前門の虎、後門の狼、では横は?(2)
ベアトリーチェ様は相変わらずの美女っぷりでそこに佇んでおられた。
しかし、ベアトリーチェ様の背後に何かどす黒いオーラのようなものが見える気がする。気のせいか?
「ここは通しませんわよ」
ベアトリーチェ様は門をふさぐように仁王立ちしている。しかもベアトリーチェ様の後ろから、シンシアさんまで出てきた。ここは突破できない!
じゃあ、横は!?
裏門に通じる方に視線を走らせると、横にはなんとあのキース・カルバン率いる辺境警備隊がいた。
もうだめだ・・・囲まれてる・・・ 私はリアムを抱えたままがっくりと崩れ落ちた。
その私の肩を後ろから誰かが抱き込む。みなくてもわかる。殿下だ。
「ようやく捕まえた。もう逃がさないよ?」
だから!怖い!怖いっていうかそれ、ちょっと気持ち悪いです、殿下!
喉まで出かかった突込みは、恐ろしくて口に出せなかった。
「で。こちらが殿下のご息女ですの?」
「・・・はい」
いつのまにかそばに来ていたベアトリーチェ様がリアムを指さし尋ねる。
私は観念し、リアムを立たせた。私自身は腰が抜けたのか、立ち上がれない。
「リアム、ご挨拶なさい」
「はあい!リアム・コルビッツです!三歳です!」
お得意の指三本立ての後、スカートをつまみ足を引いてちょこりと頭を下げる。
最近の彼女のブーム、お姫様挨拶だ。
「なんてお可愛らしいの!!」
ベアトリーチェ様はそう言うと、ぎゅっとリアムを抱きしめた。
「おば上、リアムが苦しがっています。離してやってください」
殿下はそういうと、豊満な胸に押しつぶされそうなわが子を抱き上げた。
「・・・おうじさま」
「ん?」
リアムの呟きに殿下が首をかしげる。
「かあさまがいつもお話ししてくれるの。リアムのおとうさまは、おうじさまなのよって」
殿下がこちらを見る。私はいたたまれなくて視線を逸らした。
「髪は太陽みたいにキラキラで、おめめは宝石みたいに青いのよ。それで笑うととっても優しいの!」
得意げに話す娘の口を今すぐ塞ぎたい。
殿下の表情がどんどん晴れやかになっていく。
「あなたがリアムのとうさま?」
「ああ、そうだ」
「お仕事忙しいから会えなかったんでしょ?もう忙しいの終わった?」
「・・・これからもっと忙しくなりそうでね、これ以上リアムや母様と離れているのは耐えられないから、迎えに来たんだよ」
リアムは歓声を上げると、殿下に抱きついた。
こうして二人並ぶと本当によく似ている。私よりよほど親子らしい。
「さて、ニナ。早く帰ろう。早く出ないと日暮れまでにソリッカにつかないぞ」
殿下は私に手を差し出しながら言う。
私はありがたくその手をお借りして立とうとするが、まだ足にうまく力が入らない。
「なんだ。腰が抜けたのか」
殿下はニヤリと意地悪く笑う。誰のせいで!
リアムをベアトリーチェ様に預けた殿下は私を横抱きに持ち上げた。
急に不安定な体制になったため、とっさに殿下の首にしがみつく。
と、殿下が覆い被さってきた。
視界が殿下でいっぱいになったかと思うと、もう口づけられていた。
深い深いキスに、息ができない。
私は必死の思いで殿下の肩を渾身の力で叩いた。
やっと離れた殿下に怒鳴る。
「子供の前でなんてことするんですか!!」
「・・・すまない、つい我慢ができなかった」
ちらりとリアムをみると、目を輝かせこちらをみている。あぁもう・・・
「殿下、ここの方には本当にお世話になったんです。どうか、ご挨拶する時間をいただけませんか?」
私がそう願うと殿下はしばし迷った後、私を修道院長の元まで連れてってくださった。
先ほどのキスでまだ立てないままの私は、殿下に抱っこされたまま頭を下げる。
「院長様、お世話になりました。このご恩は生涯忘れません。本当にありがとうございました」
そして周りでことの成り行きを見守ってたギャラリーにも頭を下げる。
「皆も!今まで私やリアムに親切にしてくれてありがとう!本当に、ありがとう!」
「ありがとう。いんちょうさまもみんなも、だいすきだよー」
リアムも私を真似したのか、ベアトリーチェ様の腕の中から挨拶する。
それに返る声はなかった。
少し寂しく思いながら、だましてたんだからしょうがないと自分を納得させる。
そのまま殿下が乗ってきた馬車に乗せられ、私たちは修道院を後にした。
門を出るとき何か聞こえた気がして窓から窺うと、修道院の皆が追いかけてきてくれてた。
「なにかあったらまた来なさいー!」
「いつでも帰っておいでー!」
「今までありがとう!」
私とリアムの名前を呼ぶ声に混じってそんな言葉が聞こえる。
私は窓から身を乗りだし皆が見えなくなるまで手を振った。
リアムを見ると、リアムも私と一緒に涙をこぼしていた。




