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「初夜はいたしません」――白い結婚かと思ったら、夫が私を好きすぎて盛大に拗らせていました

掲載日:2026/08/15

「王女殿下。あなた様を妻に迎えましたが、初夜はいたしません」


私は目の前の男を見た。


「……何?」


聞き間違いだろうか。


今日、私はこの男と結婚した。


王族として盛大な婚礼を挙げ、つい先ほど夫婦になったばかりである。


その夫が、真剣な表情でもう一度言った。


「今後も、寝台を共にするつもりはありません」


「……」


なるほど。


これは、あれか。


最近、貴族社会でたまに聞く――。


白い結婚というやつか。


「そう」


私は笑った。


夫も安心したように息を吐く。


「ご理解いただき、ありがとうございます」


「理解などするかあああああ!!」


私は卓上の杯を投げつけた。


夫が紙一重で避けた。


「姫様!?」


「首を出せ!たたっ斬ってやる!」


「お、お待ちください!」


「待てるか!」


結婚初夜。


私たち夫婦は、寝台ではなく部屋の中を全力で走り回ることになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私は、この国の王女だ。


ただし、王妃の娘ではない。


側妃から生まれた王女である。


王位継承順位は低く、王宮での立場も強いとは言えなかった。


幸い、私には軍略の才能があった。


そこで早くから王位争いなど捨て、軍人として生きる道を選んだ。


その選択は間違っていなかったと思う。


隣国の大軍が国境を越えたとき、私は軍を率いて迎え撃った。


数ではこちらが圧倒的に不利。


それでも敵軍を分断し、補給を断ち、最後には国境の外まで叩き出した。


その結果。


いつの間にやら、


『救国の姫将軍』


などという大げさな名で呼ばれるようになっていた。


問題は、その後である。


人気というものは、王族にとって必ずしも良いものではない。


王位を狙っていなくても、


「あの王女を次の女王に」


などと言い出す者が出てくる。


そうなれば、こちらにその気がなくても政争へ巻き込まれる。


面倒だった。


そんなとき。


戦勝の褒美を求められた一人の軍人が、国王である父へこう願い出た。


『姫様との結婚をお許しいただきたい』


それが、今の夫――レイリオンだった。


平民出身。


軍人。


私の元部下。


美しい顔をしているが、戦場では敵陣へ真っ先に突っ込んでいくような男である。


私は考えた。


悪くない。


下手な大貴族へ嫁げば、新たな政治勢力を作ってしまう。


だが平民出身の軍人なら、その心配も少ない。


それに、レイリオンのことは嫌いではなかった。


むしろ。


私を妻に欲しいと言われて、少し嬉しかった。


だから結婚した。


なのに。


「初夜はいたしません」


である。


飼い犬に手を噛まれるとは、このことか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌朝。


「旦那様はいらっしゃいません」


執事が申し訳なさそうに頭を下げた。


「どこへ行った?」


「それが……」


「言え」


「身体をゆっくり休めてください、との伝言だけを残されまして」


私は笑った。


執事の額から汗が流れた。


「そう」


「姫様?」


「逃げたな、あいつ」


「……」


「探せ」


「はい?」


「探し出せ!!」


「は、はい!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして三日後。


夫の居場所が判明した。


私は報告書を握りしめていた。


手が震えている。


怒りで。


「娼館?」


「……はい」


部下が青い顔で答えた。


「レイリオン様は婚礼翌日の夜から、王都の娼館を何軒か回っていたようで……」


「何人だ」


「はい?」


「女は何人だ!」


部下は目を逸らした。


「……二十人ほど」


「ふざけんなああああ!!」


報告書が宙を舞った。


私とは寝ない。


だが娼婦とは寝る。


しかも二十人。


「首だ!今度こそ首を刎ねる!」


私は剣をつかんだ。


「いや、待ってください姫様!」


「何を待つ!」


「どうも事情が変なんです!」


「二十人抱いておいて、どう変なら許されるんだ!」


「本人から聞いた方が早いです!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


レイリオンは連行されてきた。


私の前で正座している。


「申し開きは?」


「ございません」


「よし。首を出せ」


「お待ちください!」


「どっちだ!」


レイリオンは床へ額をつけた。


「姫様を裏切ったつもりはないのです!」


「では、なぜ娼館で二十人も抱いた!」


「それは……」


「それは?」


レイリオンの顔が赤くなった。


「姫様への劣情を消すためです」


沈黙。


「……何?」


「姫様を妻にいただいてから、私は自分が情けなくなりまして」


「なぜ」


