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深夜の街を覆う不気味な雰囲気。普段は深夜だからと言って、別に出歩くことをいとわない者たちも、その日は違った。

皆、何かを感じていた。生物が元来持っている、生きるための勘、とでもいうのだろうか。それがしきりにこういっていた。

『危険だ』と。

外は、危険だ、と。

何となく、人々は言え、もしくは建物の中から出ることを控えていた。

とはいえ、どうしても外を出歩く必要がある者はいた。

仕事帰りの者や、家なきホームレスの人々。

彼らは見えない何かにおびえながら、街の中を歩いていた。



よれよれのスーツを着て、鞄を手に、その男は夜の街を歩いていた。

奇妙な位に静かで、なぜか寒気がする。まだ、冬が到来するには早いよな、と手をすり合わせる。

背中がちりちりするのは、なぜだろう。

男はそんなことを考えたが、頭をふって変な考えを振り払う。

最近、仕事のストレスやその他もろもろが貯まっているのだろう。男はそう結論した。

長年連れ添った妻は、自分より若い間男のところに行っているだろうし、一人娘もなにをしているやらわからない。たまに顔を合わせると、汚物を見るような眼だ。

「たまったもんじゃない」

男は憤る。今でこそ、腹は出て中年と言った風貌だが、若いころは女にもてはやされ、有名大学を出たエリートであった。それが今では・・・・・・・・・・・。

男は内心で愚痴を吐きながら歩いていた。

歩いていると、急に電灯が不自然に点灯して、消えた。男の頭上だけではない。その向こう、そのまた向こう、あちらでも・・・・・・・・・。

「なんだ、なんだ」

不気味な感じがして堪らない。足が震えだす。

迷信や霊、神なんて信じない男であったが、恐怖を感じていた。

いよいよ、背中のちりちりは大きくなってくる。

やばいやばいやばい・・・・・・・・・・・・・・・・!!

本能が告げる。『逃げろ』と。

何から?

男は周囲を見る。周囲にあるのは電灯と、車の通らない道路だけ。開けた場所だった。

「何もいやしないさ」

自分に言い聞かせるように言って、歩き出そうとした彼は、足元をふと見た。

足元のマンホールの蓋がずれていた。隙間から、深淵が覗く。

そして、そこからは蝿が出てきていた。一匹や二匹ではない。何百、何千とそれはそこから出てきた。

まるで、その下に屍肉があるかのように、奴らは群がっていたのだろう。

男は短い悲鳴を上げ、飛びのいた。そして、慌てて逃げ出そうとした時、足元に何かを感じた。ひんやりとした、温度を感じさせない何か。人の手のような。

「ひぃいいぃ?!!」

男は自身の右脚を見る。足首を掴む青白い手。その死人のような手が掴んでいる自身の足。スーツはなぜか溶けたかのようになく、彼の右脚の底の部分だけ、皮膚の色が変色していた。そして、みるみる肉が落ちて行き、白い骨が顔をのぞかせる。

一瞬遅れて、痛みがやってくる。激痛に、男は叫ぶ。

ぼとり、と音がして、彼は地に倒れた。右足首は、完全に溶けて分断されていた。

「俺の、足が・・・・・・・・・・・・!!」

彼は、彼の落ちた足首を見る。それに群がる蝿たち。それは次第に何かの形を作っていく。蠢くそれが、次第に人の形をかたどり、蠢く黒い体が人間の皮膚、髪へと変わっていく。

