第14話 国籍不明のスープ
―アレックス(多国籍)―
アレックスは、国を転々としてきた。
フランス、タイ、メキシコ、モロッコ。
名前の通り、
どこにも“完全には属さない”料理人だった。
「君の料理は、
コンセプトが弱い」
そう言われたのは、一度や二度じゃない。
「何料理なんだ?」
「売りにくい」
評価は、いつも同じところで止まった。
「……料理に、国籍なんて必要か?」
反論はしなかった。
言っても、届かないと知っていたから。
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ある店で、
アレックスはついに言われた。
「悪くはない。
でも――看板にならない」
その日、
彼はエプロンを外し、
当てもなく夜の街を歩いた。
空腹だった。
心も、同じくらい。
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小さな灯りに引き寄せられた。
ミルティユ。
「……また知らない店だな」
中に入ると、
蒼井透が一人、鍋を洗っていた。
「今からでも、食べられますか」
「ええ。
少しだけお時間をください」
「国籍、聞かないんだ」
蒼井は手を止めずに答えた。
「必要ですか?」
「……いや」
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出てきたのは、
見たことのないスープだった。
香りは複雑。
だが、飲み口は驚くほど優しい。
「……これ、
何料理?」
「あなたの、だと思います」
アレックスは吹き出した。
「ずるいな、それ」
「褒め言葉として受け取ります」
蒼井は淡々と言った。
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スープを飲み干したあと、
アレックスは静かに言った。
「俺、
どこの店でも“中途半端”だった」
「そうは思いません」
「……ここなら?」
「ここでは、
“中途半端”は、
“混ざり合っている”という意味です」
その言葉に、
アレックスは少しだけ黙った。
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数日後。
「雇ってほしい」
「条件は?」
「俺の料理、
名前つけないで」
蒼井は頷いた。
「では、
客が名前を決めることにしましょう」
アレックスは笑った。
「……いい店だな、ここ」
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その夜、
ミルティユに並んだ一皿。
国籍不明。
ジャンル不明。
だが、
確かに“誰かを救う味”だった。




