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入沢の目撃証言は警察にはおよそ信用されなかった。
それはそうだろう。女子高校生が、ハウスキーパーや大人を殺せるだけの力もなければ、入沢が見たような化け物のような力を持つわけはない。
大方強いショックを受けたのだろう、という警官の認識で、美貴本エリカは飽くまで参考人、ということで探されるに留まった。
ハウスキーパーや美貴本の母の死体と、立て続けに見た彼女の精神は、混乱しているとして、誰もその話を真面目に聞きはしなかった。
しかし、美貴本を殺し、埋めたはずの彼らはそうは言っていられなかった。
失踪した仲間の一人。その部屋は血に塗れていたということを、彼らは知っていた。
彼らのリーダー格の大木とほか数名は、恐怖を抱きながらも、放課後、彼女の死体を埋めたところを見に行こうと話し合っていた。
幽霊やゾンビなど、非科学的なものと、普段なら一笑しただろう。しかし、入沢の様子と、街にあふれる不審死。そして彼ら自身も時折感じる、謎の視線。それらは徐々に彼らの常識を侵食し、精神を追い込んでいた。
彼女が死んだことを確かめない限り、おちおち眠れもしない。大木はそう言い、仲間を引き連れて件の神社へと赴く。
その後ろ姿を、一人の青年が見ていた。彼は灰色の瞳で彼らを見ると、ふと空を見た。
夕闇が迫り、夜の世界が開こうとしていた。
電線の上のカラスが飛び立ち、黄昏の空へと飛び去っていった。
この街にあふれる空気に、青年は眉をひそめた。
異質な空気は、より大きな異物を呼び込む。
青年は、黒いスーツの胸ポケットからマッチと煙草を取り出すと、火をつけて吸い出す。
神社の近くの森。彼女の死体を埋めたはずの場所は、土が隆起し、何かが這い出たようであった。途中、ここに来る間にも、以前はなかった黒ずんだ何かが、階段についていた。まるで、何かが歩いたように。
穴を覗いた大木は、目を見開く。あるべきはずの死体は、そこになかったのだ。
「なあ、あいつ、確かに死んでいたよな?」
大木は隣に立っていた橋本に問う。橋本も恐怖に目を見開きながらもうなずく。
「ああ、息してなかったし、心臓だって動いてなかった・・・・・・・・・・」
「あり得ないよ、あり得ない!」
眼鏡をかけた小山内が、上ずった声で言う。ほかの仲間たちも、皆似たような状態であった。
もしも、もしも彼女が死んでいなかったら?いや、死んでいたのに、蘇っていたら?
そう考えると、彼らの背筋はぞっとした。
死ぬ前の彼女は、唇の肉を喰らった。異常な瞳で、男たちを見ていた。あの目は、きっと、自分たちを殺す目だ。
そう思ったから、彼らは無意識に彼女を殺さなければならないと悟り、実行したのだ。
なのに。
「やばいな」
「ああ、殺される・・・・・・・・・・!!」
小山内と数名がそう嘆く。ガチガチと歯を震わせながら。
「馬鹿なことを言うな。仮に死んでいたとしても、もう一度殺して埋めてやる」
大木は、内心の動揺を抑えて言った。
「重石でも鎖でもつけて、海に沈めてやる」
「だがよぉ、大木」
「情けない声出すな!郷田!」
大木の剣幕に一瞬震えた郷田は、しかし、すぐに大木を睨み、大木に匹敵する大きな体から野太い声を出して言う。
「もとはと言えば、お前が、入沢さんの望んだことだって!」
「そ、そうだ。なのに、入沢さんからは避けられるし・・・・・・・・・・」
小山内が同調し、大木を責める。
「落ち着けよ!今は、これをどうするかだ」
そう言った橋本を、皆が見る恐怖の前に、彼らはすぐに冷静になる。そうしなければ殺される、と誰もが感じていたのかもしれない。
「警察には言えない。おい、なるべく家からは出るなよ」
そう言い、大木が全員を見渡す。
「何かあったら、すぐに知らせろ、いいな?」
皆は頷いた。責任のなすり合いはひとまずおいて、協力しようということで、その日は解散した。
森の上から、一羽のカラスがそれを見つめていた。
入沢茉莉の周囲からは、人が離れて言った。
学校でも孤立していた。少し前なら考えられないことだった。だが、二度も死体を目にした彼女には、死神がついている、美貴本に狙われている、という噂が付きまとい、人が彼女を避けるようになっていた。
入沢は、親しかったはずの女史を見るが、一様に彼女たちは視線を合わせなかった。
所詮、この程度のものか、と入沢は独り、ため息をつく。
そして、居心地の悪い教室から出ていく。教室にいた生徒は一様にほっとすると、昼食を取り出し、入沢のことを忘れた。
入沢は独り、屋上にいた。本来はいることは禁止なのだが、合鍵があるため、自由に入れた。人目を気にせずにいられる場所は、ここしか思い浮かばなかった。
彼女は思い出す。あの時の、美貴本エリカの瞳を。常軌を逸した瞳。そして、人間離れした身体。
なにより、彼女の身体は死んだ人間のように白かった。
入沢は思い出す。おそらく、最後に彼女にあったのは、大木たちのはずだ、と。
何があったのか、聞き出す必要がある、と入沢は感じていた。
このまま、黙って殺されるわけにはいかない。罪悪感はあるが、まだ、死にたくはなかったから。
入沢は、パンを食べ終わると、そのゴミをスカートのポケットにしまう。
本来なら、今村の作った昼食を食べていたのに、彼女はもう、いない。
彼女が死んで二日が経ったが、いまだに信じられなかった。
これで、本当に一人になってしまった、と入沢は座り込み、膝を抱えた。
家族とは、前々から疎遠だった。家族と言えるはずの今村は死に、あんなにも手に入れたいと思った美貴本は、今では入沢を殺そうとしている。
それも無理ないか、と自嘲し、入沢は立ち上がる。
そろそろ授業が始まるな、と思った彼女は、ふと校庭を見た。校庭では男子たちがサッカーをしていた。
とある男子がゴール目がけてボールを蹴ろうとしたその瞬間。
その男子の右脚は、膝から無くなっていた。
一瞬の出来事に、男子も、周囲の生徒も入沢も気づかなかった。
無くなった男子の足は、見当たらなかった。
そのまま、倒れた男子は、遅れてきた痛みに絶叫した。
教師が慌てて駆けより、救急車を呼ぶ。誰もが呆然と少年を見ていた。
入沢はふと、校庭にある部活動小屋を見た。そこには、奇妙な影が伸びていた。
人間のようなほっそりとした影を。
ゾクリとした入沢は急いで屋上を後にして、自身の教室へと走り出した。
男子の失われた右脚は、ついに見つかることはなかった。