06 修行②
険しい岩肌を危なげなく登りきり開けた場所へと着いた。
振り返り眼下を臨むと、先ほどの森が見え、その少し先には自分の住んでいた街が見えた。
幾つかの城壁に囲まれており、真ん中には堅牢な城が見えた。
見た目重視より効率重視なその作りに、アレックスは僅かばかり好ましく感じた。
しかし、自分が思っていたよりかなり大きいなと認識した。大体メテオ三個分くらいだろうか。
そして、街を出る時に壁は一つしか無かったことから、アレックスの住んでいた家はかなり端っこの外周寄りだったのだと知ったのだった。
だが、アレックスはそんなことはどうでもよかったらしく、これから行う修行のメニューを考え始めたのだった。
* * *
「それで一体どんな修行をやったって言うんだ?」
魔王は既に強めのお酒を何倍も呷っていた。ただ悲しい哉、一切酔うことは無かった。
アレックスはショットグラスに入ったオレンジジュースを蛇のようにチロチロと舐めると、テーブルの上に置いた。
たった少量しか入っていないのだから飲みきればいいのにと魔王は思うが、そんな事を指摘すればあのショットグラスが眼窩にめり込んでしまうかもしれないと、嫌味を飲み込んだ。
よく見ると、入っていたはずのオレンジジュースはいつの間にか空になっていた。
猫獣人の女店主が注ぐが、注いだ瞬間に無くなっていく。
一体どう言う原理なのか分からず、グラスとアレックスを交互に見やってしまった。
何度見ても分からなかった。オレンジジュースは溢れてもいないし、アレックスの手は動いていないのだから。稀に口元に動かした時だけ、グラスに液体が残っていた。
そんな様子の魔王に大した興味を持たずに、アレックスは昔を懐かしむような顔をすると、ニヤリと笑って口を開いた。
「昔読んだ漫画で、感謝しながら正拳突きを一万回するというのがあった。あれはすごくかっこよかった。無駄で余計な事しているのにかっこいいとか反則だと思った」
魔王は何を言っているのか何一つ理解出来なかった。
「分からないって顔してるな」
「あ、あぁ…」
「まぁ、簡単に言うと、気を整えて拝んで祈って構えて突くんだ。それを一万回。流石に最初は大変だったよ」
手をヒラヒラと振りながら話すアレックス。
「まぁ、それだけじゃねぇよ? とりあえず何でも一万回。腹筋やスクワット。あと素振りなんかもそうだな。あと魔法も各種一万回。魔力が空になるまで撃って気絶して、起きての繰り返しだ。まぁ、そんな事ばっかりやってたから山が三つほど平らになっちまったがな。はっはっは」
魔王は出来るだけ平静を保とうとしたが、手のひらはじっとりとするほど汗をかいていた。このままグラスを持てば落としてしまいそうになるほどに。
「まぁ、獣を狩る時なんかは難儀したな。軽く触れると爆散してジュースになっちまうからな。加減を覚える方が大変だった」
猫獣人が「ひっ…」と呻いて震えるが、構わず続けるアレックス。
「まぁ最終的には綺麗に分解できるようになったよ。きっと自分がバラバラになったなんて気づいていないだろうよ」
こいつは何か精神的におかしいんじゃないのかと思い始める魔王。
もう酒ではなく火でも飲んだ方がいい気がしてきたと魔王は思った。
「それで、修行とやらはどうしたんだ?」
途端につまらなそうな顔をするアレックスはテーブルに肩肘をつき、もう片方の腕を上げて答えた。
「そうだな。筋トレから素振り、各種魔法を打ち終わっても気だるさは感じないどころか、まだまだ余裕を感じていてな。気がついたらまだ太陽が昇り始めているのを見て、帰ることにしたんだ。大体二、三ヶ月くらいか」
そんな短期間でこんなモンスターが出来上がるのだろうか。
魔王は猫獣人に「ヘヴンリーアングル」というかなりきつめのお酒を頼むと、一気に飲み干した。喉が焼け爛れるような感覚があったが、ようやく酔い始めてきたと内心ほくそ笑んでいた。
「まぁ、それで山を降りることにしてな、一気に飛び降りたらなぜかやたらと人がいるんだよ。問い詰めたら、どうやら、人様が作った道を勝手に使ってるってもんだから、その辺の奴らを消しそうになったよ。はっはは」
それを聞いて一気に酔いの醒めた魔王。
「殺してないよな?」
「まぁな。勇者になる父親が人殺しなんてみっともないマネ出来るワケないからな」
こいつの倫理観はどこかおかしいんじゃないのかと断定した魔王は、酒を飲むのをやめてしまった。
「なんだもう飲まないのか?」
「あぁ。これ以上飲んでも意味がないからな」
「まぁ、酒はほどほどにした方がいいぞ? 体に良くないからな」
今この瞬間が最も体に悪いなどと口が裂けても言えない魔王だった。
「き…肝に命じておくよ…」
それを聞いてアレックスはどこか上から目線な笑みを浮かべたのだった。




