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入沢と霧伏は互いのことが嫌いであった。

入沢は親のコネで好き勝手やってきたため、多くのものが嫌っていたし、入沢は霧伏の外見がオタクっぽい、根暗と決めつけて見下していた。

それでも二人が放課後、ともにいるのは両者の心の奥にある美貴本エリカへの罪悪感からだ。

現在街を陥れる狂気。その元凶たる美貴本を止める、というためだけに彼女と彼はともにいる。

そんな彼女らは、皆が帰った後の教室にいた。

今後どうするのか、ということを話すためだ。

霧伏は鞄から何かを取り出し、入沢に見せる。それは、ネット上のオカルト系のもののコピーだ。

眉唾物、と笑い飛ばせる状況ではない。少しでも手掛かりになるものがほしい。

とはいえ、載っている方法、というのも、ほとんどが不可能なものばかりであった。

聖水で清められた十字架、死者をあの世へ送り返すための魔術書、特製の銀の銃弾。

とても一般人が手に入れられるものではないし、信じられないような方法ばかりであった。

「これじゃあ手掛かりになりはしないわ」

「とはいえ、このくらいしか方法はないようなんだ」

霧伏はずれたメガネを直す。

「僕だって、オカルトと化には詳しくはないんだ」

「どうすれば、彼女は成仏するのかしら」

「やっぱり、この街の住人や僕たちを殺したら、じゃないかな?」

「そう、でしょうね」

美貴本の悪魔の形相を思い浮かべて入沢は頷いた。

彼女は復讐のために蘇ったのだから、きっとそうなのだろう。

だが、もしそうじゃなかったら。

「彼女、元の美貴本さんなのかしら?」

「どういうこと?」

「なんていうか、無差別過ぎない?自分の母親も殺したのよ、彼女。どうして、母親も殺す必要があったの?」

「つまり、君はこういいたいんだね。彼女はすでに美貴本エリカではなく、怪物、それも無差別な死を振りまくだけの存在、と」

「・・・・・・・・・・ええ」

入沢は重い顔で言った。

「未練とかそういうものは、もう関係ないのよ」

「かもね」

霧伏は静かに言った。彼は静かに席を立ちあがる。

「どこに行く気?」

「いやね、僕らはあまりにも美貴本さんのことを知らなかった」

そう言うと、霧伏は窓際の美貴本の机を見た。

「彼女がどういう人だったのか、それを知れば、何かわかるかもしれない」

「何か、って何が?」

「わからない。けれど、僕たちは知るべきなんだ」

そう言って霧伏は、罵倒の言葉がいたるところに落書きされた美貴本の机を撫でた。

「彼女が、何を思っていたのか、を」



美貴本エリカのことは、彼らはあまり知らない。

美貴本エリカとその母親がこの街にやってきたのは、一年前の三月。詳しい理由は知らないが、ここに越してきた。母親は西洋系の顔立ちで、魅力的だが、どこか影のある女性であった。

父親は失踪しており、生活が困難で、街のはずれの一軒家に住んでいた。母親は朝から夜まで働いていた。安い給料で、母子二人で過ごしていた。生活保護などもあったようだが、それだけでは娘の学費を納めきれなかったのだろう。

美貴本エリカは、奨学金をもらっていた。入学直後のテストでも、高得点を叩きだしていた。

異邦人で、かつ成績のいい真面目ちゃん。根暗そうで、とろそう。そんな根も葉もない評価は、彼女を孤立させた。地域という既存のコミュニティーに、彼女は加われなかった。美貴本の母も、同様であった。

