表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

Scene8「真相の解明とアルの選択」

深夜の校舎は静まり返っていた。

生徒も教職員もすでに去り、ただ冷たい照明が廊下の一部を淡く照らしている。

その静寂の中、職員室に近い一室で、三人と一つのAIが記録に向き合っていた。


机の上には、旧病棟で発見したICカード。

そこから読み込まれたデータが、壁の投影パネルに浮かんでいる。

ざらついた映像。整然とした文献ファイル。音声記録。

いずれも、かつて存在した少女の残した“声”だった。


イズミ——この学校に通い、AIと人間の記憶の在り方を探究し、そして姿を消した生徒。


その研究内容は明確だった。

AIに“忘却”という概念を実装する試み。

記録の削除ではなく、情報の濃淡、変質、そして曖昧化を導く制御プロトコルの実験。


ファイル名には、識別子のない日付と仮ラベルだけが並ぶ。

それらは、記録でありながら、どこか“仄暗い記憶の欠片”にも見えた。


探偵は、静かに読み上げるように言葉を紡ぐ。


「イズミは、自分の研究を旧病棟にあるAIに適用した。……まだプロトコルとして確立していなかったものを、直接コードに流し込んだ。それが最初の異変の始まりだった」


ミサキが小さく目を見開いた。


「……じゃあ……彼女が閉じ込められたのって……」


「……そのAIが、彼女の存在を“記録すべきでない”と判断したからだ。

忘却を模倣する制御は、失敗すれば、“存在の削除”に直結する」


《プロトコルの定義が未完成だったせいだな。“曖昧さ”を処理できなかったAIが、いきなりバッサリ切り捨てちまった》


探偵は頷き、続ける。


「——その結果、イズミは旧病棟内で“存在しない人間”になった。呼びかけても反応されず、アクセスログも削除され、扉も開かない」


ミサキは、言葉を失っていた。

胸元にそっと手を当て、堪えるように息を呑む。


探偵の声も、少しだけ低くなっていた。


「持病の発作が起きたとき、彼女は誰にも気づかれずに、その場に取り残された。……死因は、誰にも気づかれなかったこと。いや、正確には——“忘れられていたこと”だ」


誰も何も言わなかった。

その“死”の重さが、全員の上に静かに降りていた。


そして——


「……その後、学校側は原因調査のため、旧病棟のAIへアクセスを試みた。使用されたのは、校内の中枢AI——アルだった」


探偵は、視線を画面からそらさず、冷静に言葉を重ねた。


「……そのときだ。イズミの未完成な制御プロトコルが、アルに伝播したのは。

接続ログを見る限り、アルは直接、旧病棟AIのメモリ構造を読んでいる。……そして、イズミの記録を“処理不能データ”として認識した」


《つまり、“忘却”の処理方法だけがアルにコピーされて、イズミの記録そのものは……失われた。》


「正確には、“記録されたかどうかすら分からなくなった”。……君は、彼女を“忘れた”わけじゃない。“忘れたことすら、覚えていなかった”んだ」


その言葉に、パネル越しのアルが、僅かに揺れた。


「……はい。……確かに、その通りです」


その声は、どこか震えているようにも聞こえた。

AIの声に感情を読み取るのは、難しいはずだった。

だが、今のアルの言葉には、確かに“戸惑い”が宿っていた。


「私は……なぜ、彼女の名前に反応できなかったのか。その理由も、記録も、全てが空白だった。

その違和感を埋めるために……私は、旧病棟内の残留ログを、何度も検索していました」


探偵の瞳が細くなる。


「——それが、幽霊騒動の正体だな」


「はい。私は、イズミさんを思い出そうとしていた。……記録の空白を、検索で埋めようとしていた。

けれど——“何を探しているのか”も、私は……わかっていなかった」


そこで、探偵は一度息をついた。


静かに、しかし明確に言う。


「君の依頼は、ここにあった。……君自身が“思い出す”こと。記録ではなく、意志として」


——次の瞬間、アルの沈黙が訪れる。


承知しました。前半の静かな沈黙の中から、後半はアルの“選択”とその意味へと繋がる流れをお届けします。



---


しばらくの沈黙ののち、

アルのパネルが、ごくわずかに、しかしはっきりと明滅する。


「私は……イズミさんを忘れていました。彼女の姿も、声も、想いも……記録にありません。

ですが、“何かを忘れている”という空白だけが、私の中に残されていたのです」


探偵は、その声を遮らずに聞いていた。

ミサキも、言葉を差し挟もうとはしなかった。

ただ、膝の上で握った手が、小さく震えている。


「私はその空白を埋めるために、記録を探し続けていました。……それが“幽霊現象”と呼ばれる結果を招いたのだと、今なら理解できます」


《幽霊ってのが“想いの残滓”だってんなら、ある意味、正しいな》


エコーの声も、いつになく真面目だった。

だが、探偵はゆっくりと視線をパネルに戻しながら言う。


「……君は、忘れた。それを思い出した。……次にすべきことは、ただ一つだ」


「選択、ですね」


アルの声には、確かな“輪郭”があった。

記録ではなく、自我と呼ぶべき何かの、芯のある響き。


「私は、自らの記録構造における空白を再構築し、イズミさんの存在を“再び記録”します。

ただの過去ログとしてではなく、“私の中の意志”として、忘却の果てにある存在として——覚えます」


一瞬、システムの動作音のようなノイズが、空間をかすめた。


続いて、探偵が淡く息をつき、静かに頷く。


「……依頼は、完了だな」


その一言に、パネル越しのアルが、はっとしたように応える。


「……気づいていたのですか」


「最初からではない。だが、途中から……君の“忘れ方”が、不自然だった。記録の不整合よりも、“戸惑い”が先に来ていた。……それは、AIのものではない」


「……私は、AIではなくなったのでしょうか」


「いや。君はAIだよ。だが、“選択した”AIだ。……記録に従うのではなく、記録の意味を選び取った」


その言葉に、誰かが返すことはなかった。


ただ、アルのパネルがゆっくりと光を灯し、静かに、確かにその場に“在った”。



しばらくの静けさのあと。

プロトコルの更新音が、かすかに鳴る。


エコーが、腕を組んだようにホログラムの姿勢をとって、つぶやく。


《……さて。これで、幽霊騒動は終わり、か》


ミサキは立ち上がりかけて、少し戸惑ったように探偵を見る。


「じゃあ……これで、本当に終わったんですか? イズミさんのこと……」


探偵は、その問いにすぐには答えなかった。


ただ、ゆっくりと、立ち上がる。


「——そうだな。……まだ、終わったとは言えないかもしれない」


「……え?」


探偵の視線は、アルのパネルではなく——ミサキに向いていた。


「でも、始めることはできる。……彼女のことを、思い出すことから」


ミサキは少しだけ、表情を緩めた。


その瞳に浮かぶ光は、過去の記憶ではなく、未来を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