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三十代無職男による異世界での起業戦略~男女の出会い紹介店はじめました~  作者: 桐条京介
3章 捕らわれの女魔族と魔王の印象アップ大作戦
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「うわあァァァ! 魔王様に嫌われたァァァ!!」

 お見合いパーティーを終え、カーニバルへ料理に使った入れ物を返したあと、優一はひとり風呂に入り、夕食をとった。嫌がらせをしたのではない。魔王ファーシルに激怒され、抜け殻同然だったリディナが何を言っても無反応だったので、仕方なしに自分のことをしていただけだ。

 それがいきなり、悲鳴にも似た声を上げた。徐々にショックから立ち直ると同時に、事実を再認識してパニックにでも陥ったのあろう。カーニバルから買ってきたパンを頬張りながら、とりあえずは黙って見物してみる。

「ど、ど、どうすればいいの!? 魔王様のお許しを貰えなければ、帰還すらできないなんてっ! こんなの悪夢だわ……」

 泣いて叫んで怒って飛び跳ねる。見てる分には面白いが、さすがに笑えない。とはいえ、自業自得な面もある。さすがに参加者の人気を独り占めにする事態までは予測できなかったが、リディナが場に居続けると騒ぎが起こるのは目に見えていた。だからこそ優一は、ウエイトレスとして雇ったにもかかわらず途中退席を指示したのだ。

「……ほとばりが冷めるのを待てばいいんじゃないか? さすがに魔王だって、いつまでも怒ってるわけじゃないだろ」

 慰めたつもりなのだが、優一の言葉は逆にリディナの怒りを買ってしまった。

「アンタは魔王様の恐ろしさを知らないのよ! 一度恨みに思ったら最後、百年や二百年は口をきいてもくれないわ!」

 話を聞けば聞くほど、優一の中にある魔王の印象から恐ろしさが薄れていく。肉体などの能力はズバ抜けているが、なんというか精神が実に子供っぽい。怒って口をきかなくなるとか、子供かとツッコミを入れたくなる。魔族のリディナは心底怯えてるみたいだが、正直なところ、優一は呆れていた。

「じゃあ、贈り物でもして、ご機嫌をとればいいんじゃないのか?」

 子供っぽい大人に有効なのは、いつの時代もプレゼントだ。ついでにおだててあげれば、機嫌も一気に回復する。近寄りたくないタイプだが、接するのは優一ではなくリディナなので何の問題もない。

 優一の提案に、女魔族は「それよっ!」と大きな声を上げて表情を輝かせた。

「ユーイチのくせに、たまには役に立つじゃない! そうと決まれば、魔王様が何を喜ぶのか考えないと駄目ね。一緒に考えなさいよ。アンタにも責任があるんだから!」

 こちらに責任があるとはまったく思えないのだが、余計な発言をしてへそを曲げられても困る。子供っぽいとはいっても魔王は魔王。怒らせたままでいたら、人間の社会にも何かしら問題が出てくるかもしれない。

「そう言っても、俺が魔王について知ってる情報なんて、人間の女性を嫁にしたがってるということくらいだぞ」

 魔王の好みであれば、知り合ったばかりの優一より、長年配下として接していたリディナの方がよく知っているはずだ。

「そんなのわかってるわよ。でも、アタシが考えつかないのを――って、そうよ! 魔王様が人間の女を好むのなら、人間の国をひとつ滅ぼして貢物にすればいいのよ!」

 名案とばかりにリディナが立ち上がる。すぐにでも実行しに行きそうな雰囲気だったので、優一は慌てて相手の足を掴んで思い直すように懇願する。

「そ、それはさすがに駄目だって!」

「どうしてよ?」

「ま、魔王自身が言ってたんだ。前に人間の国を滅亡させて女を捕えたけど、怯えてばかりで駄目だったって! そもそも力ずくでどうこうする気があるなら、最初から俺の店を訪ねてきたりはしないだろ!」

