呼び出しです
戴冠式を翌日に控えた朝、私はシアン様の執務室を訪ねた。
王宮に入って約一月。
実はここにくるのは初めてだったりする。
扉の前に立つ兵が私の訪問を告げると、かなりの勢いで扉が開いた。
そこにいたのはシアン様その人で、驚いた顔で私を出迎えてくれた。
「どうしたんだ、ニナ。こんなところまで」
奥にある机をみると、高く積まれた書類の山。
忙しいとは聞いてたけど、ここまで仕事がたまっていたとは!
その机の横にはラウドさんが立ち、シアン様と対照的に冷静な顔でこちらを見ている。
シアン様は私の手を取り、中へと引き入れると窺うように私の顔を見ている。
「ご政務中にお邪魔して申し訳ありません」
「いや、そんなことはいいんだ。ちょうど顔を見たいと思っていたところだ」
シアン様はにっこり笑ってそういうけど。後ろに立つラウドさんの表情が引きつってます、シアン様・・・。 仕事に集中してなかったって、ラウドさんに怒られますよ・・・。
「あ、あの!今日はお忙しいから、お会いできないかと思いまして・・・どうしても聞いていただきたいことがあって参りました!少しお時間をいただけませんか?」
私はなけなしの勇気でお願いをした。
シアン様とラウドさんが視線を交わす。
今度は私が窺うようにちらちら二人の顔を見る。
ラウドさんが、この状況でそれを許してくれるかがネックだ・・・。
立場的には、そりゃ主であるシアン様がえらいんだけど。ここのところ二人の様子を見ていると結構二人の間は遠慮がないんだよねぇ。
ラウドさんは平気でシアン様を怒ったりするし、力技で執務に連行したりするし・・・。
「・・・よろしいんじゃないですか?少しは休憩も必要でしょうし・・・。さしあたって、今日明日中の案件は片付いていますから」
ラウドさんは、眉間を指で揉み解しながら言う。シアン様もその言葉に嬉しそうに私を見る。
「ただし!あくまで、少しですよ!急務はありませんが、仕事が溜まっているのに変わりはありませんからね。一時間ほどしたらまたこちらに伺います」
そう念押ししてラウドさんは執務室を退出していった。
シアン様は私の手を持ち上げて、ちゅっと音を立てて手の甲に口づけを落とした。
私の顔が、ぼんっと音を立てたんじゃないかという勢いで紅く染まる。
「で、かわいいニナはなんの話があるんだい?時間はあまりたくさんはないようだ。早く聞かせてくれ」
いたずらっぽい瞳で、俯けた私の顔を覗き込むシアン様を私はきっと睨んだ。
手を振りほどくと、顔をそむける。こんな顔を見せるのはなんだか癪だもの。
「一緒に来ていただきたいところがあるんです!」
照れ隠しで、ちょっときつい物言いになりながらも、シアン様の手を自分から引いてみる。
シアン様の目が少し驚いたように開かれた気がした。
二人で長い回廊を歩きながら、いろんな話をする。
難しい政治の話はまだよくわからないけれど、今シアン様がどんなことをよろうとしてるのか、とか、どんなことで迷ってるとか。聞くしかできないけど、それでも聞くのは勉強になる。
私は離すタイミングがつかめず、シアン様の手を握ったままだけど、真剣に聞く。
やがて、ついたのは正妃宮の裏庭だった。
「ニナ、ここは・・・」
そこにそびえる大きな木、宝樹。かわいらしい、ま白い花がそこかしこで咲いている。
「最近はもうお登りにならないのですか?」
私は幹に手をついて、からかうつもりで尋ねた。
シアン様も幹に手を置き、二人並んで頭上を見上げる。
葉の隙間から木漏れ日が差してきてなんとも、居心地のいい空気が漂っていた。
「ここに逃げてもな・・・。四年前からつい最近まで、迎えに来てほしい者が留守だったしな」
シアン様が丁寧な手つきで私の髪をすく。
ん?ってことは何?
シアン様、私に迎えに来てほしいがためにここに登ってたってこと?!
・・・なんて人騒がせな!シアン様が姿を消すたびに、女官長から怒られていた近衛兵たちに同情するわ・・・。
軽く脱力しながら樹の幹に頭を寄せる。
そして、この時間が限りあるものだったことを不意に思い出した。
「ちょっとお待ちくださいね。上、見ちゃだめですよ!」
私はそう言い置くと、よいしょっと低い枝に手をかけた。
「ニナ!?」
殿下が驚いた声を出すのに、私は笑いながら答える。
「はしたないけど、お許しください。そんなに上にはいきませんから」
昔、木登りしていた時とは違って着ている服は重たいドレスで、女官服とはちがうから身動きもとりづらいけど、私は何とか花をつけている枝までたどり着いた。
それを一輪手折り、少しだけ身なりを整えてから注意深く降りる。
と、いつかのように途中でシアン様に抱き下ろされた。
「やはり見ているほうが心臓に悪いな」
「そうですか?」
私はどぎまぎしながら、でもなんとか気持ちを落ち着けてシアン様を見つめる。
すっと一度深呼吸をして私は手をシアン様に差し出した。




