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入沢茉莉は教室を見た。窓際の席と廊下側の席が一つずつ空いている。

窓際の席にいるはずの少女、美貴本エリカ。彼女のことが入沢は嫌いで、親のコネもあって何も言われないのをいいことに彼女をいじめていた。

その彼女が学校に来ないことを、うれしく思う半面、入沢はわずかな罪悪感を感じた。

恐らく彼女が来なくなったのは、入沢のいじめが原因ではない。いや、原因ではあるが、結果的に止めを刺したのは、彼女ではなかった、というだけの話だ。


確かな確証があるわけではないが、一部の男子が向ける、美貴本への視線が気になっていた。その瞳の様子から一つの可能性に至った。

放課後になればすぐさま帰るはずの彼らがなかなか帰らないのを、入沢は不審に思った。

そして、家へと帰る途中で、彼女は気づいた。彼らは美貴本を犯すつもりなのだ、と。

掃除押するものなど、そうそういない。美貴本は、真面目な少女だ。押し付けられた仕事と手、平然とやる。そのために残るであろうことは誰にでもわかる。

入沢は急いで引き返した。だいぶ時間は経っている。それでも、走り出さずにはいられなかった。


彼女が教室に入った時には、日は落ちていた。部活動もほとんど終わりかけていて、生徒はまばら。

彼女は教室に入った瞬間に、強烈なにおいに気付いた。

それは窓際の美貴本の机からだった。

教室の机は綺麗に整頓され、人もいなかったが、いつもと違うように感じた。

床に汚れはないように見えた。美貴本が掃除したのだから当然だろう。

だが、入沢の目に何かが見えた。

それは液体であった。そして、彼女にはそれがなんなのか、がすぐに分かった。

この異臭もきっと、そう考えると、入沢は手を握りしめた。

穢い。

男たちの視線。その手。あらゆるものが彼女にとっては穢れて見えた。

昔からそうだった。父が彼女の前で、あんなことをしてからは。

男の手は穢い。父であろうと、友達であろうと、教師であろうと、たとえテレビのアイドルであろうと、男ならば嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

「ああ、美貴本さん」

入沢はそう呟くと、彼女の机を見る。そして愛おしそうにそれを見ていた。そこに、異国の血を引く少女の姿が見えるようだった。

入沢は美貴本を恐れていた。だが、彼女の本心を知る者などいなかった。

彼女が美貴本をいじめていたのは、彼女を孤独にし、くじけさせるため。そして、そんな彼女に手を差し伸べ、唯一無二の存在となる、それが当初からの彼女の目的であった。

男に興味の持てない彼女の興味が同性へとシフトするのは、至極当然であった。

独占欲の強い入沢は、美貴本エリカを手に入れたかった。そのガリガリの身体でも、愛する自信はあったし、彼女のために食事を分け与えてさえいいと思っていた。

それなのに、彼女は一向に入沢に靡かない。入沢は焦った。そして、愛おしさ余って憎しみへと至った。

その結果がこれか、と入沢は手をついた。

入沢は泣いた。あれほど美しかった異国の少女が、低俗な男によって穢されたことを。そして、それが彼女自身のもたらした結果なのだ、と。


入沢茉莉は美貴本の席を見た。

きっと、彼女はもうここには来ないのだな、と思った。きっと、いくら彼女でも、耐えられなかったのだ、と。

入沢は、放課後に美貴本の家を訪ねようと思っていた。すべては遅いのかもしれないが、それでもいかなければならない、と彼女は思っていた。

そんな彼女は、もう一つ空いている席のことなど、まったく気にも留めていなかった。

その席に、二度とその席の主が戻らないことなど、知る由もない。





土の中は、思ったよりも冷たいものなんだなぁ。

それが美貴本エリカの蘇った直後の感想であった。

彼女は自身の身体に何が起きたのかはよくわからない。確かなことは、彼女は男たちに犯されたこと、その時にちょっとした空腹から相手を襲ったら、殺されてしまったこと、そして古びた神社の裏の森に埋められたこと。

美貴本エリカは体を動かす。相変わらず細い体。だが、その身体は生前とは全く別のように感じられた。

全身に神経があるかのように過敏で、その身体は人間の時のままであった。

いや、外見上は普通だが、中身は違った。科学では説明できない状態になっていた。

美貴本はとりあえず、外に出よう、と思った。この身を襲う空腹感は尋常なものではない。何かを食べなければ。死んでいるはずなのに、身体は食べ物を求めていた。

だが、普通の食べ物ではだめだ。それではいけない。

思い土の中を這いずり、美貴本は地上に姿を現した。

ズサリ、と土が落ち、裸の少女が土の中からはい出た。

彼女はよろよろと歩き、神社の下への階段を見た。その階段を下る自分を殺した少年たち。その一番後ろにいるのは、彼女によって唇を引きちぎられた少年だった。

少女はあの時の味を思い出す。美味だった。前に食べたものや、その前に食べたものと同様に。

ああ、あの肉が食べたい。思う存分、全て。

いや、それだけじゃあ、足りない。この街の人間も食べてしまおうか。だって、私をこんな目に合わせてくれたんだから。

美貴本は静かに笑った。そして、階段を静かに下りだした。すごい空腹感だが、まずはこの体に慣れよう、と少女は思った。

きっと、これは祝福なのだろう。生前、ついていなかった自分への神からの祝福。

ああ、神様、ありがとう。ありがとう。

おかげでおいしいお肉がまた食べられます。

狂った笑みを浮かべて、少女は歩く。

少女の歩いた階段は、まるで溶けたかのようにくぼみができて、黒く変色していた。



少年の部屋に親友するのは簡単であった。

この体はもはや不可能などないようで、一ミリの隙間であろうとも指は入り込むし、伸縮自在であった。

物音ひとつ立てずに部屋に入り、少年に近づく。そしてベッドの下に潜り込む。

どうやら彼が起きたようだ、驚かせてやろう。そう思った。そのあとで食べてしまおう、と。

起きた少年に腕を伸ばし、身体をベッドの下から出す。

彼は驚いていた。少女はそんな少年の顔を満足げに見ると、その口に自身の腕をねじ込む。

少年の前歯が折れて、喉が膨らむ。肉が引きちぎれ、骨がきしむ。

だが彼女はそれを気にせずに腕を進める。少年は血の涙を流し、苦しんだ。

手の先に何かを感じる。なんだろう、これは。何の内臓かな、などと少女はまるで遊ぶかのように手を進める。

そして、その手は少年の肉を突き破って外へと出てしまった。そして。

詔書の両腕の力に体が耐えられなくなったのか、少年の身体が飛び散った。

眼球が宙を舞い、脳漿が飛び散る。肉片と血のシャワーで部屋が色鮮やかに染められた。

「あーあ、残念」

彼女はそういい、血のシャワーを浴びる。できることなら、絶叫を聞き、長く生かしたまま食したかったのに。

まあいいや、これも経験。次はうまくやろう、と少女は思うと、肉片を摘み取り、大きく口を開いた。

鉄の匂いの充満する部屋で、少女は特上のディナーを味わった。

ああ、おいしい。

少女の喉がゴクリとなり、その肉片を取り込んだ。

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