「じゃあ、どうすればいいのよっ!」

 それもそうねと落ち着きを取り戻してくれればありがたかったが、失った魔王からの信頼を一刻も早く取り戻したい女魔族は、ヒステリックに叫んでは焦るだけだった。

 本気で人間の国へ侵略しかねないリディナをなだめるためには、具体的な有効策を提示する必要がある。一生懸命、優一も頭を働かせる。全力を尽くすが、なかなかいい案は浮かばない。効果的な方法があるとすれば、魔王が気に入るような可愛い人間の娘を紹介することくらいだ。

 案を出すのは簡単だが、魔王が気に入ると知ればリディナは即実行する。可愛いと評判の女性を誘拐し、魔族の住む大陸へ連れて行く程度は簡単にやってのける。外見は可愛らしいロリっ子でも、正体は三百年を生きる女魔族なのだ。

 言い出せずに黙ったままでいると、リディナの苛々が空気に伝染して、どんどん居辛い雰囲気になってくる。なんとか打破したいところだが、考えても考えても平和的な解決方法が見えてこない。そんな時だった。

 一階で物音が発生した。二人揃って押し黙った状態だったので、さほど大きくなくても聞こえてきたのだ。

「何の音だ? もしかして、誰か盗みにでも入ったのか」

 立ち上がって優一が独り言のように呟くと、側にいるリディナが両目をキランと輝かせた。

「盗人ってことは、ボコボコにしていいのよね。ウフフ。この店を守るためだもの、仕方ないわよね」

 とても怖い笑顔を浮かべたリディナが、真っ先に一階へ続く階段を駆け下りる。

 優一も慌てて後を追うが、基本的な身体能力が違う。てっきり人間の姿になっている時は、本来の力を発揮できないと思っていたが、そうではないみたいだった。優一が一階へ到着する頃には、先行していたリディナがすでに盗みに入った連中と店の中で対峙していた。

 盗みに入ったと思われる男には、見覚えがあった。以前にも一度、優一のところへ押し入ろうと画策していた奴だ。その時はバラドーも一緒にいたので、どうにか事なきを得た。てっきり諦めたものと思っていたが、相手の男は強盗の障害となるバラドーがいない隙を執拗に窺っていたのだ。

「以前は変な大男に邪魔をされたが、今は弱そうなお前とガキだけだ。金目のものは、根こそぎ奪わせてもらうぜ!」

 当たり前のように犯行を宣言した男が、仲間に命じて店内を物色する。優一がひとりだけだったならば、連中の目論見は大成功となったはずだ。しかし、タイミングがいいのか悪いのか。この家には今、怒れる女魔族がひとりいた。言わずと知れたリディナだ。

「ユーイチだけならともかく、アタシまでコケにするとはいい度胸だわ。魔王様に人間の街で騒ぎを起こすなと言われてたから遠慮してたけど、この店を守るという事情があるのなら、我慢する必要はないわよね」

 口端を禍々しく歪める様は、まさに魔族そのものだ。得体の知れない不気味さを感じ取ったのか、盗みに入った一味も若干の怯えを見せる。

「な、何だ、このガキは? お、おいっ! 調子に乗りすぎると、ガキだからって容赦しねえぞ!」

 右手に持ったナイフを突きつけながら、一味のひとりが凄みをきかせる。全員が優一より大きく逞しい身体つきなので、通常なら簡単に脅し相手を威嚇できる。けれど奴らが標的としたのは、人間よりも強大な存在である魔族だ。ナイフなどにたいした効果はなく、逆にせせら笑われるだけだった。

「上等じゃない。しっかり狙いなさいよ。アタシはアンタたち人間と違って、のろまじゃないからね!」

 一瞬身体を沈み込ませたあと、リディナが一気に動いた。ナイフを構えていた男の懐へあっという間に入り込み、強烈な肘鉄をお見舞いする。

「ごふっ!」

 マスクをかぶった屈強な男が、たった一撃で白目を剥く。口から泡を吹いてその場に倒れ、ビクビクと痙攣する。

「この姿だと全力は出せないけど、それでも人間ごときに後れをとらないわ。アンタたちを相手に、じっくりたっぷり証明してあげる。恨むなら、アタシがいるこの店を狙った間抜けさにしなさいよね」

