「愛」を謳う人
「それはどういうことでしょうか?」
私は全く頭がついていかず、首を傾げた。
「ですから、もしニナ様がご了承してくださるなら、私の夫の家であるハークバーグ伯爵家に、私たち夫婦の養女としてお迎えしたいの」
ベアトリーチェ様はニコニコ言う。
「あの・・・」
「あ、ハークバーグ家はね、トリドの中ではかなり有力な家ですのよ。私は夜会などにはだんな様の意向であまり出席しないので、そんなに実感はありませんけど」
ニコニコ、ニコニコ。
ベアトリーチェ様はまるで私に反論させないように、ニコニコしながら立て板に水の如く話し続ける。
「夫のヒューバートも、見かけは少し怖いけれど、根は優しくて紳士です。ニナ様を養女に、というのもとても乗り気ですの。トリドの我が家も、一度来ていただければきっと気に入って頂けると思いますわ」
「あの!ちょっと待ってください!」
私はなんとかベアトリーチェ様を遮り、シアン様とベアトリーチェ様の顔を交互に見た。
「私などにはもったいないお話なんですが。あの、そもそもなんでそういう話に・・・?」
私の疑問に答えたのはシアン様だった。
「ニナを正妃に迎えるための準備の一環だ」
「殿下はこの四年、王宮の意識改革に努めてましたの。大臣や士官たちも身分の上下問わず登用し、上流貴族だけの特権を廃止したり。強固な身分主義者は、王都から遠のいてもらったりもしましたわね」
うふふ、と笑いながらベアトリーチェ様が言う。
そう言えば、シアン様も前にちょろっと「邪魔者は片付けた」とか言ってた気がする・・・。
聞き流しちゃってたけど、それってそういうことだっの!?
「すべては、ニナ様を正妃として王宮にお迎えするため」
私は、たぶん青い顔でで、シアン様の顔を見上げた。
シアン様は私の髪を指先で弄びながらにこりと笑う。
「ニナの為だけというわけではないぞ。特権意識にまみれた貴族どもというのは、時に国の害になる。汚職も見過ごせるレベルではなくなってたしな」
その説明にほーっと一息つく。
よかった。私一人の為にそんな大がかりなことが行われたとしたら、シアン様の正気を疑うところだ。
思わず肩をつかんで、国の為に働いてください!とか叫ぶとこだった。
「ただ、四年では「掃除」しきれなくてな・・・」
「あまりに急な改革は揺り返しもございますから」
悔しそうなシアン様に、ベアトリーチェ様が慰めるように声をかける。
そして、話を変える合図か、ぱちりと両手を合わせて今度は私に視線をうつす。
「そこで、私、なにかお二人のお手伝いができないか考えましたの!いまだこの国の中枢には「掃除」しきれなかったゴミが残ってますわ。それがニナ様を煩わせることがないように、ハークバーグ家の家名でお守りできないかしらと」
つまり、てっとりばやく私自身を由緒正しい貴族にしちゃえと、そういうことか。
「ハークバーグ卿ヒューバートは現トリド王の甥。その娘ともなれば、あいつらもニナに下手なちょっかいはだせないだろう」
隣国の王の甥の娘。陛下の妹の娘・・・あれ?
「ってことは、私、シアン様の従姉妹になるんですか?」
「そうだな」
うはーっ。とんでもない事態に頭がくらくらしてきた。
でもきっと、王宮に入るんならこの話は受けた方がいい。
武器は多くなくては、自分もリアムも守れない。
「えっと、そのお話を受けた場合、私はトリドに行くことに?」
トリドの伯爵の養女ってことは、やっぱりトリドに住むんだよね?
でもシアン様の朝の説明だと、午後には王宮に向かうって・・・。
「本来なら一度トリドに来ていただいて、ヒューバートやトリド王にも会ってもらいたいところなんですが、殿下の戴冠式までもう日がありませんでしょ?ですから、ニナ様にはこのまま王宮に、第一宮殿に入っていただくことになります」
「・・・はい」
シアン様の指がくるくる都私の髪を巻き取る。
別に会話の邪魔にはならないけど、あんまりずっとやられると髪が傷みそうだなぁ。
「あの、ベアトリーチェ様?その、本当によろしいのですか?私のような者を、身内に入れてしまって・・・」
私はベアトリーチェ様をうかがうように見る。
ハークバーグ家は名門貴族のようだし、縁もゆかりもない私なんかが養女に入って、ベアトリーチェ様のお立場が悪くなったりはしないのだろうか。お話はありがたいけど、それが心配だ。
「ニナ様、前から申し上げようと思ってたのですが」
ベアトリーチェ様はきりっと眉をあげた。
「私のような、とか私なんて、と必要以上にご自分を卑下する言葉はもうおやめなさい。ご自分を卑下することは、すなわち、ニナ様を愛されている殿下も卑下することになります」
ひたりとベアトリーチェ様の目が私を見据える。
思わぬ言葉に、ぱちりと私は目を瞬いた。
「何をもって誇りとするか、それは人それぞれでしょう。地位や身分、財産、何に価値を見出すかは人それぞれです。ですが、愛されるということはそれに値する人間だったということ。それだけの価値が自分にあるということ。すべての人が誇っていいことです」
両手を組み合わせ、ベアトリーチェ様はうっとりと言う。
ええっと・・・。
この状態のベアトリーチェ様に反論なんてできない・・・。変わらないなぁ。ベアトリーチェ様の「愛至上主義」。
「その誇りさえあれば、他人に侮られるいわれはありません!」
「そうですよ、ニナ様!大体ニナ様は自分に自信がなさすぎるんです」
あまりの力説ぶりに戸惑う私にシンシアさんまで、そんなことを言う。
「身分だなんだって仰いますけど、私からしたら「男爵」様だって貴族ですし。それにニナ様ほどかわいらしい方、王都でもそう見かけませんよ。なんで、そんなに自信がないのかわかりません」
人数分のお茶を給仕しながら話すシンシアさん。
「しかし、その自分を分かってないところがニナの可愛いところだしな」
褒められなれていない性で真っ赤になっている私を、シアン様が上機嫌で見下ろしてくる。
指に絡めた髪に唇を寄せるのを、私は頭を振って振りほどく。
そんなわけないんだけど、髪がムズムズする気がする。
「ベアトリーチェ様のご忠告は胸に留めておきます!・・・シアン様、おろしてください」
私の真剣さが伝わったのか、今度はシアン様もすんなりと膝から解放してくれた。
私はソファの前に立つと、ベアトリーチェ様に向けてきっちりとお辞儀をする。
「ベアトリーチェ様、いたらぬ私ですがどうかよろしくお願いします。・・・良い娘になれるように努力します」
ちょっと恥ずかしさを感じつつ改めて挨拶すると、両手をベアトリーチェ様に掴まれる。
びっくりして顔を上げると、感極まった顔をしたベアトリーチェ様がうるんだ瞳で私を見ていた。
「こちらこそ、本当の母と思ってくださいませ!」




