第一章:お前のツッコミ、うるさいんだよ
「……は?」
静寂が、酒場に流れた。さっきまで陽気だった宴の空気が、一瞬で凍りつく。
勇者カイが、木製のテーブルにドンと両手をついて言い放った。
「だからさ、お前のツッコミ、うるせぇんだよアルト。なんか最近、空気読めてないっていうか?」
「空気読んでるからツッコんでたんだが……」
俺――アルトは、ぬるくなった麦茶をぐいっと飲み干した。
……いや、酒場で麦茶ってどういうセンスだよ。酒出せよ。
心の中の俺が、静かに突っ込む。
だが、もう声には出さない。
ここでは、ツッコミに価値がない。
カイの目は真剣だった。ふざけているようで、まったく笑っていない。
そう。コイツは――本気で戦ってるつもりなんだ。
「この前の戦い、見ただろ? 魔王軍の幹部が転んで戦線崩壊したやつ!」
「……お前が食ったバナナの皮で転んだやつな」
「そう! あれ俺の“威圧”スキルが効いた証拠だろ?」
「違う。“戦闘前におやつタイム!”って叫びながらバナナ食って、皮をその辺にポイ捨てしたからだろ……!」
「お、おかしいな……俺、ちゃんとゴミ箱……」
「ねぇからな、戦場にゴミ箱!!」
周囲の仲間たちがうなずき始める。
魔法使いのミアが気まずそうに言う。
「まぁ、あの時は……カイの“威圧”がすごかったってことにしておこうよ?」
「いや、笑い死にしかけた幹部が言ってたぞ。“死因:バナナ”って……」
ロガも無理に笑いながら肩をすくめる。
「敵が“この勇者……何者!?”って言ってたから、効果はあったんじゃねぇか?」
「それ、畏怖じゃなくて純粋な困惑だろ」
そう。俺にはわかってる。
カイは、ふざけてるんじゃない。本気なんだ。
《隠しスキル:コメディアン》。
本人すら気づいていない、最強最悪のバグスキル。
魔法詠唱中に「俺、失敗しないんで」とかドヤ顔で言い出したり、
攻撃の瞬間に「ピコーン!いいこと思いついた!」と全然関係ない行動に出たり、
強敵の前で「やっぱここは変顔で威嚇だよな」と素顔芸を披露したりする。
――もちろん、すべて無意識だ。
それを唯一打ち消せるのが――。
《隠しスキル:特殊ツッコミ》
――それが俺、アルトの持つスキルだ。
戦士としての能力は、せいぜい中の下。
剣の腕も並、魔法もからっきし。
だがこの《特殊ツッコミ》だけは、唯一無二だった。
“言語的暴走、魔力誤爆、認識錯誤”など、人智を超えたボケ現象を的確に検知し、瞬時に反応・矯正・抑制する超高度スキル。
要するに――ボケたやつにツッコむスキルである。
けれどもう、俺は要らないらしい。
「……」
俺は立ち上がり、背中のハリセンをそっと抜く。
テーブルの上に「パシン」と置いた。それは“もうツッコまない”という意味だ。
「お前の本気が、世界を壊すぞ。……だが、それが望みなら止めねぇ」
「え、なにそれカッコつけて……」
「最後にひとつだけ言わせろ」
俺は静かに振り返り、真顔で告げる。
「戦場におやつ持ち込んでポイ捨てするやつが、世界救えるわけねぇだろ!!」
ズドンッと重たい音が響いた。
ハリセンじゃない。
――ツッコミが、神域に達した音だった。
その日、俺はパーティから姿を消した。
そして翌日、王都の空に巨大なバナナの皮が浮かぶ幻影が出現した。
人々は言った。「ついに……勇者が本気を出した」と。