15 旅立ちの日
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アレクサンダーが六歳になった頃、ふとアレックスは思い立ったように立ち上がった。
家族はいつもの奇行の始まりだと思い、特に気にもとめなかった。普段通りの日常を過ごしていた。
尤も、彼ら以外にとっては、非日常的ではあるのだが、感覚が麻痺しているので誰も気がつくことはなかった。
アレクサンダーが生まれてからというもの、幸いな事にアレクサンダーは家の女性陣の必死の抵抗により、変な教育を施される事はなく、すくすくとまともな子供に育っていった。
近所の子供からも引かれる事なく接してもらっている。
父親がアレックスであると知らない子供もいるくらいだ。
勿論、それを知ってしまえば、アレクサンダーと遊んでくれる子供はいなくなってしまうだろう。だから、アレックスを子供の遊び場へ近づく事を禁じていたのだ。
アレックスが触れると、他の子供が怪我をしたり亡くなってしまう可能性を伝えたところ、「確かにな」と手を開いたり閉じたりしながら了承の意を示してくれた。
流石のアレックスも薄々感づいていたのかもしれなかった。
アレクサンダーは、家族の中でも、特に過保護に育てられた。
それというのも、生まれて数日後に、アレックスが謎のバネのついた拘束具を取り付けようとしたのを見て、こいつに育児は任せられないと。どんな悪事をされるか分かったもんじゃないと、常に側にいて見張っていたのだ。
アレックスも赤子の世話をどうしたらいいのか分からず、そのまま任せっきりにしていたのだ。
尤も母親のローズは、弟と妹の世話をしていたはずなのに、ついぞ脳みそまで筋肉になってしまったのだなと、憐れみの表情をしていた。
それが功を奏したのか、アレックスのようにはならなかったが、今後アレックスのようにならないか保証は無い為、日々気を張ってはいる。幸いな事に兆候はカケラもなかった。
アレクサンダーが産まれてから、ずっと鍛錬ばかりしていたアレックス。
話によると、諍いを起こそうとした国を一つ消したとか消してないとか噂になっていた。
アレックスならやりかねないと誰もが思っていたが、一体どこの国が消えたのか誰も知らなかったのだ。気がついたら領土が増えていたらしく、下手に深掘りしてそのまま自分の墓にはしたくないと、誰もが意識の中から消そうと頑張っていた。
そんな時にアレックスがいつものように王城へ向かって歩いていた。
今日も国王の都合のいいように使われるんだろうなと、誰もが考えていた。
半分正解ではあるが、半分は間違いだ。
彼らはある意味で共犯者なのだ。国王の頼みがあれば、ただ頷いて依頼を達成するアレックス。そして、アレックスが望めば国王以下配下達は従わなくてはならないのだ。
そして今日初めてアレックスが国王へ頼みごとをしにいくのだ。
無遠慮に王城へと入り、慣れた庭を歩くように国王の前へと歩いていく。
「む。アレックスか。今日は特に頼みごとはないのだが…」
「今日は俺が頼みたい事があってきた」
特に表情を作る事なく、淡々と告げるアレックス。
「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」
それを聞いた国王や衛兵達は驚き身構えてしまった。
暴力の権化のような男が先触れも出さず(今まで一度も出したことはないが)、頼みごとがあるなどと言ってきたのだ。身構えない方がおかしい。
その場に居合わせた宰相や文官。そして国政に携わる貴族は思った。そろそろ国を譲れと。でなければ、暇つぶしに領土拡大を図るのかとも思った。
アレックスには前科がある。以前国境近くで鍛錬をしていた時、たまたまそれを見た隣国の兵士達がアレックスに襲いかかってしまったのだ。
無論、そんなところで鍛錬をしていたアレックスが悪いのだが、人の生き死に興味のないアレックスはそのまま一個大隊を消し去ってしまったのだ。
そしていい機会だと判断したアレックスは大規模魔法を幾つも発動し、国を潰してしまったのだった。
あの時の事後処理がどれほどに大変だったかを、彼らは思い出し青ざめるのだった。
それ故にアレックスが何を言い出すのか、戦々恐々としていた。
そして、叶えられる内容ならば叶えてしまおうと考えていた。それは王の座ですらも…。
「そ、それで頼みとはなんだ?」
王というより、会社の部下の相談に乗る上司のような話し方をする国王。
「ああ。俺の息子の事だ」
「息子……」
この場にいる全員がアレックスの子供の事を思い出していた。アレックスに似ていないかわいらしい子供だ。是非ともそのまま育って欲しいと皆が思っていた子供だ。
「アレクサンダーも六歳になった」
「そ、そうか…。時が経つのは早いものだな…」
この六年で王国の領土はかなり広がっていた。隣国は緩衝国や緩衝地帯を次々に作っていったが、その場所が責められるなら併合を求めた方が生存確率が高まるだろうと、併合を求めたのだ。
そして、それに激昂した国はアレックスが滅ぼし、それをみた別の国は領土を差し出したりとしていった結果。
その結果、かなり広大な領土が出来上がってしまったのだった。
そんな事を遠い目をして国王は思い出していた。
「それでな、旅に出ようと思うのだ」
「そうか……え、旅?」
「そうだ」
「なっ…急にどうして?」
「俺には夢がある。その為には必要な事なんだ」
「そ…そうか……………」
それを聞いた全員の顔が白くなった。つまり他の国へ迷惑を輸出してしまうという事に。そして、アレックス不在になったらこの国は攻め込まれてしまうのではないだろうかという危惧だ。
「安心しろ。この国に何かあれば防衛機能が働くような魔法を構築して設置しておいてやる」
「そ、それはありがたいが……」
歯切れの悪い言い方をする国王。もしかして旅ではなく世界征服の旅に出るのではないだろうか? そう思うのも無理はなかった。
「そこで王には頼みがある」
「は、はい! なんでしょう」
直立で立ち上がる国王。それに倣って他の全員も姿勢を正した。もうどちらが支配者か分からない状態だった。
「俺の息子が十六歳になったら、呼びつけて旅に出るよう指示をするんだ」
「へ?」
「その時は50ゴールドと木の棒を武器として支給しろ。そうだな材質はヒノキでいいかな。あぁ、あと、酒場で仲間を集めるよう助言もするんだ」
「はい?」
アレックスの言っている意味が分からなかった。間抜けな声も出ようというものだ。
「俺は魔王城の前で待っている。後は頼んだぞ」
「え…あの…」
誰もが戸惑いを隠せない中、アレックスは振り返る事なく王宮の間を出ていってしまった。家に帰ることすらなく、そのまま街から出ていってしまったのだった。




