1話 出発の準備1
市場は始まってからしばらくたったのもあり、既に活気づいていた。朝日が昇る頃に市は始まる。空には完全に日が昇っていた。
レオは具材が挟まれたパンに大きくかじりつきながら話す。
「魔物は増えてるから肉には困らんが、冬眠するやつもいる、今回は少し多めに買っておくぞ。」
魔王のおかげか、近年魔物は活発で、日に日に数を増やしている。各国の重鎮がかけた賞金、それを狙って俺たちは旅をしている。
とはいえ俺はと言えば、自分の身に起きていることなのに、どこのおとぎ話だという感覚が抜けない。
「野菜類もできるだけ買っておこう。リリスがまた騒ぐ。」
この街に来る前は、過去一番野宿の期間が長く、俺たちは心身ともに疲労していた。こういった細々としたことが、不便な旅の生活の中で潤滑油となる。
「ああ、ベラに品質維持バックを追加でつくってもらうか。」
しかし、ぽいぽいと、保存がききそうな野菜や果実を買い込んでいく。腐ることがないのは分かっているのだが、なんとなく傷みやすいものを敢えて入れる気にはならない。
「――そういえば鍋買わないと。この間、火竜の攻撃で底に穴が開いたんだ。」
市場を物色し、満足いくまで食糧を買い込む、もちろん鍋も。わびしい冬の野宿には、万全の備えが必要なのだ。
魔物という独特の生態系をもつこの世界の市場は、前世とは様子がかなり違うので、どれだけ見ても飽きない。
「なあレオ、あれ見ろよ。クラーケンの墨ソースだと。」
黒々とした液体が瓶に詰められている。以前食べたクラーケンは、大味のイカだったので、案外おいしいかもしれない。
「出たよ、テンのゲテモノ食い。ちっせー時からどうにかなんないのかよそれ。」
レオが舌を出してしかめっ面し、心底呆れたように言う。
「そうか?だって前クラーケン食べただろ。」
前世の記憶がある身としては、どうしても、全て『魔物』というくくりになってしまう。
「身を食べんのと、肝やら墨やらを食うのは違うだろ…。」
なるほど、そういう基準なら前世にもあった。
「そういうもんかぁ。」
この世界に生まれ落ちて長いのに、ゲテモノの基準を今日初めて理解した。
一通り用を済ませれば、あたりに美味しそうなにおいが満ちてくる。ちょうど昼時だ。
「昼飯何にする?おごるよ。」
寝坊した挙句、朝飯もレオに任せてしまったので、少し奮発してやろう。
「肉が良い。」
想像通りの言葉が返ってくる。うちの勇者は肉食なのだ。
屋台のワゴンを見渡して、いつもより少し値段の張る串焼き数本と、ゴルドの実を炊いたものをくるんでもらう。ゴルドの実は、細長い米みたいなものだ。
串焼きの肉をゴルドの実に挟んでレオに手渡す。店主のおすすめの食べ方だ。
レオがかぶりつき、お気に召したのか、さらなる大口で頬張る。やはり値が張る肉はうまいらしい。相方のうまそうな顔につられて、自身も同じように口を開けた。
「うめーっ」
昼飯を食べながら集合場所に向かう。大きな街だけあって、どこも活気づいていた。石畳が続く、中世ヨーロッパを思わせる街並み。いろいろな街を巡り歩いたが、一二を争うほど立派かもしれない。
花売りの少年少女たちが脇を駆けていき、朝と昼の屋台が交代していく。毎日毎日こんな祭りみたいなことが行われているなんて不思議だ。
「おーい、テンっ、レオっ。」
見物に夢中になりながら歩いていれば、見知った声とともに、肩をたたかれた。レオは気配で気づいていたようで、全く表情を変えていない。
「―― おお、ガイだ。この街の武器屋はどうだった?」
「大きい街なだけあってなかなか良かったぜ。俺らの武器の手入れ道具も、大分くたびれちまってたから揃えてきちまった。」
額で分けられた水色の髪を揺らしながらガイは答える。どうやら彼のお眼鏡に見合ったものがあったらしい。腰に下げた剣も、背に抱える楯も手入れに磨きがかかっていることを伺えた。
「そりゃあいい、お前の手入れの方が調子がいいんだ。今度俺のを頼むぜ。」
レオの言うことはもっともで、俺も暇な時にとガイに頼んでおく。どの世界でも、餅は餅屋なのだ。
何でだよと悪態をつきつつも、ガイは嬉しそうに笑う。さすが武器オタクともいうべきか。
「お、あいつらもそろってんな。」
しばらく三人で歩いていたら、ふとレオがつぶやいた。目線をたどれば、菓子屋のワゴンに残りの三人。あのワゴンはなんだろうか。何か多分、焼き菓子みたいなものを紙袋に詰めてもらっているのが見えた。
「まいどっ、お嬢ちゃんたち、また来てね。」
