第二章 ツッコミのない世界は、静かに爆発する
「来るぞ! 魔王軍が何か詠唱を始めてる!」
戦場の空気が張り詰める。
勇者カイは、遠くに立つ魔王軍幹部――火炎のメルミーナの魔力を感知した。
「詠唱、終わりましたっ♡ それでは――新劇祝いの、巨大花火いっきまーす!」
魔王軍が打ち上げようとしていたのは、
空高く舞い上がる超演出系爆裂魔法――《光宴ノ業火》。
純粋に祝いたいだけだった。
しかし――
「やめろ! 王都を狙った攻撃かッ!? 食らえ、風圧最大魔法!」
カイは叫びながら《天翔裂風陣》を放つ!
爆裂魔法と風魔法が交錯し、結果――
ドォォォン!!!
空に舞い上がったのは、美しい花火ではなく、
炎と風が渦巻く“超火災竜巻”だった。
祝おうとした魔王軍も、止めたつもりの勇者パーティも全員が吹き飛ぶハメに。
「え!? なんであんなことに……!」
「ツッコミがいないから……誰も止めなかった……」
しかし、魔王軍は懲りていなかった。
「これは逆にチャンスでは? 火が出たら次は水!」
「祝儀の定番、水芸の滝で帳消しよッ!」
魔王軍幹部・水霧のシャンが舞い、空から《天翔水輪舞》を解き放つ!
無数の水柱が美しく落下する予定だった。
が――
「また攻撃か!? 土で受け止めるぞ! 《地陣護壁》ッ!!」
カイの土魔法が、水魔法を巻き込み――
ズゥゥン……!!
その場に現れたのは、高さ十メートルの巨大な苔むす盆栽。
しかもなぜか、枝に「祝・新劇公演」の垂れ幕がかかっている。
誰も意味がわからない。
でも、誰も止められない。
ツッコミが、いないから。
その様子を、離れた王都城壁から眺めていたのは――
「……な、なんだあれは……」
王都を治める国王・ガルダ=アーレン三世。
優雅な椅子に腰掛けていたはずの王は、
今や完全に椅子から滑り落ち、望遠鏡を落としかけていた。
勇者パーティーの残りの面々――が呆然と立ち尽くしていた。
「……あれ、花火大会か?」
「いや、さすがに火災竜巻は花火じゃない」
「なんで土から盆栽生えてんの?」
全員がポカンとしながらも、口に出さずにはいられなかった。
「アルトがいないとこうなるのか……」
思えば、あの男がいたころ――
この世界には“常識”と“秩序”が存在していた。
「ツッコミって、必要だったんだな……」
しみじみと呟く言葉に、全員が頷く。
国王も震える手で言った。
「もう一度、あの青年を……連れ戻せ……! 世界が、終わる……!!」
王都の外れ、場末の小さな酒場。
昼間から酔いどれが集うこの店の片隅に、男がひとり、うつむいて座っていた。
「……麦酒、ひとつ」
そう呟いた青年――アルトは、静かにカウンターに銀貨を置いた。
店主は無言で頷き、グラスに注いで出す。
その琥珀色の液体を一瞥し――彼は、内心で叫んだ。
(いや、これ麦茶やないかい!!)
香りゼロ、泡ゼロ、冷えた透明グラス。どこからどう見ても――ただの麦茶。
だが、アルトは表情一つ変えず、それをすっと口に含む。
(……いや、ぬるいんかい!せめて冷やせや!)
かつては勇者パーティーの参謀。
あまりに高度なボケを乱発する勇者と、それに順応する仲間たちを、
一人でツッコミだけで制御していた男――それが、彼だった。
だが今はただの無職、ツッコミ休業中。
「……静かで、平和だな」
そんなつぶやきをかき消すように、外が騒がしくなる。
地鳴り。爆音。空に舞い上がる火柱と巨大な葉っぱ。
そして――盆栽。
窓の外、地平線の向こうにそびえ立つ、10メートルの巨大盆栽が目に入った。
同時に耳に飛び込んでくる怒号。
「つ、次は雷だああああああ!!」
聞き慣れた声。天然勇者、カイの声だった。
(あのアホ……火・水・土やらかした挙げ句、次は雷!?)
(ツッコミがいなきゃ、世界がマジで終わるやつやんけ!!)
アルトは深くため息を吐いた。
そして、グラスに残った麦茶を一気にあおると、静かに立ち上がる。
腰には、旅立ちの際に封印していた一本のハリセン。
彼は、それをゆっくりと腰に差した。
「――ツッコミ、再開だ」