5話 タルローの森3
「み、見つかった……」
夢幻の巣から脱出して1時間ほど。夢隠しの蜘蛛が、瓶の中でかさりと動いている。
冬の森と言えど、足元には少なからず植物が茂みをつくり、影ができていた。色は目立つと言えど、体長5センチほどの蜘蛛を見つけるのにはなかなか骨が折れる。
「これだけ大きな巣だ。離れるのは惜しいだろうし、近くを探したのは正解だったな。」
「そうね、火災で魔物も動物も少なからずこっちに流れてる。そこを狙わない手はないもの。」
幻影中でリリスが見た、サラマンドラや他の動物の他にも、やはりあたりには点々と死骸が転がっていた。
「人への被害がなさそうだったのが幸いねえ。」
「だな、むしろ魔物の流入が防がれてラッキーだったんじゃないか?」
不謹慎ではあるが、ガイの言うことはもっともだった。特にサラマンドラは数が多い、この量が街に流れたら多少なりとも被害が出るだろう。
一同に安堵の空気が流れる。タルローへはそれほど焦らずとも済みそうだ。
「――あの、ところでどうしてこの夢隠しの蜘蛛はこんなにも小さいんでしょうか?私が協会にいた時に教えてもらった話では、幼体でもそれなりに大きかったはずです。」
「それもそうねえ、魔法という線もないわけではないけれど、そこまで知能の高い魔物ではないし……。」
個体差にしては小さすぎる瓶の中の蜘蛛を見る。幻影魔法なら、瓶に入ることはできない。
「ーああ、それはな、恐らくだがスキルだと思うぞ。リリス、一遍試しに鑑定してみろよ。」
スキルの鑑定は既知でなければ難しい。敵のスキルを見抜くためには状況から仮定する必要がある。
「ええ、いい案ね。それで私が鑑定できなかったら原因は別ってことだわ。」
――再び、リリスの瞳が淡く光りだした。
「うふふ、まさか縮小スキルを持った夢幻の蜘蛛がいるなんて、驚きだわあ。」
――鑑定の結果、ガイの予想は見事に的中した。
事がおさまったのは夕時、俺たちは小さく起こした火を囲み、食事を共にしている。
「ひぃっ、何で結局生け捕りにしてるわけ?気が緩んでから見たらやっぱそいつ気持ち悪いわよ。」
ベラの深い紫の、ビロード製の外套から、手のひらサイズの小瓶が覗いている。
無造作に入れられたいくつかの枝葉には、絶え間なく糸が巻かれていき、マナがオーロラのように漂う。
「そうか?俺は綺麗なもんだなと思うけどな。普通サイズならデカくて気持ちわりいが、こいつはちょっと可愛く見えてきたぜ。」
「え、本当ですか…?私は苦手ではないですが、あまりじっとは見ていたくないかも…。」
「セイラの言う通りよ…さっきからカサカサカサカサ、瓶に入っていなければ異音でしかないわっ。」
今日の夕食は、街から出たばかりだから牛の肉と野菜の煮込みだ。
レオと俺に関しては、虫に対しては特に何も思うことなく、温かいうちに口に運んでいく。
「リリスちゃん、そうも言わないで。夢隠しの蜘蛛の糸は高級素材…きっとこれから役に立つから。」
「え?そうなんですか?」
「ええそうよ。マナの純度が高く含まれる糸だから、錬金術に重宝するの。幻紡糸って私たちは呼ぶわね。」
通るたびに景色の変わる高度な幻影魔法。その元となる糸には確かに高純度のマナが込められているだろう。
「……分かってるわよ。アカデミーで習ったわ。」
リリスが渋々と答える。
取り分けられた葉をもそもそと口に含み、よく咀嚼した。
「ーーんで、何が作れるんだ、その糸は。」
「そうねえ、補助素材になることが多いのだけれど、有名なのは幻影の繭ね。」
「え!?幻影の繭って、、幻影の繭か?あの?」
一同が軽く目を見開く。誰もが聞いたことのある高級品だ。
「あれだよな?被ればたちまち、周りの景色に馴染めるって言う。」
「ええ、そうよ。100%幻紡糸で織られた布を使うの。」
2ヶ月くらいで1人分の繭が作れるらしい。時間はかかるが、買うなら4ヶ月分のゴルドが必要だろう。
出ばなはくじかれたが、どうやらなかなかの収穫のようだ。
瓶の中を見つめれば、幻紡糸の巣が外側の景色を写し、パチパチと赤い火花が散っていた。
ふと目が覚めると、満点の星空。元の世界よりも、この大地から見る星は明るい。
微かに聞こえるのは歌声。
「…お疲れさん。」
「あら、テン。まだ起きるのには早いわよ。」
「目が覚めたんだよ。」
「あらそう、街ではよく眠れたようね。」
「揶揄うなって。」
夜だけかけられる、金の大淵のモノクルの奥。悪戯な表情に肩をすくめる。寝坊は自身の記憶に新しい。
「火鼠……、耐火の秘薬か。」
「ええそうよ、街に出る前に買い足したの。」
宙に浮いた魔方陣を台に、ベラは手を動かす。気配として漂っていたマナが、粒子という形を成し、明確な意思を持つように動き始めた。
彼女には、こんな風に世界が見えているのだろうか。
「眠れないなら少しやってみる?」
「ああ、単純なもんなら手伝うよ。ただ、錬金術はからっきしでな。」
「ふふ、そこは私に任せて頂戴。テンは私の合図で、陣に火鼠の血をたらしてくれるかしら。」
魔方陣の台の上に、一回り小さな陣が展開される。その上に小さな瓶がおかれ、中の液体が紫色に揺らめいた。
徐々に強まる光に照らされ、緩く編まれたアメジストがふわりと揺れる。
俺は、既に息絶えている火鼠にナイフで一筋の線を入れた。
琥珀の瞳がこちらを見据えて静かにうなずき、俺はナイフで一滴、瓶の中に雫をたらす。
紫煙がくゆる夜。どこか違う星空も、煙に巻かれれば分からない。




