01 憂鬱
今回も読んでいただき、ありがとうございます。
魔王は何度目か分からない深い溜息を吐いた。
それは酷く憂鬱であったが、民を統べる者として、全てを投げ出したくなるのを必死に堪えていた。
それというのも、約十五年もの間、魔王城の門前に居座る男のせいであった。
今まで何度も退去勧告をしたが、梨の礫だった。
一体何の目的があってあんな暴挙をしているのか。問うたら応えてくれるだろうか?
最悪、胴体が真っ二つになる可能性を鑑みて、自分の亡き後に後継者がしなければいけない事一覧をしたためた封書を執務机の上に置いた。その手は微かに震えていた。
そして、封書を置いて何度目か分からない深呼吸を繰り返し、張り付いていたかのような重い腰を上げたのだった。
魔王は、魔王城内の事務室へ訪れた。
事務室内の職員は忙しいのか、軽く目線を上げただけで、再び仕事を続けた。
そんな中で一人、暇そうに笑いながら話しかけては無視されている男がいた。
「君、暇かね?」
その男は魔王に声を掛けられた事が嬉しかったのか、尻尾を職員に当てるほどブンブンと振り回しながら近づいてきた。やたらに顔中汚いヒゲが生えており、声は聞き取りづらいダミ声だった。
「ははっ! 魔王様にお声がけいただくなど、恐悦至極に至りまするぅ。本日はどのような件で、この優秀なワタクシめに?」
勿論、職員は全員が無視を貫いていた。余程嫌われているらしい。であればいなくなっても構わない好都合な人物だと魔王は認識した。
「ああ。そんな優秀な君に着いてきてもらいたい場所があってね」
何の説明もしていないのに、その男は既に昇進が決まったものだと勘違いしていた。酷く不愉快になる程に地の底から響くようなダミ声でグフグフと笑っていた。濃い顔と相まって不愉快だ。顎をさするザリザリという音も不愉快だが、これほど適任な人物もいないと、魔王は淡々と対応していた。
「では、行こうか。じゃあ、すまないが彼を借りていくぞ」
心なしか職員は安堵したような表情をしていた。そして、「どうか返却してくれるなよ」という強い怨嗟のようなものを感じ、魔王は身震いした。
「どうかしましたか?」
ヒゲ男はのほほんとしていた。ナルホド、どうりで仕事が出来ない訳だと、変な納得の仕方をしてしまった。
魔王城城下町の東側にある旧門の前に着いた辺りで、漸くヒゲ男が狼狽え出した。カンの鈍いやつめと魔王は小さく舌打ちをした。
逃げ出そうとしたので、首根っこを掴んで引きずっていく。
どちらかといえば非力な魔王に引きづられるほど、ヒゲ男は弱かった。
ちなみに旧門としたのは、今は使っていないからだ。そう、あの男が占拠し国内外からの非難が殺到し、物流も滞った為、別の正門を作ったのだ。
未だここにいるという事は気づいていないのだろう。
「私が声をかけるまでここにいるんだぞ? 逃げようなどとは思わない事だ」
「いやいやいや、魔王様でも簡単に殺されてしまいますよ? 魔王様に何かあったら速攻で逃げますからね?」
このヒゲ男は、私がみすみすと殺されに行くと思っているのだろうか?
隙あらば逃げ出そうとチラチラと周囲を見回している。魔王は、この男がどうしてこんなに人望が無いのか分かった気がした。
あのヒゲ男が逃げたら別の方法を考えればいいと、半ば諦めながら旧正門をくぐった。
ここからでも分かるほど異様な光景だ。
自分で切り倒したであろう丸太に座り焚き火をしていた。
別に焚き火をしていても構わないとは思うが、焚き火をしている場所が問題だ。
道を塞ぐように真ん中で行なっているのだ。
近づくにつれ。その男の異常なまでの大きさに内心震えが止まらない魔王。
男の背後に立っているというのに、全く動じずに火加減を見ている。男の近くにはどこかで獲ったのだろうか野生の動物が皮を剥いだ状態で吊るされていた。どうやら血抜きをしているらしい。
まだこの辺りにも動物が残っていたのかという驚きの方が勝ってしまった。
ふと、思い至って周りを見回してみる。
木々は切るのが面倒だったのか、ひしゃげたり押しつぶすようにして折られた切り株がいくつもあった。
周りが見通せるくらい大きな森があったはずだが、全てこの男に刈られてしまったようだ。はるか先まで森は見えない。代わりに城壁がよく見えた。
それらの木々は家を作るためではなく、無意味に焚き火用の薪に変えられていた。
この近くには小さな綺麗な泉があったはずだが、この男が風呂がわりにしているのか、茶色く濁っており、周りに生えていたであろう草は全て枯れていた。
あまりにも変わり果てた景色に、絶句するしかなかった。
どれくらいの間黙っていただろうか?
一分? 一時間? 体感では一年にも感じられたが、ずっと黙っている訳にはいかなかったので、意を決して口を開く。
最初は搔き消えそうな声量だったが、三回目でようやくまともに声に出せた。
「な、なぁ…飲みに行かないか?」
男はその言葉を聞いてのっそりとした動きで首だけで振り返った。
今まで何を言っても暖簾に腕押しだったのに、こんなに早く反応があるとは思っていなかった。
それにしてもと魔王は思う。振り返った男はまるでふてぶてしい熊のような顔をしていた。丸太並みに太い腕に、塔くらいの太さはあろうかという胴体。一体どう鍛えればこうなるのだろうかと魔王は思ったが、口にはしなかった。
男は顎をさすりながら、考える仕草をした。
「いいだろう」
その声はなんとも獰猛な動物のような声だった。
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