03 目覚め
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目覚めるとそこは知らない天井だった。
漆喰を塗り固めただけのような天井で、少し薄暗かった。
そのままの体勢で辺りの見回す。照明のようなものはなく、窓と思しき場所には隙間だらけの粗雑な木で組まれた格子窓のようなものがあり、そこから僅かばかりの光が漏れ入ってきていた。
ここはどこなんだろうかと漠然とした考えのまま、体を起こすとやたらと目線が低い事に気付いた。
ぼんやりした頭で手を見るとやけに小さかった。そして、簡素な布切れだけをかぶっていたのか、布から出ていた素足も小さかった。
これは夢なのだろうか? やたらとリアルな景色で、VRでもここまでは表現できないだろうと考える。
そもそもがそういった機械を持っていなかったと思い出すが、自分が誰であったのかはどれだけ頭を捻っても思い出せなかった。
ベッドのような場所から降りると、ギシッと床が歪む音がした。改めて部屋を見回すと、どこか小汚い。
先ほどまで寝ていたベッドのようなものは木枠の中に敷き詰めた藁の上に布をかぶせただけのようなものだった。漏れ入った光に照らされ、部屋の隅に溜まった埃が目に入った。どうやらそこまで掃除されていないか手入れされていないのだろうと感じた。
再度ベッドに登り格子窓を開けると、目の前が眩むほどの光に襲われた。
やがて目が慣れると、そこはどうやら中世のような街並みだった。
漆喰のような壁と露出した木枠。屋根は色あせた赤や緑に青。というか、殆どが茶色にしか見えなかった。
そして、道ゆく人達の格好はどれもこれも小汚い。小汚いというよりは着古したと言った方がいいだろうか。
地面は土で、所々穴が空いていた。
ただ、見える範囲では浮浪者や酔っ払いのようなものはおらず、整備は行き届いていないが治安は保たれていると感じた。
ふと空を見上げるとまだ太陽が低い位置にあり、何時かは分からないがそれが朝だという事だけは分かった。
頭をポリポリと掻いて、ベッドを降りると、下から誰かやってきたようだ。
ギシギシと年季の入った音が近づいてきたからだ。
「おや、アレックス。まだ準備していないのかい?」
日本語ではないのだが、自然と言葉が理解できた。
その言葉を発した人物を見ると、やはり小汚いワンピースのような服に腰回りだけの使い古したエプロンを付けていた。
そして何よりふくよかだった。よくアニメ映画で見るような肝っ玉母ちゃんのような風貌だ。
年齢は分からないが、多分四十代前後といったところか。
美人でもないが、ブサイクでもない。まぁ、標準的な顔つきだなと思った。
しかし、一つ気になることがある。それは彼女が発した名前だ。『アレックス』と言ったか。それが自分の名前だと認識するのに結構な時間を要した。だが、自然とそれが当然の事実であると腑に落ちたのも事実だ。
呆然と母親と思しき人を見上げていたからだろうか。彼女は困ったような顔をして口を開いた。
「そんなじーっとて見てどうしたんだい。そんなにアタシの顔に見惚れちまったかい?」
冗談にしては面白くないが、別にそんな事を口にする必要もないと言葉を飲み込んだ。
そして、自然と出てきた言葉も面白くも無かった。
「ちょっと寝ぼけてたみたいだ」
「そうかい。それならさっさと顔を洗っちまいな。そしたらご飯だよ」
「分かった」
考えても無駄だと思い、そのまま母親と軋む階段を降りる。
降りると自分より小さな子供が二人いた。椅子に座って船を漕いでいる。
降りて戸惑っていると、「大丈夫かい?」と真剣に心配された。
どうやら水道のようなものは無いらしい。どうやら外にある井戸に行って、水を汲んで洗うんだそうだ。
これは朝から随分と重労働だなと顔を顰めた。
顔を洗って戻ると、簡素なテーブルの上にはいくつかのパンが乗っていた。
どうやら朝からビールではないようで安心した。
よく考えたら、先ほどの井戸の水も汚くはなく、寧ろ綺麗だった。
てっきり中世風の世界なので、水も汚いのだろうと思っていたが、どうやら少し違うようだ。
よく分からない祈りを捧げてそれぞれがパンに手を伸ばした。
全体的に黒っぽくて固い。千切って口に放ると、口の中の水分を全部持っていかれる程パサパサだった。
そして大して美味しくもないが、この世界では一般的なものなのだろう。
それにしても一体ここはどこなのだろうか?
どうしてこうなっているのだろうか? 夢にしてはリアルだし、水の冷たさもパンの味もしっかりと感じることが出来た。であれば、これは所謂転生というものだろうか?
前世での自分の記憶はあまり無く、今世での自分の記憶に関しては一切無い。
ただ漠然と一般常識程度の知識しか無かった。
しかし、こんな子供ではやりたい事も出来る事も限られてしまうなと考える。
しかし、今は喫緊の優先事項がある。手に持つこのパンの処理だ。どうしたって水分が持っていかれるし、美味しく無い。どうやって食べ切ろうか。これが非常に悩ましい。
二人の子供。見た目的に弟と妹だろうか? 二人に分け与えようか?
だが、二人ともさっさと食べ終わり、軽くゲップをしていた。きっと貰ってはくれないだろう。
母親からの不審な目線に気づき、さっさと口の中に押し込んで飲み込んだ。
これからこんなものを食べていかないのかと思うと辟易した。
テーブルの上には小さなパンくずが残ったままだ。
辺りを見回しても小さな箒やチリトリは見当たらない。
まさかこのままにしておくなんて事はないだろうと思っていたその時、母親がなにやら手首をくるくる回しながら何かを口にした。
「クリーン」
その瞬間、小さな風が巻き起こり、部屋の隅にあった小箱へと吸い込まれるよに入っていった。