 か弱そうな少女の外見でも、本気を出せば人間の大男を圧倒する。自信に満ち溢れるリディナを前に、男たちは戸惑いと混乱を隠せない。

「い、一体、何だってんだ。あんなガキが……!」

 倒された仲間と不敵な笑みを浮かべるリディナを、盗人一味の連中が何度も交互に見る。

 現実が信じられなくとも無理はない。いかに魔法などが当たり前に存在する世界の住人でも、ロリっ娘が実は三百年も生きる女魔族だとは容易に想像できないだろう。

 華奢な外見から繰り出される速くて重い攻撃は、人間にどうにかできる代物ではなさそうだ。この分では、あっという間にリディナの勝利が確定する。柱の陰に隠れるのが精一杯な優一とは大違いだった。

「ちょっと、どうしたのよ。あれだけ大口を叩いたんだから、あっさり降参なんてしないわよね」

 せっかく見つけた憂さ晴らしの相手を逃してたまるものかとばかりに、リディナが盗みに入った連中を挑発する。

 バカにされたと理解した男たちが、唯一マスクから見える両目をつりあげた。

「上等だ、この野郎!」

 次々と怒りに任せて飛びかかるが、感情を爆発させた程度でなんとかなる相手ではなかった。マスクをかぶった男たちの攻撃を難なく受け止め、お返しとばかりに拳や蹴りを放つ。少女の外見に似つかわしくない威力の攻撃が炸裂し、男たちはほぼ一斉に店の壁へ叩きつけられた。

「お、おい。店の備品は、なるべく破壊しないでくれよ」

 戦いには一切参加しようとしない優一の要求に、リディナが面倒臭そうな顔をする。

「いちいち細かいわね。けど、もうほとんど終わったわよ」

 そう言ってリディナが視線を向けたのは、盗人一味の中で唯一マスクで顔を隠してない男だった。

 以前もそうだったが、どうしてこの男だけ素顔を晒しているのだろうか。もしかしたら、目立ちたがり屋なのか。どちらにしてもマスクをしてないおかげで、優一は以前と同じ強盗だと理解することができた。

「ほら。アンタもさくっと床でおねんねさせてあげるから、かかってきなさい」

「ぐ……! き、聞いてないぞ、こんな女がいるなんて……」

 ウエイトレスとして雇ったと周囲に説明したが、用心棒として店に入ってもらったとは言っていない。どうせ、信じてもらえないからだ。おかげで強盗に入った連中も、リディナの外見に騙されたままだった。今回の一件が知れ渡れば、強盗に入ろうとする連中もガクっと減るはずだ。

「おい! お前ら、起きろ。ガキに……しかも女になめられっぱなしでいいのか!」

 男の怒声が目覚まし代わりとなって、倒れていた一味の連中が次々と身体を起こす。その様子を見ていたリディナが、軽い驚きを見せる。

「あまり強くすると殺しちゃうかもしれないって、手加減をしすぎたみたいね。こんなに早く動けるようになるなんて驚きだわ。拍手してあげる」

「ど、どこまでもコケにしやがって。フン。今度こそ、俺たちの恐ろしさを思い知らせてやる!」

 マスクをつけてない男が威勢よく咆え、立ち上がったばかりの連中も身構える。一体どんな攻撃を仕掛けてくるのか。ギャラリーも同然になっている優一まで、緊張で身構えたその時だった。

「見ろ! これが俺たちの最強の技! 逃げるが勝ちだっ!」

 大きく叫んだと思ったら、男たちは脱兎のごとく逃げ出した。素顔を晒してない男の右肩には、家具屋に頼んで作ってもらった金庫が抱えられたままだ。大半の売り上げは二階の自宅部分に隠してある。いわばあれはダミーも同然なのだが、まったくの空というわけでもない。とはいえ、リスクを冒してまで取り戻したいとは思わなかった。優一ひとりなら傷口は浅くて済んだと盗人連中を放置するところだが、ストレス発散の相手を求めているリディナは違った。

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 制止する暇もなく、男たちを追いかけて店を飛び出してしまった。慌てて優一も外へ出るが、その時にはもう盗人一味もリディナの姿も見えなくなっていた。

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