14 狼狽
* * *
それを聞いていた魔王はすっかり酔いが覚めてしまった。95度以上の強い酒を飲んでいるのに、みるみるうちに酔いが覚めて頭がスッキリしていく。
顔は熱くなるどころか、どんどんと熱を失っていく。
こんな時に猫獣人の店主は呑気にグラスを磨いていた。いや、よく見るとグラスと布が微かに震えていた。どうやら何かしていないと気が気でないのだろう。
相変わらず、アレックスは気持ちの悪い飲み方をしている。
魔王は何の気なしに思った事を口にしてしまった。
「それにしてもよく、捕まらなかったな」
「どこに捕まる要素があった?」
マジかこいつと思いながら、それ以上は突っ込まなかなった魔王。
そこで、失言と気づいたからだ。アレックスの機嫌を損ねたら、自分はともかく、この周辺一帯が無に帰してしまう。それだけは避けなければいけないと、魔王は心の中で頭を降ってアレックスに向き直る。
そして、話の続きを促すと、珍しく視線を逸らして頬を掻いた。
どうした事だろうかと、黙って話を聞く。
「もっとちゃんと授業を受けるべきだった。やり方が分からなくてな。言われるままにやったら一つ下の穴に挿れてしまってな」
魔王は隠す事なく顔をクシャッと顰めた。「あー聞きたくない聞きたくない」と今にも耳を塞いで話を終わらせたかった。
しかし、逆に不思議な好奇心も芽生えた。よく入ったなと。
この体格だ。さぞや大っきいのだろうと、好奇心と嫌悪感と嫉妬心とほんの少しの敗北感を感じていた。
猫獣人はなぜか興味津々といった感じで、頬を朱らめて、磨いていたグラスを置いて聞く体制に入っている。
魔王は少し呆れながらも、下世話な話題に興味が湧いてしまった。
猫獣人とは違って、よく子供が作れたなという方にだが…。
「それで、その後はどうしたんだ?」
「あ? あぁ。そうだな。流石に怒られた」
そりゃそうだろうと思うが、口にしない魔王。
「そういうのは一言断ってからやれと言われた」
ガクッと肩を落とした。
それから、アレックスは恥ずかしがる事なく、ただ淡々と話すにとどめた。
「しかし、ああいうものは犠牲が生じるものなんだな」
「は? 何? もしかしてころ……」
最悪の想定をした魔王だったが、アレックスは何の事はないと遮って、話を続けた。
「いや、ベッドは潰れるわ、床は抜けるわ、挙句に壁は崩れる。十日もやっていると、家が崩れてしまった。その場しのぎの魔法で直しても家がボロくてな。結局新しく建て直す羽目になってしまったよ」
「そ、そうなんだ……」
どんだけパワーがあるんだこいつはと思いながら、よく家が潰れるほどの情事をしておいて、嫁さんが無事だなと変な関心を抱いていた。
「それで、まぁ気づいたらマリアのお腹が大きくてな。どうやら妊娠していたらしい。通りでマリアは嫌がるわ、母親やマリーが止めに入るはずだと思ったよ。何回かはじき飛ばしてしまってな。悪い事をしたなと謝ったよ」
魔王は、アレックスが『謝る』という行動をとることが出来たのかと驚いていた。
「そうかほどほどにな……」
そして、魔王は訳が分からなくなった。手で顔を覆って小さく呻いてしまった。
これではまるで何も知らない子供がそのまま大きくなっただけじゃないかと。いや、子供でももう少し利発だと。
目の前にいるこの大男はサイコパスのモンスターか何かではないかと思い始めていた。
「と…ところで、子供がいるんだったか?」
「あぁ。お前に挑む前に俺に挑む事になっている予定の自慢の息子だ」
「ちょっと何言ってるか分からないが、その息子さんは本当にいるんだよな?」
「あぁ。いるぞアレクサンダーと俺が名付けた」
「アレクサンダー? 君がアレックスなのにか?」
「何か問題でもあるか?」
「いや、分かりづらいな…と」
「魔王を斃す者。つまり、俺を超えなければいけないのだ。であればより上位の名前をつけるべきだろう?」
「上位……?」
その表情は親というよりも、強い敵を望む格闘家のようにも見えた。
「それに、アレクサンダーに倒される。それが俺の目標でもあり夢なのだ」
「なぜ、倒される事が夢なんだ?」
「かっこいいからだ」
「かっこいい?」
「ああ…。この世で最も強い敵に挑む前に立ち憚る試練。そして、そんな試練である俺を倒し、魔王へと挑む為に歩んでいく息子を見届けるのが最高にかっこいいだろう?」
「かっこ…いい…?」
魔王は全く理解出来ないといった顔をした。何故なら、目の前でオレンジジュースを気持ちの悪い飲み方しているこの男こそが、この世で最も強いのだから。
そんな奴を倒せる者など存在しないだろうに。
このままずっと永遠に魔王城の前を不法占拠され続けるのだろうか。そう思った瞬間ある事に気づいた。
「ところでその息子さんは本当に来るのかい?」
「当たり前だ。息子が六歳の時に家を出たからな。ちゃんと王にも旅に出るよう釘を刺しておいたからな」
物理的に刺してないだろうなと魔王は思いながらも、一つ胸ぐらを掴まれるかもしれない事を告げた。
「でも、君がここに来てから15年経ってるぞ」
「何?」
酒場の室温が一気に100℃くらい下がった気がした。
アレックスは持っていたショットグラスを粉々にしながら、何やら考え始めたのだった。