俺たちがワゴンに着いたと同時に彼女たちの会計が終わる。――これより前についていたらきっと奢らされただろうから、三人そろって足並みを遅らせたかいがあったのかもしれない。
「おはよーさん、三人とも。」
「あら、ガイじゃない。二人もね。おはよう、ちゃんと伝書蝶が届いたみたいで安心したわあ。」
紫煙の魔女、ベラが菓子が溢れんばかりの紙袋をもって言う。彼女が夜な夜な作業するときのお供になるのだろうが、さすがに買いすぎではないだろうか。
彼女の髪色と同じアメジストの伝書蝶が、ガイの手から、ひらりと主の方へ戻っていく。
「テン、野菜は買っておいてくれた?いっつもうちの野郎どもは野菜なんていらないみたいな顔をするから。レディの事も考えてよね、全くっ。」
「リリス……、買っておいたから、落ち着けよ。」
横から声が飛んでくる。そんな顔をするのはレオとガイだけだ。野郎どもでひとくくりにされるのは少々不服ではあったが、適当に返事を返した。
ならいいのよ、と赤いツインテールの先を指先でいじりながら返される。その緑の瞳は大変満足そうに細められており、次から忘れないようにしようと決意した。
レオとガイを見れば――、こちらを見ないようにしている。ガイは気まずさからだろうが、レオは――、なぜ奴はあんなに野菜が好きではないのだろうか。
「――お前ら、さっき食堂で別行動って言ってなかったか。」
早く会話が終わってほしい一心からだろうか、レオが疑問を投げかけた。そういえば、朝確かにそう聞いた気がする。
「はいっ、さっきまでリリスちゃんと買い物してたんですが、ばったり買い物終わりのベラさんと会って、ここに来たんです。」
元気よく答えた彼女、セイラは、ニコニコとベラとリリスを交互に見て話す。その様子は大変ほほえましく、リリスとベラが頬を緩めるのが見えた。
「うふふ、ここに向かってたらちょうど。セイラちゃんたちと会えたの。セイラちゃんの聖杖は目立つから、すぐ気づいたわ。」
確かに先端がぐるりと渦巻く彼女の木の杖は、彼女の背よりも大きいうえに、明らかに年代物だ。その上肩で切りそろえられた白金の髪も人目を引く。
「このワゴンのチェリーパイ、街の名物なのよ。たくさん買ったからおひとついかが。」
ベラから手渡された、手のひら大のパイを、全員でかじりなあがら歩く。一口かじりつけば、爽やかな甘さ。人気なのもうなずけた。
ワゴンから少し歩いた先、周りより一回り大きい建物に着く。派手な装飾こそないが、隙間なく敷き詰められた石造りから、一段と頑丈なつくりであることが伺えた。俺たちの目的地――冒険者協会は、有事の際の避難所ともなる。
「情報収集が終わったら、少し荷物も引き取ってもらいましょ。」
「ああ、リリスの見立てではどんなもんになりそうだ。」
レオが肩から下げたバックを、リリスに向けて持ち上げる。
「そうね、魔物が強化している分上質なものが多い。私が覚えている限りでは、ざっと三十万ゴルドにはなりそうね。」
それだけあれば、しばらくは困らなさそうである。旅は物入り、レオを筆頭に実力者の多い俺たちでも、金はあっても足りないものだ。
話しながら鉄製の扉をくぐる。大きい街なだけあって、中は賑わっている。俺たちはカウンターと併設された飯屋、おのずと三人ずつ、二手に分かれ歩き出した。
―― ドンッッ
レオの肩に誰かがぶつかる。無骨な男だ。
「あ、すんません。」
レオはびくともせず、相手だけがよろめく。瞬間、相手のうつむいた顔に羞恥が走るのが分かった。
「――あぁっ?おい、てめぇ何ぶつかってきてんだ。骨、折れちまったじゃねえかっ。」
勢い任せに発されたのは、あまりにも典型的な言いがかり。周囲を見渡せば、こそこそと話す人間と、呆れを浮かべる人間がちらほら。この男がこうなのは、今日が初めてではないようだ。
「ぶつかったのはお互い様だろ。」
レオはいら立ったようにそう告げる。リリスも眉根をよせ男を見ていた。男の顔はさらに紅潮し、怒りが沸点に近づいたのが分かった。
ーー瞬間、踏み出される片足、脇が空き、腕が上がる。
あまりにもわかりやすく、誰もが男が殴り掛かると思った。
「……あ?」
周囲が沈黙に包まれる。何が起こったか分からず、多くの人間は呆気にとられていた。あの一瞬の後、男が一歩後退し、予想した行動を起こさなかったからだ。
俺は、自身の手の中で収束する光を見つめる。
「ほら、二人とも行くぞ。」
同じく呆気にとられる男を横目に、俺は二人に声をかけた。二人は驚く様子もなく、カウンターへと向き直った。




