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逃げ出した妃  作者: ひまわり
第一章
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善は急げと習いました

 一夜明け、シンシアさんは朝もやがけぶる中、馬で街を発っていった。

「お気をつけてー!」

 心の中でその後ろ姿に頭を下げる。

 こんなに良くしていただいたのに、だましてごめんなさい。

 私は一緒に見送っていたおばさんに連れられて、家の中に戻った。

「いろいろ、複雑な事情があるようだけど」

 家の中で、温かいお茶を出してくれたおばさんは言った。

「生まれてくる子は、そんな事情関係なく生まれてくるんだ。幸せになるために、あんたの腹に来たんだよ。子どもも自分も大事にしておやり」

 何かただならぬことを察しているけど、それ以上踏み込んでこないおばさんの優しさに頭を下げる。

 本当にそうだ。

 この子は殿下の子であると同時に、私の子なんだから。

 私がしっかりして、幸せにしてあげなくちゃ。

「はい」

 私は力強く頷くと、思わずにじんだ涙を拭った。

 それをごまかすように、明るい声でおばさんに告げる。

「今日は体調もいいので、もう少ししたら散歩に出たいんですけど。いいですか?」

 昨日倒れたということもあって、おばさんは最初いい顔しなかったが、気持ちを整理したいと頼むと最後は許可してくれた。

 一度部屋に戻り昨日買った服に着替え、あまった着替えは持ってきた鞄に無理矢理詰め込み、出立の準備をした。

 シンシアさんの家の時間はもう動き出していた。

 朝一で着いた荷馬車が、馬を外しているのが見える。

 御者の一人がちょうど窓の前を通りかかった。

「お疲れ様です」

 気の良さそうなおじさんは、急にかけられた見知らぬ女からの声にぎょっとして立ち止まった。

「あ、ああ。シンシアさんのお客さんか」

「おはようございます。驚かせてしまってごめんなさい」

 私はできるだけ、警戒されないようにニコニコしながら挨拶する。

「いや、こちらこそすまないね」

「ちょっとお尋ねしたいんですけど。今日はソリッカの街に行きたいんですが、乗合馬車はもう出てます?」

「ソリッカに?」

 私の言葉におじさんは怪訝そうな顔になった。

 ソリッカはこの国で一番大きな港町で、この街から海へ伸びる道はソリッカに続いているのだ。

「ソリッカに親せきがいるんです。めったに会えないから、会いに行こうかなっと」

「乗合馬車なら、どこ行きも正時に合わせて出ているよ。もう始発は出るんじゃないか?」

「あら!始発に間にあいたいな」

「じゃぁ、のんきに話してねぇで。急がないと」

「そうですね!ありがとう!」

 おじさんと笑って会話を終えると、昨晩のうちにしたためておいた手紙を机に置いた。

 ベアトリーチェ様宛のものと、シンシアさん宛のもの。ベアトリーチェ様への手紙には、昨夜買った砂糖菓子もそえておく。

 胸の内で、これからとんでもない不義理を犯すこと何回も詫びながら手紙を撫でる。

 ふと思い立ち、母さまの形見のペンダントも机の上に置く。小さな紙に一言添え、それをペンダントの下にひいた。

 さぁ、時間はない。感傷に浸ってる場合ではないのだ、

 私は荷物をそうっと窓からおろし、自分は玄関に向かった。

「おばさん、ちょっと行ってきますね」

「気を付けるんだよ!」

 おばさんは相変わらず忙しそうに、でもわざわざ玄関まで見送ってくれた。

 心の中で、おばさんにも何度もお礼を言った。

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