そして、変化はあっという間であった。

数秒後には、美しい異邦人の少女へと変わっていた。

口元は、血まみれで、不気味な笑みを浮かべていた。

少女の目は、男を見ていた。怯える男を、捉えて離さない。

「ひ、ひ、ひ」

恐怖から過呼吸となった男。弛緩した下半身には、力が入らず、逃げることができない。

いや、本能的に悟ったのだろう。逃げても無駄だと。

少女は男の横にしゃがみ込むと、大きく口を開けた。男は口の中を見た。

少女の口の中で蠢くそれ。それは、大きなクワガタのような鋏をギチギチト鳴らすと、大きく開いて男の喉笛に向かって飛びついてきた。



男の絶叫が響き渡る。



数分後、骨だけとなった男の身体に群がっていた蝿たちは四方に散らばり、さらなる惨劇を引き起こさんと飛び立っていった。




暴食の念は治まることはなく、その日のその時間帯に外に出ていたものは、一人残らず骨のみとなった。





翌日。

各地で発見された骨は何十体にも及んだ。あまりの異常時に、学校は休みとなり、商店街の店も、その多くが休みとなっていた。

街を覆う空気は前日以上に悪化していた。昼間であろうとも、血の匂いが漂い、動物たちは殺気立っていた。見えない何かを、動物たちは敏感に感じ取っていた。



「学校休み、か」

芹沢はひとり呟く。広い部屋。無性に広いだけ。

芹沢はなんとなく、大木の知り合った青年の持っていたという何とも言えない石を握る。なにか、呪術的なもの、と霧伏は言っていた。お守りの類、と思って言い、と言っていた。

それを握りしめる。

そうして、何分か経ったころ、芹沢は異常な音を聞いた。

芹沢は自室の窓を見る。何かが、窓に当たって、飛び散った。

小さな何か、黒い、蝿のような。

そう思っている間に、それは次々と窓にぶつかってきた。何匹、いや、何十、何百と。まるで、窓をたたき割るかのように。

蝿たちは自身の身体が飛び散るのもいとわずに、突進を続ける。

「いや、なによ、これ・・・・・・・・・・!?」

芹沢は恐怖から、自室から出る。そして、走り出す。途中で見た度の窓も、同じように蝿が突撃をしていた。

「何よ、これ。何よ、これ・・・・・・・・」

まるで、蝿たちが、一つの意思の下にあるかのようだ。

そして、彼女は悟った。これが、美貴本の仕業なのだ、と。

そう思うと、彼女の中の闘志が燃えてきた。死んだ彼の無念を晴らす、という使命を果たすために。

少女は台所に入ると、そこにあった棚をあさる。

「見つけた」

ガス缶を見つけると、彼女はニヤリと笑った。

これで焼き殺してやる。化け物め。

そう思い、振り向いた彼女は、窓が割れる音を聞いた。それは、一つではないかった。複数が壊れたのだ。

忌々しい羽根音。それが、彼女の耳に響いてくる。

「殺してやる、美貴本」

「へえ、私を?」

芹沢は驚いた。声は、前方ではなく、背後から聞こえたのだ。

顔を後ろに向けた彼女は、悲鳴を上げた。長い髪を垂らした、美貴本エリカが、不気味ないでたちでそこに立っていた。

「どこから・・・・・・・・・・・」

「ふふ、私の身体はどこでも入り込めるのよ。蝿一匹でも入り込める隙間さえあれば」

彼女がしゃべるごとに、その口から蝿が零れ出る。吐き気をもよおしながらも、芹沢は冷静に考えた。

「何しに来たのよ?」

「この前は食べ損ねたから、景気づけにね。今日、この街をぜーんぶ食べちゃうの」

茶目っ気たっぷりに言う美貴本。その姿はかわいらしさもなにもない。ただただ、不気味であった。

「・・・・・・・・・この、化け物」

「ふふふ、あははは。化け物?」

彼女はおかしそうに笑い、急に真顔になった。

「あなたたち人間の方が、化け物じゃない」

そう言った瞬間、少女の右腕が伸びる。それが、芹沢の首を絞める。

「・・・・・・・・・・・・・・っ」

美貴本の腕は、まるで昆虫の足のようになっていた。関節がギチギチトなり、黒い蟲の足が動く。鋭い爪が、芹沢の肌を切る。血の匂いが立ち込める。

芹沢は、力いっぱい、左手にあった例の石を投げた。

美貴本はそれを苦も無くキャッチすると、左腕で砕く。

「こんな石っころ、もう効かない」

そう言うと、美貴本は大きく口を開ける。何かが、彼女の口部で鳴いている。ぎちぎち、ぎちぎち、と。

芹沢の目から涙が出た。

美貴本の口から出てきた者は、彼女の顔のすぐそばまで来ていた。

「さようなら、芹沢さん・・・・・・・・・・」

悲しむような顔をした美貴本は、顔を歪めて笑った。

「いただきまぁす」




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