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入沢、霧伏、芹沢は電車に揺られていた。

彼女たちがこれから向かうのは、美貴本母子のかつて住んでいた場所だ。土日の休日を利用して、彼らはそこに行くことにした。

霧伏は色々と街で情報集めをしたらしいが、成果はなかったらしい。入沢と芹沢は、どうにか美貴本母子のかつて住んでいた場所を知ることができた。個人情報なので、と渋る役所の受付を半ば脅して。

入沢と芹沢の親の力は強いので、気の弱い女性職員は怯えていた。

悪いことをしたな、と入沢は思ったが、その思いもすぐに離散した。

街から逃げ出すようで後味こそ悪かったが、彼女たちは皆、美貴本のことを知らない。

彼女のことを知る必要がある。これからのために、そして、入沢たちには知る義務がある。

幸い、と言っていいのか、霧伏、芹沢の親は子供のことには無関心らしい。

霧伏は苦笑いして、放任主義なのだ、と笑っていた。霧伏はそれをどうでもない風に言った。

彼は親に対してそれ以上の感情も不満もないようだった。

一方の芹沢は複雑な表情を浮かべていた。その顔に浮かぶ思いが、入沢にはなんとなくわかる。

芹沢も入沢と似た家庭事情である。だからと言って、彼女のすべてがわかるわけでもないが、なんとなくわかる。

だからこそ、彼女は入沢に近づいたし、入沢も彼女のそんな思いを無意識に感じ取っていたのかもしれない。

あまりにも彼女たちは歪だった。いや、入沢や芹沢だけではない。あの街は、どこかおかしいのかもしれない。そんな風に、入沢は感じていた。

街を離れ、電車に揺られる中、不思議に心は澄んでいき、落ち着くことができた。

街を支配する空気。どこか重苦しい空気だった、と外に出た瞬間感じた。

それは、彼女だけではないはずだ。芹沢や霧伏も心持、穏やかに見える。あれほどの劇場を持っていた芹沢でさえ。


電車は県境を超えて、彼女たちの言ったことのない土地へと向かう。

周囲の風景も変わっていく。街や都会、といった雰囲気は徐々に消え、閑散とした山間部、という感じが出てくる。

そして、電車に揺られること数時間、ついに目的の場所は見えてきた。

「ここが、そうなのね」

見えてきたのは、小さな街。彼女たちの住む街よりも小さく、そして、どことなく昔、昭和という印象を感じる。

街全体を覆うのは、彼女たちが自身の街で感じる空気と同様、もしくはそれ以上の禍々しさであった。

「なに、ここ」

芹沢は口を押えて言う。決して電車に酔ったわけではない。彼女は乗り物酔いには強い。

霧伏は何も言わなかったが、その眼鏡の奥の目は、険しく寄せられていた。

三人の少年少女は、異郷の地へと足を踏み入れた。



「あの、すみません」

入沢は街行く人に声をかける。年取った男性で、見るからに健康がいいとは思えない。しかし、この街にはずっといる感じがした。

美貴本母子の写真を手に取ると、入沢は男性に尋ねる。

「この親子のこと、ご存じありませんか」

そう言った瞬間、男性の目は空を彷徨い、おどおどしだす。

「し、知らん」

そう言ったかと思うと、男性は写真を返し、入沢たちから離れていく。

逃げるようなその姿に、入沢たちは不審がる。

「怪しいわね」

芹沢の言葉に、ほかの二人も全面的に同意する。

「ええ、何か、あるわね」

「・・・・・・・・・・・行こう」

霧伏は街の庁舎への案内を見つけて二人にそれを示す。


庁舎の方では「美貴本」という家族のことは知らない、と告げられた。

だが、三人は納得しなかった。ここに彼女たちがいたのは、確かなのだから。

あまりにしつこい少年たちに、年老いた職員はついに「美貴本」という姓の住人がここにいたことを認めた。

「彼女たちがいたのは、一年ほど前?」

そう聞いた芹沢の言に、職員は首を振る。

「いいえ、違います。彼女たちが、美貴本母子がここを去ったのは、十年前です」

「え?」

入沢たちは驚く。

「美貴本エリカ、という中学生の少女を連れて、母親は出ていきました。十年前、父親が謎の失踪をしてから」

そういうと、職員は疲れたようにため息をつく。

「あれからです。街が、変わっていったのは」

かつては緑あふれ、若い人もいたが、あの日以降、若い命は生まれなくなった。少子化、という問題ではなく、この街では子供が生まれない。仮に生まれたとしても、生後数か月で赤子は死に至る。

それだけではない。街には不可思議なことが多々起こるのだという。

ある老人は、二つの首の狗を見たという。その翌日、彼は死亡した。

ある者は、街の北のため池で、何かを見たのだという。それが何かは不明だが、何か大きな目が、その人を見たのだという。その池の周辺では、謎の失踪が相次いだという。

「これは呪いなんですよ」

職員は年以上に老けた顔で言った。髪には白髪が目立った。後に聞いた彼女の年齢で、その老いぶりはあまりにも異常であった。

職員は美貴本家のあった場所を言うと、これ以上は、と懇願した。その様子に気おされて、彼女たちはおとなしく引き下がった。


「どういうこと?」

「わからない」

あまりの事態に、三人の背筋はゾッとしていた。

十年前、美貴本一家が出て言ったのはまだいい。だが、その当時、娘である美貴本エリカは中学生。計算が合わない。

つまり、本来ならば美貴本エリカは成人していてもおかしくなく、高校に通っている、というのは異常なのだから。

そして、この街を襲う異変。それは、明らかに超常現象的で、説明ができないものであった。

「仮に、美貴本母がその後子供を作ったとしても、やっぱり計算が合わない」

「あの職員の記憶違いじゃないの?」

芹沢が言う。だが、霧伏は首を振る。

「いや、たぶん、間違っているはずはないよ。この街の人たちは、明らかに彼女たちを覚えている。かなり細かく。そして恐怖している。一体、なにがこの街で起こったのか」

「それが、美貴本母子の家に行けばわかるかしら」

「どうかな」

家の場所のメモを、霧伏は見る。

「家自体はまだあるみたいだね」

「なんで、壊さなかったのかしら?誰も住んでいない場所だし、そんなにみんな怖がっているのに」

芹沢が言うが、入沢はなんとなく住人達が家を壊せなかった理由を察する。

壊さなかったんじゃない。壊せなかったのだ、と。

あれほど電車の中から見えた空は青い空ではなく、まるで太陽を厚い雲が覆ったように灰色で暗い色であった。

裸の痩せた木々が、立ち並ぶ先、一軒の家が見える。寂れ、人の気配を感じない、二階建ての普通の家。

そこが、美貴本母子の住んでいた家であった。

異様な空気。街を覆うそれは、全てがここから始まっているように思えてならない。

「ここ、か」

「・・・・・・・・・・・」

全員が息を吞む。恐るべき真実が、この先に待ち受けているかもしれないのだ。

全身を悪寒が襲うのを、入沢は感じずにはいられなかった。

三人は、静かに歩き出す。すべての始まりの場所へと。


この世とあの世が混じりあった異界。そこで待ち受ける事実は、彼らをどこへと向かわせるのか。

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