6話 タルローの森4
「これは、なかなか酷いな。」
タルローの森北部。辺りの中低木は焦げ落ち、冷たい空気には微かに灰の匂いが混じる。
「見ただけで4箇所、幸いなことに広がっちゃいないが…。」
困ったようにガイは水色の髪頭を掻く。
ここにくるまでにも、いくつか、足元の焦げ跡を見つけていた。
「…どこも同じような焼け方だわ。同一犯でしょうね。」
「人為的なものにしては頻発かつ小規模、何かの魔物かしら。」
「風が日に日に冷たくなってます。放っておけば大きな火災につながるかも。」
夢幻の巣を抜けてから、魔物との遭遇が増えている。森の中、静かに、しかし確実に生き物たちは動き、その時に備えているようだ。
「どこも火元は地面の方だ。魔物なら小型だろうな。」
地面を見やれば、不穏な風が足元を通り抜けた気がした。
―ガサガサッー
パッと音のした方に一同が注意を向ける。緊張感が走り、誰かの息をのむ声が聞こえた。
「――、すまない。邪魔をしたようだ。」
肩で切りそろえられた黒い髪、大渕の丸眼鏡の奥、ばつが悪そうに細められた瞳。音の先にいたのは、美青年だった。
「いや、こちらこそすまなかったな。別にアンタに敵意を向けたかったわけじゃないんだ。」
ガイがパッと空気を入れ替え、先方に謝罪する。六人の冒険者から、一斉に警戒されれば、普通の人であれば恐怖を感じても仕方がない。
「私はアペレス、学者をしている。」
しかし、美青年 アペレスは予想に反し、あっけからんと身分を明かす。質のよさそうな黒い衣服は、全て緻密な金の刺繡が施されている。高い身分なのかもしれない。
「アペレスさん、今この森でフィールドワークはやめておいた方がいいわ。いたるところで火災が起きているから。」
「む、私がここから南東の街から来た時は特に異常はなさそうだったが。」
アペレスは形の眉を寄せ、怪訝そうにする。彼がそうのも無理はない、
「俺たちと同じ方向からだな。あそこらへんは夢幻の巣があったんだ、そこにほとんどの魔物は引っかかったんだよ。」
「このあたりの森で夢幻の巣か、珍しいな。あの蜘蛛は大きいからな。もっと年中鬱蒼とした環境に多い。」
見開かれる黒曜の瞳。
「確かにこの辺りはの木は落葉が多いものね。でも今回の個体は縮小スキルを持っていたのよ。」
「なんだと?興味深いな。それならば、渡ってきたのか。この辺りで生態系として組み込まれているならなお面白いが。」
「スキルと血縁の相関関係の報告例もあるものね、あり得ない話ではないわ。特に人間より魔物に顕著みたいだから。」
「ああ、それは昔から言われているな。諸説あるが、私としては悪くない見立てだと考えている。」
ベラとアペレスの学者談議に花が咲く。ベラは俺たちのところに来る前は研究者であったようだから、どこか通ずるものがあるのだろう。
「おい、そろそろ行くぞ。あんま時間がねえ。」
レオが声を発する。確かにあまりもたもたしてもいられないのだ。この辺りの焼け跡はまだ新しい。
「あら残念ね、しょうがないわ。アペレスさん、そろそろ行くわね。」
「ああ、火災の件承知した。最近はフィールドワークが多いんだ。また会ったらよろしく頼む。
あなた方を、ティエラルボールの星屑が導くだろう。」
かつてアカデミーで耳にした、古い祈りが、美しい発音とともに俺たちに残された。
―あれから半刻ほど。
「いやあぁぁあああ!何よ、こいつう!」
俺たちは、火の雨に降られている。
「ベラっ、援護はとりあえず後回しで、周囲の水膜を広げろっ。」
レオの掛け声とともに、戦闘域の水膜が広がる。これがなきゃさらに火災区域は広がるだろう。
「テンッ、こんな単調な攻撃くらい、スキルで何とかして見せなさいよっ。」
「やってんだが、攻撃速度が速すぎるっ。」
―ぷるるんっー
俺たちの目の前、燃え盛る球体。「炎スライム」が火球と共に跳ね回っていた。
「いくら炎スライムと言えど、マジックスライムではないわ。こんなに無尽蔵では打てっこないっ。」
炎スライムは、耐火性と炎魔法が得意なだけのスライムのはずなのだ。
「俺もわかんねえよっ。」
話している間にも、焼け落ちた木々俺たちを襲う。
「速度と治癒に集中します!攻撃の前にはご指示をっ。」
「耐火の秘薬は持ってあと30分よ、急いで!」
フルフルと絶え間なく揺れる小さな体、マナが尽きる気配はない。
「……マジックスライムほどではないと言えど、スライムはマナ親和性が高い種族…。」
マナ親和性とは、外界のマナを体内に取り込む力だ。
「ーーおいテン、またかよ……。ボサッとすんな。」
レオが渋々、自身に降りかかる火の粉を剣で排したのが分かった。あと少しで、何かが分かる気がするのだ。
あたりを見渡せば焼け落ちる木々、むせかえるような熱気が渦巻き、秘薬がなければ、肺は焼き切れているだろう。
「……そうだ、ベラ。」
水膜を必死に維持する彼女が目に入る。彼女のスキルなら――。




