思わぬハードル
「おはよー!かあさま、起きてー!」
あくる朝。私は元気なリアムにたたき起こされた。
「リアム、おひめさまのベッドに寝てるよ!ここ、お城!?」
「・・・おはようリアム。ここはお城じゃないわよ。お城はもっと大きくて豪華よ。それから、お願いだから、もうちょっと寝かせて・・・」
大はしゃぎのリアムのテンションが今の私にはきつい・・・。あのね、リアム。母さまは寝たのさっきなのよ・・・。
あの後、歯止めが利かなくなった殿下に、いいようにされてしまった私の体力はいまだエンプティーだ。もちろん同じ部屋にリアムが寝ていたのだ。最終的に、若干暴力的に最後の一線は止めさせていただいた。
「かあさま、朝だよ!おはようだよー!」
元気な声を聞きつけたのか、殿下が浴室へと続くドアから出てくる。
下は下ばきのみ、上半身はタオルをかけただけで、何も身に着けていない。
「起きたのか、リアム。おはよう」
御入浴されてたのね。
はっ!お仕度手伝わなくちゃ!
長年の宮仕えで身についた習慣で、ぱちりと目が覚める。
「おはよう、とうさま!朝からお風呂入ってたの?」
「あぁ。ちょっと汗をかいたからね」
リアムににこやかに微笑みながらいった後、にやりと私へ意地の悪い笑みを送る。
私はだるい体をベッドから何とか引きはがし、周囲を見回した。
わかりやすい挑発には乗りません。さて、お着替えはどこかしら。
「失礼いたします」
ノックがされて、殿下は入室を許可された。
入ってきたのはシンシアさんだった。
「皆様のお召し物をお持ちしました」
差し出すのは三人分の着換え一式。私はあわててそれを受け取る。
「おはようございます、シンシアさん。お預かりします」
「ではお願いします。お召替えもご自分で?」
「はい。殿下の分もよろしければ私が・・・」
シンシアさんは私が衣類を受け取ると、一礼して出ていった。
別れ方が別れ方だったから、ベアトリーチェ様もだけど、シンシアさんにもあわす顔がない。
自業自得だけど、気まずいなぁ。
「殿下、こちらをよろしいですか?」
私は殿下に服を着せていく。大人に服を着せるのなんて久しぶりだけど、手順は覚えてる。
ふっとみると、リアムが不思議そうに私たちを見ていた。
あまりにじっと見られ、居心地が悪くなってきた。
「・・・どうしたの?リアム」
私は殿下の腰ベルトを結びながら問う。
「あのね、あのね!かあさまは、なんでとうさまを「でんか」っていうの?」
リアムの質問の意図がわからず、私と殿下は思わず顔を見合わせた。
「だってね、ジェーンのかあさまは、とうさまのことをお名前で呼ぶよ?怒ってるときは「あんた」って呼ぶけど」
ジェーンというのは修道院の近くに住み、よく修道院の敷地でリアムと一緒に遊んでいた子だ。
リアムの言葉を聞き殿下がにやりと笑う。
うっ・・・なんか、嫌な予感・・・?
「そうだな。確かにリアムの言うとおり、母様は他人行儀だな」
うんうんと頷きなが、リアムの頭をなでる殿下。
私はそれをじっとりと見やる。
「ニナ、今から俺のことは名前で呼べ」
殿下はにっこり笑ってそう告げた。
「・・・無理です」
ふっと視線をそらし私はにべもなく断った。
「さぁ、殿下のお着替えは終わりました。次はリアム、お着替えよ」
殿下からリアムに向き直り告げる。
ひらひらの服を見せるとリアムは案の定目を輝かせた。
「おひめさまの服だー!!」
「・・・ニナ」
背後から恨めしそうな声が名を呼ぶ。
「きれいねぇ。素敵なお洋服だから、今日は走っちゃだめよ?」
「はーい!!」
「ニナ」
リアムの着換えを手伝いながら、殿下の呼び掛けには気づかないふり。
だって、殿下を名前で呼ぶとか無理だし!!考えただけで・・・あぁ、いたたまれない!
「ニナ」
「・・・なんでしょう、殿下?」
私はにっこりと微笑んで、殿下を見る。
「もしよろしければ、私も着替えに一度下がらせていただきたのですが」
「・・・言い忘れていたが」
「?」
「君はもう女官ではない。私の世話も妻としてするのなら受け入れるが、そうでないのなら断る。そして君は臣下ではなく、俺の妻なのだから、俺たちは対等だ。君だけは俺にへつらう必要はない」
・・・・・・・・がーんっっっ!
文字にすると、そんな感じかしら?衝撃が襲う。
だって、殿下と対等って言われても!王族と対等って言われても!
昨日まで雲の上、までいかなくても、住む世界が違うって思ってた人にそんなこと言われても!
「だから、ニナ。俺のことは名前で呼んでくれ」
殿下はニコニコしながら言う。
・・・つまるところ、それなんですね。
「あの・・・急には無理です。長年お呼びしてきたものですし。急に変えるのはなかなか」
しどろもどろ、なんとか言い逃れようとする。
しかし、殿下も譲らない。
「では、たくさん呼べばいい。数をこなせばなれるのも早いだろう」
「・・・シアン殿下、じゃダメですか?」
「それでは今まで変わらないだろう?」
殿下の目がキラキラと輝いている。これは完ぺきに私で遊んでいるときの目だ。
横を見れば、リアムも同じく目を輝かせて成り行きを見守っている。
「・・・シアン様!これでいいですね!?これ以上はまだ無理です!私は着替えてきますので、少しの間リアムをお願いします!」
私は言い捨てると、着替えをつかみ浴室へと飛び込んだ。




