前門の虎、後門の狼、では横は?(1)
新王即位。
その知らせは、王都からだいぶ離れたチレンの村にも異例の速さで届いた。
ちょうどキースに再会した日から三月ほどたった頃だろうか。
再会直後は追っ手に怯え村を出ようかと思ったが、もうすぐ冬が近いことや、厳しい季節の中リアムを連れて旅することや、くるかこないかわからない追っ手のために、居心地のいいこの場所を捨てることがためらわれた。
そして、この頃になるともう追っ手の心配はほとんどしなくなっていた。
きっと殿下だって、一時手を出した女官のことなど、もし耳に入ってももう興味はないでしょう。
「新しい、王様は・・・どなた?」
「そりゃ、もちろん皇太子殿下であらせられたシアン様よ」
行きつけの雑貨屋の女主人は当然というように言う。
「そう、そうですよね。・・・陛下は?まだ退位されるお年には早いのでは?」
「そうだよねぇ。詳しいことはあたしも知らないよ。ただ、来月の紅の日が即位式らしいから、国旗をあげろと村長から知らせが来たんだよ」
来月の紅の日。ちょうと一月後だ。
私は雑貨屋で必要なものを買うと、ふらふらと村はずれにある修道院に向かった。
ついに殿下が王になられる。
一時は一生涯お仕えしようと思った方。
いろいろあったけど、殿下ならきっとよい王になられる。民のための施政をしてくださる。
それを間近で見れないのは少し悔しいけど、一国民として応援していこう。
そんなことを考えながら修道院の門をくぐった。
考え事をしていたので、異変に気づくのに遅れた。
「かあさま!!」
「リアム・・・?」
なぜだか必死な顔で飛びついてきたのは愛娘。顔を上げると、修道院長が真っ青な顔で私を見ている。
そして、その修道院長の前に立つのは・・・
「・・・殿下・・・?」
見間違えるはずがない。
最後に別れた時より成長なさって一回りがっしりされてたり、長かった髪が短くなってたり、全体に男っぽくなってたりと変わったところはあれど、私が間違えるはずはない。シアン皇太子殿下、その人だった。
抱えていた雑貨屋の紙袋が腕から滑り落ち、中身が地面に散らばる。
頭が真っ白で、動けない。
「ずいぶん探したよ、ニナ」
殿下はそう言って嬉しそうに微笑まれた。
ただ!ただ目がちっとも笑ってない!!
一歩、殿下が私たちに近づく。私はリアムを抱き上げ、一歩後ずさった。
「四年、四年間だ。俺がどれだけこの時を待ってたかわかるか?」
じりじりと私は下がり続ける。殿下はゆっくりと近寄り続ける。
「なんで逃げるんだ、ニナ。やっと君を幸せにできる準備が整ったんだ。もういい加減帰ってきてくれ」
だめだ。なんかわかんないけど、怖い!!
四年もたったのに、殿下の瞳の中の色はちっとも変ってない。
あの、私を軟禁してた時のままだ。トラウマが蘇る。
「ニナ、俺も反省している。あの時は君を手に入れた喜びで見境がなくなっていた。君の負担も考えず。悪かったから帰ってきてくれ」
王族が一般人に謝っている。そのありえない光景に修道院の人たちがざわめきだす。
しかも言ってることはあきらかに、付き合いだしのばかな恋人たちの痴話喧嘩みたいな内容だ。
あぁ、もうこの修道院にはいられない・・・。
「かあさまぁ・・・」
腕の中から不安そうなリアムの声がする。
「しっかり捕まってなさい」
私は小声でささやくと、ばっと身をひるがえした。ここからなら修道院の門も近い。
「どこへいらっしゃるの?」
駆け出した先にはあでやかに微笑むベアトリーチェ様がいた。
2013.11.9 誤字修正しました。




