殿下と私ー過去編ー(3)
「殿下がいらっしゃらない?」
私の言葉に女官長はぴくりと眉をあげた。私は半泣きだ。
朝食の後、部屋に戻られた殿下がお茶を欲しがられたので、先輩に教えてもらいながらがんばっていれたお茶をお持ちしたら。
「どのお部屋にも殿下がいらっしゃらないと」
こくこくと私は頷く。
「お茶を煎れるのに時間がかかったから怒ってしまわれたのでしょうか」
べそべそ私が言うと、女官長は鼻で笑い飛ばした。
「そんなわけないでしょう。今日はカルマン先生の授業でしたね。・・・なるほど」
女官長は一人ごちると、私の肩に手をおいた。
「落ち着きなさい、ニナ。殿下はおそらく、正妃宮の裏庭にいます」
「正妃宮?」
「あぁ、まだあなたは行ったことがありませんか」
「はい」
王宮は広すぎて、まだ行ったことのない場所がいっぱいある。
特に来たばかりですぐ殿下付きになった私は、殿下の住む第一宮殿しか知らない。というか、第一宮殿も隅々知ってるかというと、怪しい・・・。
「ではちょうどいいわ。あなたお迎えに行ってらっしゃい」
「えっ!?私がですか?」
「そうです。正妃宮は殿下が幼少の頃、お母上と過ごされた宮。殿下はお小さい頃から嫌なことがあると、その裏庭の木に隠れられるのです。今の正妃様はご生母様ではありませんが、今でもその癖はかわりません」
そう言えば昔聞いたことがある。
数年前、私の母が亡くなった流行病と同じ病で時のご正妃様が亡くなったと。その時は国中が喪に服したのだった。そうか、そうだよね、それって殿下のお母さまのことになるよね。
私は女官長から、正妃宮までの道筋を聞くと、第一宮殿を出た。
長い回廊を歩きながら考える。
嫌なことがあると、と女官長はおっしゃったけど、殿下はいったい何がそんなに嫌だったんだろう?
思い出されるのは今朝の、怖い顔をした殿下。
あの時の話題は・・・
「カルマン先生に何かあるの・・・?」
夢の中、場面は変わって正妃宮の裏庭、大きな木の上に私と殿下は並んで座っていた。
殿下は器用に木の上で膝を抱えている。
私ははしたないけど、スカートをまくって木に登っていた。
「・・・カルマンは嫌いだ」
「殿下・・・」
私は殿下からわけを聞いていた。
まとめると、殿下と同腹の姉姫、シェイラ姫の恋のお話である。シェイラ姫は既に隣国に嫁がれているけど、お国にいる間はカルマン先生と恋仲だったそうだ。
しかし、殿下の話ではカルマン先生は姫に隣国からの縁談がくると、恐れをなしシェイラ姫を捨て留学してしまったのだという。
失意の中、姫は体調を崩し、気弱になられて周囲に薦められるまま隣国へ嫁がれたそうだ。
ご生母様を亡くされていた殿下にとって、シェイラ姫は心の支えであったようだ。
その姉姫を深く傷付けたカルマン先生がどうしても許せないらしい。
「カルマンは臆病者だ。心から愛していたのなら、手を離さず姉さまを連れて逃げればよかったんだ」
いやいやいや。
まだ恋愛なんて縁遠い私ですが、それはなかなか難しいかと、殿下!
「ですが、あの、殿下?やはり、高位貴族でもない方が王族の方と結婚するというのは・・・なかなか難しいかと」
カルマン先生の肩を持つわけではないけど、茨の道って感じがする。それをわかってて突き進む覚悟というのも・・・
わかってても引き返せないのが恋の道なのかもしれないけど。生憎、人生経験が足りなくてそこらへんはわからない。
殿下は膝から顔を上げると私を見つめ、きつく睨んだ。




