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帰ってきた入沢たちは、大木と彼の下にいるこの手の専門家のいる家へと向かった。

結局のところ、美貴本エリカを止める手段を彼女たちは見つけることができなかったのだから。

大木の下にそう言う人物がいることは幸いであった。

だが、大木の下についた彼女たちが聞いたのは、彼の不在であった。

「そのひと、どこにいるのよ」

芹沢は不快そうに大木と部屋を見て言う。

「もう半日帰ってきてないんだよ」

「なにか急いで出ていったんだよな?」

大木に霧伏が言う。大木が頷く。

「ああ、なんか『七つの大罪』がどうのこうの言っていたよ」

「七つの大罪?」

入沢がその言葉を不審に思う。

「何よ、それ?」

芹沢も同様のようであった。大木は俺が知るかよ、という。

「第一、あの人の名前も俺は知らねえんだしな」

「・・・・・・もしかしたら、その人、もう死んでいるかも・・・・・・・」

霧伏が言った。大木は顔を蒼くして霧伏を見る。

「おい、霧伏!馬鹿なこと言うなよ!」

「冗談なんて、言わないさ」

霧伏は真面目な顔で大木を見る。不安ならば、気の弱そうな霧伏。まさか面と向かって大木にこんなことを言うとは思わずに、大木はたじろいだ。

「七つの大罪。キリスト教での用語で、人を悪・罪に導く欲望や感情を指示している、とされるものだよ」

霧伏が言った。

「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲、そして暴食」

「それって」

入沢がハッとして霧伏を見る。

「あの鼠が言っていただろう、あれは暴食だってね、たぶん、この『七つの大罪』のことを言ったんだろうね」

霧伏はそう言い、ずれたメガネを押し戻す。

「大罪はそれぞれ悪魔と結び付けられて考えられてもいた。詳しくはわからないけど、きっと、こういうことなんだろうね」

霧伏はそう言い、口を閉じた。

奇妙な沈黙が、部屋の中に漂う。

「ねえ、まだその人、死んだとは限らないじゃない?もしかして、まだどこかにいるかも・・・・・・・」

芹沢がそう言った。大木が同調するように頷く。

「そ、そうだな。あの人、怪我してたから、まだあれかもな」

「探しに行くって?危険じゃない?」

入沢が言う。だが、彼女もわかっていた。この街で安全な場所なんて、どこにもないことなど。

「あの人の荷物を持っていこう。何か、使えるかも」

霧伏はそう言い、青年の遺した荷物を見て言った。



「なにこれ」

「・・・・・・たぶん、ルーン文字、かな、これは」

入沢が持っていた呪符のようなものを指して霧伏にいう。

「なんだかんだで、あんた、結構詳しいわよね、こういうの」

「・・・・・・まあね」

霧伏は顔を伏せて言った。そして、なにやらよくわからない古い洋書を手に取る。

「これから、どうすればいいと思う?」

「わからないよ、でも、終わらせないと」

そう言うと、立ち上がり用意を終えている大木と芹沢のいる外へと足を進める。

「彼女だって、こんな風に、生きたくはなかったでしょうね」

「それは、そうだよ」

「グールってのが、周囲に影響すると言っても、私たちのしてきたことは、明らかに悪いことだった。そんな私たちが、生きていていいのかしら?」

「君らしくないね」

「あなたの中の私ってなんなのよ」

「自信家で、高飛車で、人のことなんか気にしない」

その言葉に、入沢は心外ね、と鼻を鳴らして睨みつける。

「これが終わったら、憶えてなさい」

「互いに生きていたらね」

霧伏はそう言い、靴をはこうとし、止まる。

「?どうかした」

入沢の問いに、霧伏は「忘れ物」といい、部屋の方に戻っていった。入沢は靴を履いて、外に出た。

部屋に戻った霧伏は、懐から出した携帯で電話をかける。

そして、通話を終えて眼鏡をつけると、青年の残った荷物を見る。

霧伏は踵を返すと、静かに玄関に向かい、部屋を後にした。



大木と芹沢は、外で待っている間、話をしていた。

互いにいい感情は持っていないが、流石にこんな状況でぎすぎすしているのは互いに危険だとは感じていた。

「なあ、そういや、なんで入沢と霧伏が一緒に行動してるんだ?お前はわかるような気がするが」

「さあね、あの根暗のこと知らないもん」

芹沢は肩を竦めて言った。

「そもそも、あいつがあんなにしゃべってんの、初めて見た」

「俺もだよ、それに、なんかあいつ、雰囲気違うよな」

その意見には芹沢は全面的に賛成であった。

霧伏巽は、教室でも目立たない、根暗でオタクであるという偏見で見られていた。特別人とかかわることもない。

しかし、そんな彼は意外と饒舌で、オカルトにも通じているようだった。

青年の荷物の中にある、意味不明の道具も、彼にはわかっているようだった。

「一年のころ、あいつって何組だったの?」

「三組ではないぞ」

「なら、何組なのよ?」

入沢や大木、芹沢のクラス意外となると、一組、四組、五組となる。

そもそも、霧伏のような存在は目立たない。もしかしたら、一年の時のクラスメートだったとしても憶えていないかもしれない。

そんな風に考えていたところに、入沢が出てくる。

「入沢」

大木が入沢にそう声をかける。入沢は無表情で大木を見る。

「何かしら」

「霧伏とは、なんでこんなことしてんだ?」

「どうしてかしらね」

入沢はそう答えた。

「そんなこと、どうでもいいでしょう?」

「・・・・・・そう、だな」

大木がそう言い、芹沢も頷く。今考えるべきは、そんなことではないのだから。

「お待たせ」

そう言い、霧伏が出てくる。

その姿を認めると、入沢は言った。

「とりあえず、日が沈むまでにしましょう」

まだ日没までは時間がある。

四人は街の中へと歩いていく。




結局、四人は何も見つけられなかった。

その日はそれで終わりということで、四人は解散した。

後日、対策は考えよう、ということで落ち着いた。



霧伏は一人、夜道を歩く。

彼は右手に持った、異邦人の青年の所有していた本を弄っていた。

「さて、どうするか」

霧伏は、もうその所有者が生きていないことを確信していた。

ほかの三人は知らないだろう。

とあるビルの最上階に、メッセージがあることなど。

青年は死の間際に、そのメッセージを残したのだろう。衛星か、それともほかの何かで、誰かその手の専門家の目に触れるように、と。

霧伏が見つけたのは、偶然だ。

霧伏の左手に、ひらひらと風に乗って紙が落ちてくる。その紙は、人の形を模っていた。

「厄介だな」

「視覚を共有」して見たメッセージについて彼はそう呟いた。

ルーン文字と数種類の文字・言語でメッセージは遺されていた。

『結界能力あり。対象は完全な悪魔化をしている』

メッセージの近くに、使い古された十字架が落ちていた。血に塗れたそれは、今は霧伏のズボンのポケットにある。

「『暴食』を司る悪魔、『蝿の王』ベルゼバブ」

霧伏はそう呟くと、闇夜に包まれる街を見渡す。

「まったく、人間の業とは、深いものだな」

霧伏の眼鏡の奥の瞳は、怪しく輝いた。


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