プロローグ
夕日色に染まる道場。どこか現実味を帯びない輪郭線。それだというのに自身の心臓は激しく波打っている。
『――、――きまりなんだ』
厳かな声。体の芯から冷えていって――
「――い、―おい、起きろって。」
なじみのある声にはっとする。明るい方を反射的にむけば、宿屋の窓から朝日が差していた。
「おい、いい加減に起きろよ。もう朝市が始まっちまう。明日には街を発つんだから、早く買い出し行くぞ。」
声の方を向けば幼馴染の声。その表情から、自身が結構な寝坊をしたことを察した。
「悪い、なんか変な夢見てたんだ。すぐ準備するから先行っててくれ。」
「おう、下の食堂で飯食ってるからな。」
夢の内容に言及されることもなく、さっぱりとした返答が返ってくる。こいつのこういうところが居心地良い。
「それなら俺の分も頼む、食いながら行く。」
全くと悪態をつきながら、幼馴染は部屋を出ていく。多分買っておいてくれるだろう。仕方がないからあとから何か奢ってやることにしよう。
準備をするために宿屋に置かれた、小さな鏡の前に立つ。吊り上がった目、何の変哲もない中肉中背の男。
「――ったく、なんだって今更あんな夢。この顔も、変えといてくれれば思い出すこともなかったかもなのに。」
俺は以前の姿のまま、この世界に転生した。無敵の能力も、最強の親族も、貴族という身分もない。平凡ないち人類として、今日も生きている。
「テンプレート、なんてものは好きじゃないけど、イケメンにされることに不満はないんだよなあ。」
1人なのをいいことにぶつぶつと文句を言ってみる。それもこれも、今日の夢見が悪かったせいだ。
宿屋を出れば、ひときわ目立つ金髪が目に入る。ちらちらと通行人は彼を伺っているが、当の人物はあくびをしながら、あたりの市場を物色していた。大方、うまそうなものでも探しているのだろう。
「おい、遅いぞ。ほら、テンの分。」
全く違う方向を見ていたのに一瞬で気づかれる。声をかけられた瞬間、周囲の興味が自分に向いたのを感じた。
鍛えられたしなやかな体躯、整った顔立ち、理由は決してそれだけではないだろう。
――こいつは、多くの人間を惹きつけてやまない。
「...... なんだレオ、お前まだ食べてなかったのかよ。」
「あ?買い出し中お前だけ食べてるのずりぃ。」
「なんだそれ、意味わからん。」
随分前に食堂へ行ったはずの幼馴染は、どうやら人目を集めながらも俺を待っていてくれたらしい。意味不明なことを言っているが、恐らくそういうことだ。
手渡されたパンには、俺が好きなレソンの葉と、カシの実ミルクのチーズが挟まっている。素直じゃない幼馴染に笑みがこぼれる。
大きくかぶりつきながら、2人、賑わい始めた街に繰り出した。
「――ガイはどうせ武器屋として、リリス達は?」
この世界には、魔王がいる。
「ああ、さっき食堂で会った。リリスとセイラは日用品の買い出し、ベラは薬草やらをそろえてくると。」
しかし勇者はいない。
「じゃあ俺たちは食糧か。まあいつもの感じだな。」
でも、俺の直感は告げる。幼馴染 レオは勇者だと。
「昼過ぎに集合だ、ガイにはベラに伝書蝶を送ってもらった。」
これは俺だけの秘密で、決意だ。
「おお了解、朝の詫びに買い出し早く終わったらなんかおごってやるよ。」
俺たちを邪魔するテンプレートは、何があってもぶっ壊す。
「わかってんじゃねえか。」
――何があっても、悪しききまりから守るんだ。




