02 理由
「だが、ここを離れる訳にはいかない。飲みたいのならばお前が持ってこい」
男は横柄な口調で言い切った。
魔王をお前呼びする時点で相当アレな頭の持ち主なのだが、これまでの事を思い出せばまだ軽い方だと自重する。
それに魔王はこうなる事も予測済みだ。その為にあの無能そうな男を連れてきたのだ。
「大丈夫だ。代わりのものを呼んである」
振り返ると、そろ〜りそろりといった感じで逃げ出そうとしていたので、慌てて走って捕まえ、首をがっちりとホールドしたまま連行した。
あまりにも暴れるもんだから、その勢いのまま男の前へ放り投げた。
「なんだこいつは? 食ってもマズそうだぞ?」
「ひぃっ!」
「待ってくれ! 君は人も食べるのか?」
「食べたことは無いが、背に腹は代えられなくなったらそうなるだろう」
にべもなくそう言い切る男に、自分の危機管理に対する意識も低かったのだと改めて理解した。
「で、こいつがなんなんだ」
「あ、あぁ…。そうそう。君がここを離れたくないのは知っている。だから、勇者…だっけ? その勇者とやらが来たら彼にここで足止めしてもらえばいいのさ」
「こいつに?」
未だ地面で怯えている男につまらなそうな顔を向ける。
「まぁ、言われたことくらいは出来るだろう、出来るよね?」
「え。ええ。多分…」
そこは嘘でも言い切って欲しかったと、苦虫を噛み潰したような顔をする魔王。
「まぁ、いいだろう。もし足止めできなかった時は、お前ら二人とも真っ二つだ」
「はは…。肝に命じておくよ…」
魔王は、どうして自分がこんな気分にならないといけないのかと自問した。
そしてこの場に留まらせた方の男は、どんだけ震え上がっているのだろうかと思っていたら、もう既に丸太に座り、ちゃっかり持ってきていたマシュマロを串に刺して焼き始めていた。
この中で一番の小心者は自分だったかと、悲しくなった魔王だった。
だが、あの男をあの場から引き剥がせたのは良かった。そう思った魔王だが、その認識は間違っていたようだ。
門をくぐった瞬間、先程のやり取りを見ていたのだろう。一斉に店を閉められてしまった。その早さは一瞬で、瞬きをするより早かった。
その中で、一件開けっぱなしの店があった。どんな勇者が営業しているのだろうか? そこ一件しか開いておらず、どんな人物が営んでいるのか気になった為、この大男をあの店へと誘った。
「あそこの店にしよう」
「分かった」
一応返事は出来るんだなと、評価を1上げた。現在の好感度は−9999だ。
店に入ると、猫獣人の女がカウンターで腕枕をして寝ていた。
自分より危機感の低い人物がいたことに内心ほっとする魔王だった。
入り口の扉の鈴が鳴ったことで、目をこすりながら起き伸びをする。そして目をパチクリとさせて魔王と大男を見て猫獣人の女は目を大きく見開いてそのまま固まってしまった。瞳孔と虹彩が開きっぱなしだ。
ただ呆然と立つ大男が何かしでかさないか気が気でない為、なんとか猫獣人を揺さぶって正気を戻した。
「(すまない。報酬は弾むから何とかやってもらえないだろうか?)」
「(ニャ! どのくらいものらえるんかニャ?)」
「(このくらいでどうだろうか?)」
「(流石魔王様ニャ! がんばるニャ!)」
下手なことして身体に大穴を開けられるくらいなら、このくらい安いもんだ。この店を新築にして、全部のお酒を仕入れても、かなり残るだろう。
とりあえず大男を椅子に座らせる。椅子が壊れなかったのは幸いだ。
「じゃあ、何を飲みますかニャー」
ニコニコしながら接客する猫獣人の女。どうやら店主だったようだ。それにしても、さっきとは打って変わって普通に接客している。やはり金の力は偉大だなと魔王は思った。
そういえば、先ほどここ以外のお店が閉まってしまったが、この大男が店に通っているというのは報告を受けていたのだが、一体どうやって路銀を稼いでいたのだろうか? まさか、踏み倒している訳じゃないだろうな? 魔王は疑う様な目で見たが、それを聞いたところで嗜めることも出来ないので、直ぐに視線を逸らした。
それにしても、町の住人のあの怯え様は異常だ。その理由も探る為に、話を聞いていくことにした。
とりあえず、飲むという名目で連れてきたのだお酒を頼まない訳にはいかない。
魔王は店主の後ろにある酒瓶のラベルを見て、一番アルコールの強いものを選んだ。
「じゃあ、ポイズンスラッシュをストレートで」
「ニャ! こんな強いお酒をストレートだなんて、流石魔王様はお酒も強いんだニャー」
どちらかというとあんまり酔わない魔王だが、これからずっと正気を保っていられる自信がないので、強いお酒の力を借りようとしているだけだった。
目の前には紫色を更に煮詰めた様な色のお酒がグラスに注がれていた。知らない人が見たら葡萄ジュースに見えるだろう。
対する大男は軽く顎を上げて淡々と注文した。
「お酒は飲まないからオレンジジュースをくれ」
「は? オレンジジュース?」
「ああ。俺の尊敬する人の一人でな。酒は飲まないからオレンジジュースを頼むんだ。だから俺もこういう場ではオレンジジュースしか頼まない」
今までで一番長いセリフを言ったなと魔王は思った。しかし、そんな事よりも、この図体でオレンジジュースは何かの冗談だと思った。
しかも小さめのショットグラスに注いだオレンジジュースを舐める様にチビチビと飲んでいるのが腹立たしかった。
「さて、何が聞きたいんだ?」
カウンターに肘をついてそう尋ねてきた大男。
「あ、あぁそうだな。その前に名前を聞いてもいいかな?」
「まず、自分から名乗る」
いちいち癇に障る男だなと思うが、それもそうだなと思って、まず名乗った。
「私はサタン。ごくありふれた名前だよ」
「そうか。確かに極ありふれたつまらない名前だな。だが、確かに見た目通りだな……。俺はアレックスだ」
「…分かったアレックスだな」
「あぁ」
魔王はまさか普通の名前だとは思わなかった。そして、自分同様にありふれた名前だ。どの口で言うんだと思ったが、なんとか必要な分だけを口にする事ができた。
しかし、思いの外質問に答えてくれるなと思った魔王は最大の疑問を口にした。
「なぁ、アレックス。どうして魔王城の前を占拠しているんだ?」
「なんだそんな事か」
にべもなく言い放つアレックス。
「そうだな…どこから話したもんかな…」
アレックスはどうしてこんな事を始めたのかをゆっくりと。そして意外にも丁寧に話し始めたのだった。




