3話 タルローの森1
―クロラッタエリア 南西 森林地域―
鬱蒼とした森が続いている。冷たい風がまた一枚枯葉を落とし、地面を踏みしめる音だけが聞こえる。
「やっぱ冬は動物も魔物も少ないなー。」
ガイが残念そうに話す。こいつは騎士のようでありながら、存外狩猟が好きだ。
「ああ、気配はあるが緩慢だ。」
あたりの森は静まり返っているが、木々によって見通しが悪い。ここに来るまでにレオとガイは時折どこかを気にしていたが、それだけだった。
「タルローから流れてくるのは読み違いだったようですね。」
「そうなるとタルロー自体が危ないわねえ……。」
タルローは森の中心にある。生き物がこちらに逃げてないということは、ベラの指摘ももっともだろう。
自然と一行の足が速まったのが分かった。
「ギャーッ、何よこの蜘蛛!」
唐突な悲鳴にリリスの足元を見れば、蜘蛛が走り抜ける。森の中では珍しくない大きさだ。――しかしよくよく見れば確かに、
「紫か、気持ち悪い色だな…。魔物の幼体か?どこかで見たような模様だが。」
「ううん、タルローの森は珍しい生物ばかりで不思議なのも珍しくないから、それかもしれないわねえ。」
「幼体にせよ討伐依頼はないし、後者ならなおさら俺たちじゃ分からないからなー。」
「食わねえし、金にもなんねえなんざ、どちらであろうとただの虫だ。」
レオとガイの言うとおりだ。俺たち冒険者は、任務と食用、そして……自身の脅威になるときだけ、魔物を狩るのだ。
木枯らしにさらされた木々、代り映えのない道を黙々と歩く。発ってから半日を過ぎたあたり、タルローへと続く道は遠い。
「あーつかれたっ。この森いつ抜けるわけ?私たちかなり歩いたわよ。」
「いやー、景色が変わらない分、確かに森ってきついよなー。俺的には動物も魔物もいるし嫌いじゃないけど、こんだけ静かだと流石に退屈だ。」
またもやリリスが叫びだす。しかし彼女のブーツは未だ元気よく動いているので、多分退屈なのだ。
先頭を歩くレオの足取りは変わらず、ガイやアリアは苦笑いをしている。
「荷物の重さが際立ってくるっ……、テンっ、あんた今こそスキルの使い時よっ。」
どうやら退屈しのぎの矛先は、俺に向いたらしい。
「バカ、誰が重力なんて無効にできんだよ。それならもう早いとこ休んで、ベラの錬金を手伝え。」
荷物の重さは完全に俺の管轄外だ。彼女の言い分が本当ならば一考したが、不思議なことに、彼女の持つ荷物の多くは亜空間バックだった。
「――テンのスキルかー。『テンプレートクラッシャー』だっけ。」
「ガイ……お前も乗るなよ。」
「いいじゃん、気になってたんだ。三年経つけど、いまだによく分からないからさ。」
どうやら、退屈な人間はもう一人いたようだ。
街から発った直後で狩りは不要、魔物も襲って来やしないからだろう。
「全く、協会のチンピラしか倒せないなんて不便な能力なんだから。」
全く持って理不尽な言いがかりである。
「『てんぷれーと』って、きまりや法則の事なんですよね?いつもだと、敵の癖とか、あと、倒した後のやつとか。」
概ねセイラの言う通りだ。俺は普段、剣と、敵の癖を「テンプレート」として破壊することで、隙を作って戦う。
「重力や時間、なんてもんや、既にその「きまり」が進行してるもんは破壊できないんだ。」
「はえー、案外不便なスキルなんだな。よくテンが最初は観察に回ってんの納得したわ。」
スキルは個に対し固有だ。その名は同じでも、全く同じものは存在しない。自身のスキルの詳細は、自身で模索するしかない。
「神殿で儀を受けた後、右も左も分かんねーお前にスキル打たれたことがあったな、そういや。」
レオの言葉にひやりとする。あの時のことは――俺の記憶にも強く残っていた。あの時の事は忘れもしないだろう。
「いたあっ、ちょっと急に止まらないでもらえるかしら?」
ドンっと音がしたと思えば、先頭に立っているレオが立ち止まり、リリスが背にぶつかっていた。
瞬間、金色の眉が歪められる。
「――あ?おい、ここさっきも通ったぞ。」
蘇りかけた記憶が散布し、一同がレオの言葉にあたりを見渡した。
見渡す限り、枯葉を抱えた枝々に囲まれていた。少し前までただ寒く思えた風が、薄気味悪く頬を撫でる。
「すみません……私にはそもそも、どこも同じにしか見えないです。」
セイラがおずおずと声を出す。森の道は変わり映えしない。
「遭難ってこと?でも一本道だったじゃない。」
「いや、ちげぇ。匂いが同じだ。」
「ああ、確かに景色は違う。森にはそこそこ慣れてるが、全く同じところは通っていないはずだ。」
野生児二人がそういうなら、遭難の線は消えたも同然だろう。
「そうなると、覚えはないが何かの幻影に引っかかったか。」
「――、私としたことが気づかなかったわ、ごめんなさい。今気配を探ってみたけれど、確かにマナの気配がするわね。」
「き、気にしないでください、マナを感じ取れなかったのは私も同じなので……。」
「そうよ、誰も気づいてなかったんだから仕方ないわ。」
ぐるりと森を見渡してみる。確かに意識を一段深く探れば、あたりにマナが充満しているのが分かった。
「よし、まずは俺たちが歩いてる道を確認しよう。理由は分からんが、考えられんのは、幻影かループだ。」
「おう、頼んだぞ、レオの鼻が頼りだ。」
ーー そういえば相変わらず犬みたいな嗅覚だな。
思った瞬間、小突かれた。




