2話 出発の準備2
ーー不発に終わった男の拳、己の手の中で収束する光。
一触即発の空気が、一気に散った中を歩く。
「テン……、何であんな奴にスキル使ってんのよ。あんな弱そうなやつ、レオはおろか、あのセイラだって倒せるわよ。」
リリスが腰に手を当て、呆れたようこちらを見る。確かに、俺たちの中であの男を卸せない奴はいないだろう。
「……面倒だったんだ。ここは人も多いし、野次が増えると手に負えない。それに――」
「見え見えの手口と動きだったからな。俺やリリスが下手に応戦するより、こいつが事が起こる前に片づけた方が早い。」
「そういうこと。」
やはりリリスは呆れた顔をしたが、納得はしたのか、カウンターへと足を速める。
リリスのいうことは分かる。冒険者にとってスキルを見せることは、手の内を見せることと同じだ。しかし、どうせでたらめなスキルだ、見せたところで分かるやつもいない。ーー俺だってわからないのだから。
「――魔物の出現マップ及びレポートの閲覧ですね。」
「報告協会の指定がない任務も、あればいくつかお願いね。」
「かしこまりました。」
―― 冒険者協会、カウンター窓口
基本的に魔物データの閲覧や、任務の受付はここで行う。リリスが手際よくやり取りし、職員は奥へ必要なものを取りに行った。
「……やっぱり北かしら。」
「その可能性は高いよな」
「どこだろうと倒しゃあいいだけだ。」
魔王の拠点は、魔物が多い北部だろうと推測されてはいるが、未だ把握されていない。そこで、俺たちは魔物の活性化が活発な地域をたどり、そこにたどり着かんとしている。
「お待たせいたしました。こちらがマップとレポート、こちらがご指定の任務ですね。」
見ればやはり、北部で魔物の活性化が著しい。
「ゴブリンや、スライムの小型だけじゃなく、ワイバーンやらの比較的大型もか……。」
「こちらのレポートにもある通り、単なる活性化だけでなく、統制されたような動きも見られます。」
「あ?サラマンドラは単独生物だったろ?」
「ええ、おっしゃる通りです。しかし一か月程前、群れでの行動があったとの報告があったんです。」
最後に協会へ行ったのは四か月ほど前。これほどまでに重要な情報が抜けていたとは恐ろしい。
「……もっと定期的に教会へ寄る必要がありそうね。」
「だな……。」
「……ええ、協会としても、現在そのように注意喚起しております。近年の魔物の動きから、二か月に一度はレポートを確認しに来てくださいね。」
深刻な空気があたりを取り巻く。旅に出て三年ほど。日に日に魔物の脅威を肌で感じるのだ。
弱いとされていた魔物でも、新人だけでは苦戦するほど、活発化している。
「…… あ、そうだ。レオ、バックを頂戴。――この辺りも引き取ってほしいの。」
「ええ、もちろんお受けいたしますね。」
リリスの予想通り、三十万ゴルドと、いくつかの任務を受けてその場を後にする。
三人とも、どこか浮かない顔をして出口へと歩いた。
協会の外へ出たら、やはり難しい顔をしたほかの三人がいた。
「やっぱそっちもか。」
一か月前なら、噂になるのに十分だ。飯屋にいた冒険者の中でも、恐らくその話題でもちきりだろう。
「サラマンドラ以外にも、月光鷲やら砂大蛇も群れてるのを見た、なんて聞いたぜ。」
「月光鷲に砂大蛇……、地獄絵図だな。」
「どこまでが本当か分からないけれどねぇ。竜が群れてた、なんていう人もいたけれど、さすがにそんなのが起こっていたら、もっと見ている人がいるはずよ。」
「竜が群れるなんざは嘘だろ。」
あれこれと噂の真偽について話す。協会はある程度の目撃例がないと、レポートを公表できないので、冒険者への聞き込みは必須だ。
「あっ、そういえばタルロー近くの森が火事にあったみたいです。これから北に行くなら、火災で逃げてきた魔物と出くわすかも……。」
「あ、それなら俺も耳にしたな。あっちから来た冒険者がいたんだが、あの辺はここんとこボヤ騒ぎが多いらしい。」
セイラもガイも聞いたのなら信憑性は高い。
タルローはここから少し北西にある街だ。森に囲まれており、建物も木造が多いという、さぞ町の人は心配なことだろう。
「ーーおい、これ。」
ずい、とレオが一枚の紙を見せてくる。そこには、
『クロラッタエリア、南東で相次ぐ火災調査。』
先ほど受けてきた任務の一つについて書かれた紙だ。
クロラッタは、今いる街からちょうど北に位置するエリア、その南東といえば、
「十中八九タルローの森の事でしょうね。魔物の仕業か、放火魔の仕業か分からないけど、早いとこ解決しないともう冬よ、一面焼け野原になってしまいかねない。」
リリスの言うことはもっともだ。そしてもしそれが起こったら……アリアの言うように、住処を失った魔物たちが街を襲うだろう。
「チッ、タルロー周辺の森だ。」
レオが荷物を持ち直して言う。
「火事なら、耐火の秘薬をつくっておかなくちゃねえ。タルローまでは二日くらい、十分間に合うわあ、私に任せて頂戴。」
「わ、私もお手伝いさせてくださいっ。」
「よし、決まりだな。」
大きな石の街が遠のいていく。
いつだって、街を離れるときは、何かが始まる予感がする。




