな手へ持たせた。彼女にとってはまだ少ないかもしれないが、先ほどよりも表情が明るくなったのは確かだ。
リディナと優一の様子をしゃがんだまま見ていたマーガレットが、微笑ましそうに笑う。「二人とも、本当に仲良しね」
「な、仲良しって、またまた何を言ってんのよ! アタシは仕方なく、ユーイチの世話をしてあげてるだけなんだから!」
マーガレットの言葉に反応したリディナが、顔を赤くしてプイとそっぽを向く。仕草だけ見てれば本当に子供らしく、とても三百歳の女魔族とは思えなかった。
「そうよね。ごめんなさい。ウフフ。ユーイチは幸せ者ね」
昨夜から今朝にかけての一件で疲れて眠かったのもあり、優一はマーガレットの言葉を否定せず、曖昧に笑みを浮かべるだけだった。