美貴本家は街にありながら、街からは孤立した存在であった。その生活の実態も事情も、誰も知らなかった。


入沢と霧伏が玄関を抜け、校門を出ると、一人の少女が彼らに近づいてきた。

入沢はその顔を曇らせる。霧伏は冷めた目で少女を見る。

それは、芹沢いつきであった。

「あんたら、何してんの?」

「あなたこそ、何をしているのよ」

芹沢の問いに、ついきつく言い返す入沢。芹沢は、じろりと霧伏を見る。

「いや、あんたが男とつるむなんて、珍しかったからさ」

「・・・・・・・・・・・・」

入沢は芹沢を睨む。芹沢は薄々彼女が男嫌いであることに感づいていた。

そんな彼女が、なぜ、よりにもよってこいつといるのか。

「あんたら、美貴本をどうにかしようって思ってるんでしょ」

「・・・・・・・・・だったら?」

「あたしも、加えろよ」

芹沢の言葉に、二人は目を丸くする。

「どういう心境?」

霧伏は不振の目で芹沢を見る。

「昨日、見たんだよ」

「何を」

「美貴本、だよ」

二人は驚いて彼女を見る。芹沢は震えていた。

「あれが美貴本とは今でも信じられない。けど、間違いない。あたしの名前を呼んで、あいつ、笑ったんだ」

思い浮かべるのは、顔半分が焼けただれ、ぎょろりと睨む眼球。その目に宿る狂気。

「あいつ、私を喰おうとしたんだ。でも、苦しみだして、どこかいった。あたし、怖くて」

自身を抱いて、彼女は震える。だが、顔を上げると、入沢を見た。

「でも、あいつにだけは、喰われたくない。確かに、あたしらは悪いことしてきたさ。だけど、だからって、殺されていいわけないだろ?!」

「・・・・・・・・・」

その問いには入沢は答えなかった。殺されたって仕方ないわけない。その言葉を、彼女が言うわけにはいかなかった。

「あんたたちがあれをどうにかしようとしているのはわかってる。あたしだって、あんたらにかかわりたくはないけど、彼の敵討ちがしたいんだよ」

そういう芹沢の視線は、まるで修羅のようであった。

そんな彼女の決意に、入沢たちは何も言えなかった。



大木と郷田は放課後、ともに歩いていた。

本来ならば家に閉じこもっていたかったが、帰ってそれは危険だと彼らは判断した。

もうこの街に安全な場所はない。ならば、ともう開き直ってすらいた。

大木に反抗していた郷田も、小山内が死に、目に見えて弱っていた。

流石に大木も放ってはおけず、こうして一緒にいるのであった。

「大丈夫か、郷田」

「ああ」

とはいうものの、小山内の死をその目にありありと見てしまったため、彼の心はここにあらず、という状態であった。

学校に来ても、ほとんど放心状態であった。

大木はため息をついて、歩く。

自分もいつ殺されるか、わかったものではない。だが、殺されて当然のことをした、という気持ちはあった。死にたくはないが、心は変に落ち着いていた。死を目前にしたら、きっと醜く命乞いをするんだろうけど、と大木は自嘲する。


大木は郷田を彼の家まで連れて行った後、自身の家へと向かっていく。

大木の家は両親と二人の妹がいる。だが、両親とは口も利かない。

父親は自分が絶対と信じてやまない男だし、母親は世間体を重視するだけの女。

高校に行かせているのも世間体のためだけ。大木のことなど、これっぽちも考えてはいない。

そんな家だが、二人の妹のことは、大事にしていた。

二人の妹に迷惑をかけないように、ここ最近は家に帰っていなかったが、さすがに顔を出さないと二人は心配するだろう。

そう思ってある公園を横切った時、声がした。

「なんだ?」

くぐもった声。どこか苦しそうであった。

大木はふと公園を見る。薄暗い夕闇の中、公園のベンチに何かがうずくまっている。

大木は美貴本のこともあって警戒した。しかし、放っておくのも性分に合わないので、静かにゆっくりと近づく。

やがて、声の下に近づくと、大木はその人物を見た。

黒い血に染まったパーカーと、黒い鞄が下に落ちていた。うずくまる人物は、左腕が肘から無くなっていた。

その人物は青い顔で力なく、ベンチに寝ていた。

「おい、あんた。大丈夫か」

大木の声に、その人物は顔を向ける。

どこか西洋的な顔の青年は、大木を見て一言言った。

「タバコ・・・・・・・・・」

「煙草なんて言ってる場合かよ」

見るからに病人の男を見て大木はそう言う。そして、男の右腕を掴んで立ち上がらせた。

「おい、どうする気だよ、ジャパニーズ」

「病院行くんだよ」

「俺、見ての通りの外国人だから、金払えんぞ?」

「安心しろ、こっちも払う金はない」

そう言って大木は男を引きずる。

「知り合いに医大生だったやつがいる。そいつに見てもらうさ」

「そうかい」

そう呟くと、男は死んだように静かになる。だが、呼吸の音がしていたので、死んではいない。

大木は男を引きずり、その医大生だったという知り合いの家に向かう。



結果として、これによって大木はその命を長らえさせることになった。

男を知り合いに引き渡し、大木は自分の家へと久方ぶりに帰った。

親の出迎えはいらなかったが、二人の妹の可愛い出迎えは期待していた。

八時過ぎごろなら、まだ起きているだろうし、二人の妹は大木に懐いていた。

それなのに、彼を出迎えたのは、不気味な沈黙と暗黒であった。

玄関の明かりをつけて彼が見たのは、血の惨劇であった。

あれほど彼に無関心であった父親は、居間で下半身だけを残して死んでいた。母親は台所で死んでいた。

両手首が残っており、そこにある指輪から、母親だ、と認識できただけであった。

大木は二人の妹の安否を確認するために、血相を変えて部屋を見て回る。

だが、二人の妹はどこにもいなかった。

最後に残ったのは、浴室だった。二人は、ともに風呂に入るくらい仲が良かった。

恐る恐る、浴室の電気をつけて目を開けた。そして、大木は絶叫した。


浴槽のお湯は血で染め上げられていた。

そして、その奥底には、人間の内臓や骨、肉が沈んでいた。

子供一人分にしては多すぎるそれ。

大木は愕然と膝をつき、泣き出した。

「どうして、俺を殺さないんだ!!」




暗闇の底で、死食鬼は嗤った。

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