殿下と私ー過去編ー(7)
その日は殿下の記念すべき十六歳の誕生日だった。
この国では十六歳をもって成人する。そして、今日は殿下の成人を祝うべく大規模な祝賀行事が目白押しなのだ。
陛下や諸大臣への挨拶、国民への顔見せに、夜は盛大なパーティー。
大忙しなはずの主役は、なんということか、この日朝から姿を消していた。
私は今回も女官長に命じられ、正妃宮にお迎えに行く。最初にお迎えにいって以来、すっかりお迎えの担当になってしまった。
今回はいったい何が嫌だったんだろう?
考えながら、いつも殿下が隠れられる樹の下に立った。
ちょうど花の時期で、たくさんの白い花が甘い匂いを放っている。
「殿下、シアン殿下!ニナです!いらっしゃいますね?」
私は確信を持って樹上に呼びかける。
気配はするんだけど。降りてこない気だ。
もうさすがに木登りがゆるされるような年齢じゃないんだけど・・・。押し迫る時間と、鬼気迫る表情の女官長の顔が思い出され、私は意を決して登りだした。
大分登ったところにシアン殿下はいられた。
私はあぶなっかしくもなんとか殿下の横までたどり着く。
「シアン殿下!」
「・・・」
「どうかお戻りください。お支度しないと間に合いません」
そして私は女官長に殺されます。
半ば涙目の私に殿下は溜め息をつく。
「ニナはずるい。そんな顔をされたら言うことをきくしかない」
とはいうものの仏頂面の殿下に私は聞いてみた。せっかくの誕生日。しかも成人式だ。楽しい気持ちで過ごしてほしい。
「殿下、今日は何がお嫌なのですか?」
「・・・夜会」
ぼそりと殿下は呟いた。
「え・・・?」
「夜会は嫌いだ。女たちが押し寄せる。あの香水のきつい匂いに中身のない会話」
殿下は眉根を寄せて愚痴を言う。
まぁ皆殿下に取り入ろうと必死だもんね。夜会なんて出たことないけど、想像はつく。それは綺麗に着飾って、殿下に押し寄せるんだろう。
「しかもあいつら、俺に許可なくべたべたと触ってきて気持ち悪い!少しきつく止めればすぐ泣くし」
少年らしい潔癖さに、私はぬるい笑みを浮かべた。
とはいえ、もう成人するわけだし、いつまでも「少年」では困る。夜会は避けて通れないし。
うーん、なんとか少しでもプラス思考にもってけないかな。
「失礼します、殿下。お手をよろしいですか?」
私は許可がでる前に殿下のお手を両手でくるんだ。
「どうですか、殿下。私にふれられるのもお嫌ですか?」
「ニナが嫌なことがあるか!」
殿下はきっぱりとおっしゃる。
私はそれに微笑みながら、言葉を続けた。
「今私が殿下にふれてるのは、殿下をお慕いしている気持ちが溢れてしまったからです。そして、殿下が私にふれられてお嫌でないのは、殿下が、私が殿下をお慕いしているのをご存じだからです」
実際はそこに信頼関係とかもろもろの感情がついてくると思うけど。
言った者勝ち!強く言えば、そんなもんかなってだまされるかも?
全く持って無理矢理な理論を、力強く展開する。
「他のご令嬢方も私と同じです。皆さま、殿下と親しくなりたくて、その気持ちが押さえられないのですよ。私と同じと思えば、お許しいただけませんか?」
要は、女性に対する苦手意識をとりのぞければいいんだよね。
ふれてくるご令嬢、皆女官みたいなもんだと思ったら、女官に世話され慣れてる殿下だもの。大丈夫になるんじゃないかな・・・?
殿下はじっと結ばれた手を見ていたが、やがて力を抜いて笑みを浮かべられた。
「降参だ。やはりニナにはかなわない。おりよう」
そう言うと殿下はスルスルと樹を降り始めた。
殿下が無事地面についたのを見て、私もおり始める。
後少しで到着という時、ふわりと腰がひかれる。私は樹の幹からはがされ、殿下の腕の中にいた。
小柄な私とはいえ、大人一人を腕に座らせられるなんて。
あぁ本当に大きくなられた。いつの間にこんなに逞しくなられたんだろう。
ドキリと高鳴る胸。
あれ・・・?なんだ、これ・・・?
静まれ心臓。女官が皇太子殿下にときめいて、どうするというの。
それに、これは、あれよ。
今まで弟のように可愛がってた子が、急に大人になってしまったようで、そのギャップが落ち着かない気持ちにさせてる、みたいな。
うん、そうだ。
自分の気持ちの持ってきどころがわかると、騒がしかった心臓もやっと落ち着いてきた。
殿下は抱えあげた私を降ろさずに、器用に今まで登っていた樹の花を一つ、つまんだ。
可愛らしい、真白い花。
それを私の耳の上に飾られる。
まだ殿下にお仕えし始めたばかりの頃を思い出す。
よく庭園に咲く花をこんな風に手折られて差し出されたっけ。
懐かしく思い出す。
「ニナがいれば、どんな嫌なことや大変なことも乗り越えられる気がする。ずっと俺の側にいてくれ」
殿下は私の掌に、ご自分の掌を合わせ仰られた。
先ほど、私が手を握ったのを真似たようだ。
殿下が前向きなお気持ちになられたのなら、私も嬉しい。
「はい。私は殿下が、もういらないというまでお側におります」
殿下も嬉しそうに笑うと、重ねた手に柔らかなキスをくださった。




