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大木は入沢たちからの連絡を受けて隣に座る異邦人の青年を見た。

「なんだ、お前が言っていた同級生たちが、何か新しい事実でも見つけたか?」

「ああ、これが・・・・・・・・・・」

戸惑いながら大木は青年に送られてきたメールの内容を話していく。

大木の話に、青年は静かに耳を傾けた。度々、その目が鋭くなった。

「なるほどな」

そう言って青年は胡坐を書き直す。そして、右手に持っていた煙草を灰皿に押し付ける。

「厄介なことをしてくれたな、美貴本エリカの母親は」

「よく、わからないんだが」

大木はただ伝え聞いたことを話しただけで、その根本については理解できていなかった。とはいえ、それは仕方のないことだった。話の内容は俗にオカルトと呼ばれる領域。超自然的な内容なのだから。

「母親は美貴本エリカを殺すべきだった。なのに、生かした。よりにもよって黒魔術を使用して」

青年は憤るように、低い声を上げた。そして、右手で髪を掻いた。

「10年という歳月の間にも、母子は恐らく似た経験をしてきただろう。グールは周囲の不幸を加速させる。彼女たちの向かう先では、悲劇が起こる」

「そんな、ありえないだろう?たかが一人の力で、そんな」

「それがあり得るんだよ。人の世は何時でも闇がある。ふとしたきっかけで光と闇の均衡は崩れる。そう、この街のようにな」

そう言い、青年は大木を見た。

「おかしいとは思わないか?この街の様子を」

「おかしいって何が?」

大木は不審な目で青年を見た。

「この街は、おかしいんだよ。もともと外部に対する風当たりは強かったかもしれんが、それでもおかしいんだ。それというのも、グールの影響だ」

「・・・・・・・・・・」

「10年もの間、同じことを繰り返しては記憶を奪い続けた。グールは成長はしない。娘の年齢は、いくらでも誤魔化せられる。その黒魔術師は、とんだことをしてくれたものだ」

青年は立ち上がり、玄関へと向かう。

「おい、どこ行くんだ?」

「俺の手には負えん。まさか、『七つの大罪』にまで至るとはな・・・・・・・・・」

そう呟くと、青年はトレンチコートを着て、夜の街へと出かけて言った。

「なんなんだよ、いったい・・・・・・・・・・・」

大木は戸惑った風に呟き、携帯を覗き込んだ。



青年は外に出て、懐から何かの札を取り出す。

青年はなにやら低い声で言葉を紡ぐ。いや、それは言葉ではなかった。口は動いたが、空気をわずかに振動させただけで、音自体は発せられなかった。

発せられたのは、無音の言霊であった。

札が光り出す。

『なんだ、任務は終わったのか?』

声が直接、青年の脳裏に響く。若い女性の声で、凛とした音色であった。

『いんや、厄介なことになった』

『厄介?あなたほどの悪魔狩りが?』

女性は意外ね、とつぶやく。青年は真剣な表情を浮かべ、相手に返す。

『大罪だ』

『え?』

女性が聞こえなかったのか、聞き返してくる。青年は同じ念を送る。

『大罪が現れた』

『そんな、東方の島国で、なぜ?』

女性の声は、驚きをもっていた。普段の女性ならば出さないような声音だった。

『西欧の黒魔術師の家系の者がグールになった。母親はそれを隠すために記憶を奪い、10年間娘と転々としていた』

『なんてこと・・・・・・・・・』

『おかげでグールを超えた暴食グラトニーになったわけだ。俺も、左腕を犠牲にやろうとしたが、無理だった』

『左腕、って、あなた・・・・・・・・・・』

『アイリーン、援軍を。今の俺では無理だ。武器もなにもろくにない』

アイリーンと呼ばれた女性は沈黙する。おそらく今頃、あちらにいる上司と話しているのだろう。

しばらくして、声が再び響く。

『猊下が援軍をよこすそうよ』

『どれくらいだ』

『エクソシスト七人、フリー三人』

『上々だ。あと、聖具はもってこい。普通の武器じゃ、敵わんからな』

『ええ、それより、あなたはこれから・・・・・・・・・・』

その時、青年は音を聞いた。周囲を見る。ビルの屋上に立っていた青年は、周囲に何もいないことを確認した。

だが、長年の勘が彼に警告する。敵がいることを。

『アイリーン、どうやら奴は俺を殺しに来たらしい』

『っ!!逃げて!』

「無理、だな」

青年は諦めをにじませた声で呟いた。

彼がここに来た道は、なくなっていた。屋上の扉は消え、周りのビル群は後もなくなっていた。

すでにここは「こちら側」の世界ではなく、「あちら側」すなわち異界、地獄に近い空間へとなっていた。空間を侵食する闇の速度は、あまりにも異常で、青年はそれに今の今まで気付けなかった。

わずかにまだ魔術のリンクが切れていない間に、青年はアイリーンに言う。

『アイリーン、どうやら、異界に招待されたらしい。お別れ、だ』

『そんな!』

アイリーンは絶叫する。その悲痛な思いが、青年の脳裏に響く。

青年は冷静に眼前の悪魔を見た。

小さな体、しかし、口を開き、爛々とした目でこちらを見るそれは、もはや人ではない。

今まで出会った悪魔や霊とは比べようもない闇を感じた。

青年は煙草を取り出し、唇に挟む。唇は、渇ききっていて、唾も乾いていた。

手が震えて、ライターは取り出せなかった。

コートに入っているのは、武器ともいえない聖水と呪符だけ。

青年は、キレかかっているリンクをたどり、女性に最後の言葉を贈った。

『愛している、アイリーン』

『待って、待って・・・・・・・・・・・・!!バル、ト・・・・・・・・・・』

そして、脳裏の声は不自然に消えた。

青年は、目の前の悪魔を見て、語りだした。

「さあ、来いよ。俺を喰らい、殺せよ」

そう言い、青年は右手で十字を切る。神を捨てたはずなのにな、と自嘲気味に笑って。

悪魔が口を開いて、青年に向かって走ってくる。青年は動きもせず、煙草をくわえながら、立っていた。

「腹ぁ、壊しても知らねえぜ、暴食」

青年はそう言って、己の首筋にかみついた悪魔の右目に、聖水の入った瓶を叩きつけた。

煙を立てて、わずかに目のあたりが溶けただけであった。青年の行動は、悪魔を余計に怒り狂わせるだけであった。

青年は絶叫を上げ、血を吐いた。首を噛まれていて苦しかったが、まだ死にはしなかった。

悪魔はニヤリと笑うと、その腕を伸ばし、青年の腕と両足を掴むと、それを引き千切った。

青年は悲鳴を上げて、悪魔を見た。

悪魔はニヤリと笑うと、その顎に力を入れて、青年の首をいとも簡単に切断し、地に落とした。



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