07 帰宅
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アレックスは全てのルーチンワークが終わってもまだ、太陽が昇り始めている段階だということに気づいた。
確かにここひと月弱、日が高いと感じ、魔力を高めるために祈る時間が増えていたなと思い出す。
軽く顎をさすると、これ以上ここでやることはないと判断した。
そしてそのままさして気にするそぶりも見せず、躊躇いなく、当然のように飛び降りた。
軽く地響きがして、クレーターが出来たのだが、そんなのは瑣末事であった。それよりもアレックスの関心は別のところにあった。
なぜかそこには人が往来していたのだ。それも荷運びをしているものが圧倒的に多かった。
気になったアレックスは先ほどの地響きで、腰を抜かしてへたり込んでいた集団の中から一人無作為に選び首を掴んで尋ねた。
「おい。どうしてこんなにここに人がいるんだ?」
「こっ…ころさないで……」
そんなつもりはなかったのだが、望むならそれもあるかと思い、手に力を込める。
「ぐはっ……たすけて……」
死にたいのか死にたくないのか分からなかったが、自分の目的のためにここで殺すのは得策ではないと思い、手を離した。
潰れたカエルのような音を立てて男は地面に倒れ伏した。そして再度アレックスが尋ねると、男は答え、周りの人間も一様に頷いていた。
聞くところによると、いつの間にか道ができていて、今までかなり迂回しないといけないところ、直線で繋がったので交易に使用していたとの事。
アレックスが「なるほど」と得心している間に、周りの人間達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ちなみに、この件でここの街道には恐ろしい山賊が出ると噂になったのだが、それ以降現れる事はなかった。
アレックスは興味を失うと、そのまま来た道の真ん中を歩き出した。
途中何回か邪魔だと悪態をつくものもいたが、その度に無感情に森の中へと蹴り飛ばしていった。
その度に、それを見ていた者全員が、道の端へと避けていった。
森を抜けると、そこだけ道が整備されていた。ご丁寧に看板まで取り付けてあったがアレックスは気にせずに街まで歩いていった。
城壁の前へ辿り着くと、やはり十数人が列を成していた。
そこでアレックスは、身分証になるものを持っていない事を思い出した。
再度透明になって通り抜けようかと思ったのだが、時間帯的に人が多くすり抜けられる自信がなかった為、大人しく列に並ぶことにした。
列の前方ではなぜか全員が目を瞑り手を握り祈っていた。敬虔だなと眺めていたのだが、アレックスの後ろにはなぜか誰も並ぶ事なく、遠巻きに眺めているだけだった。
不思議に思いながらも自分の番が来るのを待った。
やがて自分の番が来ると、衛兵達は槍を向け警戒しだした。
その反応は正しいのだが、この場においてそれは悪手だった。
「一般市民に槍を向けるなんて」と言いながら槍の先端を掴んでへしゃげてしまった。そしてもう一本の方も握って砕いてしまった。
衛兵達は尻餅をついてしまい、遠巻きに見ていた人たちは我先にと、混乱しながら逃げていった。
そしていつ応援を呼んだのか、衛兵が数十人駆けつけた。
「大丈夫か!」の掛け声と共に抜刀し構える衛兵。物騒だなと思いながらも、これも修行だなと呟いて衛兵へと素手で向かっていった。
結果はというとアレックスの圧勝だった。音を置き去りにした攻撃は衛兵達が勝手に宙を舞っているように見えた。
「全く…住んでる住民に武器を向けるなんてそれでも衛兵か?」
「「「「「「「「ひぃっ!!!!!!!!」」」」」」」」
こんな化け物を街に入れるべきではない派と知らなかったふりして入れるべき派で言い争っていたが、結局全員が両脇に並び、一斉に頭を下げて通行を許可した。
一応、身分証の発行手続きを話はしたのだが、アレックスの耳には届いていなかった。
アレックスが家につき、扉を開けると悲鳴が聞こえた。
「きゃぁああっ!」
「どうした? ゴキブリでも出たのか?」
「違うわよって…その声はアレックス…?」
「そりゃあ俺の家でもあるんだから、当たり前だろう?」
「こんなに大きくなって……」
そういえば、家を出る前は見上げていたが、いつの間にか見下ろす形になっていたなと気づく。
その時、後ろで金属の擦れる音が聞こえたので、ゆっくりとした動作で体全体で振り返る。
そこには疲れた顔をした男が剣を構えて立っていた。初めて見るが、恐らくこの男が父親なのだろう。
「な…なんなんだお前はっ! つ…つつつ…妻から離れろ! う、うちに入ったって、か…かかか…金なんかないぞぉっ!」
声は震えているが、その行動自体は賞賛すべき事だと、アレックスの胸をじんわりと暖かくさせた。だが、心外な事に息子の顔を忘れるなんて父親失格だなと、急に冷めるものがあった。
アレックスは敵意は無いと、両手を広げて父親の前へと移動する。
震える手で握る剣は焦点が定まっておらず、何をしても危ないなと判断したアレックスは剣の先をひょいと掴んだ。その瞬間パキンと小気味のいい音を立てて折れてしまった。
それを見た父親は絶望の表情で落ちる剣の残骸を見送っていた。
床にはガラスの破片のような剣の残骸が散らばっていた。