「尊敬する姫様を見ただけで、その……不埒なことばかり考えてしまう自分が」


私は瞬きをした。


「夫婦だぞ?」


「はい」


「私はお前の妻だぞ?」


「はい」


「私に欲情して何が悪い?」


レイリオンは目を見開いた。


「悪いに決まっています!」


「なぜだ!!」


「姫様は救国の英雄です!」


「妻でもある!」


「私は姫様を敬愛しております!」


「ありがたいが妻でもある!」


「その姫様のお身体を見て、その……抱きたいなどと考える自分が、あまりにも卑しく……」


「だから娼館へ行ったのか?」


「はい」


「意味が分からん!」


私は頭を抱えた。


レイリオンは真剣だった。


真剣だからこそ始末が悪い。


「それで?」


私は嫌な予感を覚えながら尋ねた。


「なぜ二十人なんだ」


「最初の女性を抱いている最中も、姫様のことばかり浮かびまして」


「……」


「次の女性でも」


「もういい」


「その次も」


「もういいと言っている!」


「何人抱けば姫様を思い浮かべなくなるのかと試していたところ――」


「二十人になった?」


「はい」


「あほかああああ!!」


私は思い切り机を叩いた。


「何も感じなくなるまでって、お前どれだけやるつもりだったんだ!」


「申し訳ございません!」


「しかも何だ!二十人って!」


「そこは私も予想外で――」


「知らん!」


私は頭を抱えた。


こいつ。


絶倫なのか。


私は一瞬だけ、自分の身の危険を感じた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それで」


私はしばらくしてから尋ねた。


「本当のところを言え」


「はい」


「私と寝たくないのか?」


レイリオンは勢いよく顔を上げた。


「滅相もございません!」


「では寝たいのか?」


「……」


「答えろ」


「……」


「レイリオン」


「……死ぬほど」


私は天井を見上げた。


「最初からそう言え!!」


「しかし!」


「まだ何かあるのか!」


「姫様をそのような目で見るなど!」


「だから私は妻だ!」


「ですが――」


「お前は私を何だと思っている!」


レイリオンは迷わず答えた。


「尊敬すべき主君です!」


「元だ!」


「救国の英雄!」


「それも事実だ!」


「私が生涯をかけてお守りすべき方!」


「それも悪くない!」


私はレイリオンを指さした。


「だが今は、お前の妻でもある!」


レイリオンが黙った。


「私は崇拝されるためにお前へ嫁いだのではない」


「……」


「お前の妻になるために嫁いだ」


レイリオンの顔が真っ赤になる。


私は少しだけ恥ずかしくなった。


だが、ここまで言わなければ、この馬鹿には通じない。


「それとも何か?」


私は睨んだ。


「私は、お前に女として見られるのが嫌だと一度でも言ったか?」


「……いいえ」


「触るなと言ったか?」


「いいえ」


「抱くなと言ったか?」


「……いいえ」


「なら、私の気持ちまで勝手に決めるな」


レイリオンはしばらく黙っていた。


そして。


深く頭を下げた。


「申し訳ございませんでした」


「分かればいい」


「では」


レイリオンが顔を上げた。


「今夜からでも」


「待て」


「はい?」


私は二十人という数字を思い出した。


「三日休め」


「なぜです?」


「お前もだが、私にも心の準備というものがある」


「姫様なら大丈夫です!」


「何を根拠に言っている!」


「二十人でも――」


「それ以上言ったら本当に斬るぞ!」


「はい!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


数年後。



庭を六人の子どもたちが走り回っていた。


「母上!」


「こっち!」


「待ちなさい!転ぶわよ!」


私は声を上げる。


一番小さな子どもが私の膝へ飛びついてきた。


抱き上げる。


少し離れたところで、レイリオンが幸せそうにこちらを見ていた。


あの結婚初夜から、ずいぶん年月が経った。


白い結婚になるはずだった私たちは。


白いどころか。


六人の子持ちである。


人生とは分からないものだ。


「姫様」


レイリオンが近づいてくる。


「何?」


「今夜ですが」


「断る」


「まだ何も言っておりません」


「顔で分かる」


「夫婦の時間を――」


「昨日も取った!」


「昨日は昨日です」


「近寄るな!」


私は子どもを抱いたまま逃げる。


レイリオンが追いかけてくる。


子どもたちは笑っていた。


「父上が母上を追いかけてる!」


「まただ!」


「母上、逃げて!」


「お前たちも笑ってないで助けなさい!」


庭中に笑い声が響いた。


私は思う。


あの日。


『初夜はいたしません』


などと言われたときは、本気で首を刎ねてやろうと思った。


だが。


まあ。


こんな結婚も悪くない。


たぶん。


「姫様、今夜こそ!」


「しつこい!!」


……少しだけ、夫選びを間違えたかもしれないけれど。




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