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入沢は一人、朝食をとっていた。

広い机、四つの椅子のうちの一つに彼女は座っていた。学校の制服を着こみ、姿勢正しく用意された朝食を食べる。テレビの音と、箸の音だけが響く。

また、一人か。そう思い、彼女はうっすらと隈ができた目で、空席を見る。

父親はまた愛人のところで、母もそれをいいことに若い男のところ。兄は兄で、やはり遊んでいるのだろう。

家にいるのは、父が雇ったハウスキーパー。若いころには、やはり父の愛人だったらしいが、彼女は入沢茉莉を可愛がってくれたため、母の代わりと言っても過言ではない。

それに彼女は愛人と言っても被害者。それを入沢もよくわかっていた。

散り散りの家族よりも、彼女の方が家族、と言える存在であった。

彼女の作ってくれた朝食を食べながら、彼女はテレビの発する声をなんとなく聞く。

『昨晩から連絡の取れない・・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・警察は、野犬の仕業と』

『女子トイレから出てきた死体の身元は・・・・・・・・・・・・・』

『死因はいまだ不明』

朝から、不吉なニュースばかりだった。

最近、妙に事件や行方不明の話を聞く。いつからだろう。こうなったのは。

入沢が死体を見つけたあの日、いや、それよりも前から、異常は始まっていた。

身体が震えた。何となく、それが始まったのは、美貴本の失踪と関係がある、と感じたからだ。

結局、彼女はいまだ見つかっていない。死んだのか、生きているのかも不明であった。

彼女の顔を思い浮かべると、罪悪感が募ってくる。なぜ、あんなことをしたのだろう、そんな後悔が浮かんでは消えた。

私も所詮、この家の人間ってことなのかな、と彼女は天上を仰ぎ見た。

そんな時、急に、何か音がした。ごとり、と何か落ちる音だった。

「今の、何?」

ハウスキーパーの今村も、その音を聞いたらしく、廊下を走っている。

音がしたのは、入沢のいる居間のちょうど外からだ。

窓から身を乗り出して、私は庭を見た。

黒い何かが、落ちていた。血のようなものが見えた。

大きさ的に動物か、何かだろう、と思った私だったが、すぐにそれが違うことに気づいた。

黒い毛のようなものは、人の髪の毛であった。

小さいように見えたのは、それが人の頭部だったからだ。

ごろり、と黒いそれが動き、それは私を見た。

虚ろな右目。左半分の顔は無残に壊れ、目がなかった。首から下を無理やりに千切ったのか、背骨が見える。

私は絶叫し、食べたばかりのものを吐き出した。今村がそんな入沢を見て、なだめるが、彼女も顔を蒼くして、警察へと連絡した。



その後、入沢は学校を休んだ。そして、事情を聴かれた。

だが、急にそれは落ちてきた、としか言えない。

カラスか何かが死体を見つけて持ってきた、などとは思えないし、ほかの動物にしてもそうだ。

だからと言って人間の仕業とも思えない。

警察の人間もほとほと困ったように言った。

「最近不審死が多くてたまりませんよ、入沢の御嬢さんも気を付けてくださいね」

巷では、食人鬼やシリアルキラー、がこのへんにいる、とささやかれ始めていた。

不審死はこれで七件にもわたるという。いずれの被害者にも接点らしい接点は見受けられないという。

今朝方、入沢家で見つかった首の主は、とある大学の一年生で地元にたまたま帰ってきていたらしい。

首から下は、未だ見つかっていない。


震える入沢を、つきっきりで今村は面倒を見ていた。彼女自身も深く動揺していたが、仕事に対する誇りが彼女を冷静にさせた。

彼女は入沢のために、食事を作り、彼女の部屋へ持っていこうと廊下を歩いていた。

そんな時、どこからか、風の音が聞こえた。音の感じから、どこかの窓が開いているのだと、彼女は知った。

おかしいな、窓は開けていないのに。そう思い、盆に載せた食事を、近くの部屋の机に置いて彼女は様子を見に行く。

廊下を少し戻り、窓があいているのを見つけ、彼女はすぐに閉めた。

その時、窓が変色していることに彼女は気づいた。白い窓は、黒く変色し、窓ガラスの淵が、まるで溶けたかのようにどろりと固まり、煙を上げていた。

何だろう、と思ってそれを触った今村は、驚いた。触った自身の指が、先端から煙を出して解け始めたのだから。強酸は、彼女の人差し指の第二関節までを溶かした。

そして、その激痛に叫び声を上げそうになった彼女は、後ろに人の気配を感じて振り返った。

そこには、金色に輝く髪の少女が立っていた。

その顔を見て、今村は驚く。行方不明となっている、美貴本エリカだ。

そんな彼女に向かって、美貴本はほほ笑むと、口を開けた。どこか、その口は大きく見えた。

呆然とする今村に向かって、右手の人差し指と中指を、ピースするように突き出すと、突然それが伸びた。

あり得ないことに、今村は反応できず、槍のようにとがった指が彼女の両目を抉った。

彼女は絶叫を上げる。だが、その絶叫はすぐに止んだ。

指が脳を突き破り、左手が彼女の首をへし折ったからだ。

美貴本は静かに笑った。そして、悲鳴を聞いて部屋から飛び出してきた入沢を見る。

入沢は、変わり果てたハウスキーパーと、同級生だった少女を見る。呆然と、入沢は呟く。

「美貴本さん・・・・・・・・・・・・」

「こんにちは、入沢さん」

そう言って笑う彼女に、背筋がゾクリとした。

異様に伸びた指。そして、彼女の様子。それは明らかに人間ではなかった。

美貴本は入沢を見て言った。

「入沢さん、私、あなたやこの街の人に復讐してやるの」

そう言いながら、少女は、力なく垂れる今村の右腕に口を持っていくと、それを噛み引きちぎる。

どろりとした血が降りかかり、美貴本の金髪を染め上げた。

「でも、あなたは一番最後。それまで、せいぜい怖がっていなさい」

ふふふ、と笑うと、彼女は今村の身体を投げ捨て、右腕を食べながら窓から飛び降りた。

入沢は驚愕の瞳で窓から彼女を見た。

ついさっきまでそこにいた少女は、もういなかった。

化け物。彼女は、人間じゃない。

入沢は死に絶えたハウスキーパーを見た。

彼女は、何もしていないはずだ。それなのに。

そして、彼女はその常識外の死を見て悟った。ここ最近の事件は、全て彼女の手によるものなのだと。

彼女にとって、相手は誰でもいいのだろう。自分をいじめ、無視したこの街の住人全てを殺す、それが彼女の目的。

そう知った時、入沢は深い絶望を抱いた。

全ては、彼女が招いた事態なのだ、と。


血に染まった廊下で、少女は自分の身体を抱きしめた。

ぽっかりと空洞になった目で宙を見る今村が、なぜか自分を見ているような気がした。



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