感謝の日(1)
「あの時殿下はなんて言ったんだっけ」
目覚めたばかりのぼんやりした頭で考える。
だめだ。
思い出せない。
それにしてもずいぶん懐かしい夢を見た。
あの頃の殿下はまだまだ可愛かったなぁ。
最近の殿下及び殿下の行為を思い出し、深い溜め息をつく。
「おはようございます、ニナ様」
「おはようございます、シンシアさん」
ノックとともに部屋に入ってきたのはベアトリーチェ様のお屋敷で私の世話をしてくれてるシンシアさん。
年はたぶん私と同じぐらいで、でもとてもしっかりしている。同じ女官として見習いたい。
「ご朝食の後ですが、ベアトリーチェ様がお話があるそうです」
「わかりました」
私は今日着る服をシンシアさんから受け取る。
着の身着のままベアトリーチェ様のお屋敷に来た私は、当然着替えも持って来れなかった。
ありがたいことに、ベアトリーチェ様が衣服をそろえてくださって、それをシンシアさんが毎朝持ってきてくれるのだ。
もちろん、殿下じゃあるまいし着替え自体は自分でやる。
ベアトリーチェ様のお屋敷にご厄介になりはじめて、早二週間。部屋に備え付けられた衣装ダンスの中身は日毎に充実してきている。
ちょうどいい、ベアトリーチェ様に今日会ったら、服はもういいとお伝えしよう。
「おはようございます、ベアトリーチェ様」
「おはようございます、ニナ様。今日もお可愛らしいこと」
ベアトリーチェ様は毎回会うといつも私を誉めてくださる。
しかしこんな艶やかな美女に誉めらると、社交辞令とわかっていても居心地が悪い。
「いつもすてきな服をありがとうございます」
「いいえ。ニナ様はかわいらしいから、服も選びがいがありますわ。私には似合わないようなドレスもニナ様にはお似合いになるから」
にこにこおっしゃるベアトリーチェ様。まぁ、ご自分とはタイプがぜんぜん違うから人形遊びの感覚なのかな。
しかし、そうは言ってもいただきすぎるのも申し訳ない。
「ベアトリーチェ様、お気持ちはもう十分でございます。これ以上いただいても」
「まあ!遠慮なさらないで!」
その後同じような押し問答が続く。
結局、私の服は今あるタンスがいっぱいになるまでということで落ち着いた。
あんまりあったって、着きれなくてもったいないという、あくまで庶民感覚な私。
「ところで、ベアトリーチェ様?なにか私にお話があるとか」
「あぁ、そうなの。預かり物があるのです」
「預かり物?」
なんだろう?まったく心当たりがない。
「ええ。これを第一宮殿の女官長から」
ベアトリーチェ様がシンシアさんに合図を送ると、シンシアさんがお盆に何か重そうな袋を乗せ運んできた。
机の上に置かれたそれを不思議そうに見る。
「これはニナ様の退職金です」
「・・・え!?」
ベアトリーチェ様の言葉が一拍遅れて脳に伝わる。
「陛下にはすでに話を通し、無事ご理解いただけました。ニナ様は先日付けで第一宮殿を辞したことになっています。話が第一宮殿にも届いたようで、昨日、女官長の使いの者がこれを持ってきましたの」
「え・・・でも・・・」
あんな、逃げるように、というか実際逃げ出したんだけど、誰にも挨拶も何もせず出てきたのに。
頭の中にお世話になった女官長の顔が浮かぶ。
「長の勤め、ご苦労でした。体を大事に。幸多きことを。第一宮殿女官長からのご伝言です」
シンシアさんが言う。
王宮にあがってから、厳しい上司であり、また優しい姉のように導いてくれた女官長からの言葉に、つい涙がこぼれた。




